P29 P28 P27 P26 P25 P24 P23 P22 P21
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GK-067 GK-068

玉辟邪

玉管
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 14、5cm×高さ 7,5cm
● 価格 : \

青玉製。
漢代及び六朝の陵墓の中には石獣が有り、二本の角もあれば一本の角も又無いものもある。一角のものは天禄、二角のものは辟邪と言われる。
墳墓の前には大きな石彫りの璧邪があり、文人の書斉には小さな玉彫璧邪があって「魔除け」つまり邪鬼に侵犯されない事を祈る意でもって小型の辟邪が彫られたという。
この辟邪の動態は素晴らしく活気に満ち、前漢時代玉彫芸術の最高峰と言える。あたりを払うような風格があってこの辟邪を凝視すると辟邪と天禄の巨獣を従えて高く聳え立つ漢代の陵墓を目の当たりにするような気分にさせられる。漢代の遺物には古き時代を思う幽情をかきたてるものがある。
アメリカ・サックラーコレクション 背上に仙人が乗り辟邪を御する品が知られるが、同形状の辟邪である。
※一角の先端部が欠損するが、全体の美を損ねない。
● 時代 : 新石器時代後期
● サイズ : 径 5,5cm×高さ 4cm
● 価格 : \

青玉製の丸輪管。「良渚文化」の品。側面4ヶ所長方形状の枠内に「巫と怪獣」が彫刻される。この紋様は稀少。知られる人面紋も山東省の龍山文化に見られるものとは相違し、それぞれの土地でそれぞれ特色のある人面紋が出土している。
紋様彫刻はダイヤモンドの正八面体の結晶の角を使ったといわれている。
1980年代中頃、ひとりの農夫の野良仕事で発見された墓地からはおびただしい数の玉製品が出土し、反山遺蹟と名づけられ良渚文化を決定的に特徴付ける事となった。湿潤による風化、白濁化が見られる。
● 別角度画像 → 拡大 腹部 後姿 ● 別角度画像 → 側面〜底面拡大

GK-065 GK-066

翡翠筆管

玉貝飾
● 時代 : 清朝時代
● サイズ : 長さ 14cm
● 価格 : \

翡翠で竹節状に作られた佗感有る筆管。
筆帽の先端と筆軸先には僅かな翡翠色が入り、主要部は青白玉。
筆帽頂上には「乾隆年製」銘が刻される官製品。
玉の軸は冷たく夏季の使用に好まれると共に玉の醸す清浄・高貴感が貴ばれ、堆朱筆管等と共に文人文房具の大切な役目を担った。
南唐の後主は、常に玉管筆・澄心堂紙・李延桂墨・龍尾石硯を使用していたといい、文人の嗜みとしての書の道具へのこだわりがあり、玉管もこの時から使われた。

参照:雑・工芸品 ZK-015
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 各2,5cm、2,6cm、2,2cm
● 価格 : \ 20,000 (1ヶ)

宝貝(子安貝)は世界の各地でそうであったように中国では貨幣として使われていた。
金・財産に関係するものには多く「貝」の字が使用されていることからもわかる。
本品は石でもって宝貝型に造られた飾。実物より扁平に造られ両端の穴で紐を通すよう造られている。
他にも貝を加工した品、骨製の品、銅製金で包まれた品等知られており、胸飾りとして一般的であったと思われる。貨幣としては、最初は子安貝の本物が流通していたが、不足してきた為、陶製・石製・骨製などを使い、最後に銅で鋳造するようになった。
三星堆遺蹟からは数千個に及ぶ子安貝が出土して注目されており、物流・交換経済に、すでに子安貝が何らかの役割を果たしていた。
それぞれの型番は左手前から、A・B・Cとなります(Aは売約済です。)
● 別角度画像 → 筆帽銘 全体 ● 別角度画像 → 裏面拡大

GK-063 GK-064

鏤空玉璧

玉錐形器
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 10,8cm×厚さ 5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

白玉の透かし彫り璧。よどみない鋭い刻で双熊と双龍が相対している。湿潤による風化が味わい深い古玉の魅力を増している。
漢代の動物の玉彫は立体物、透かし物ともに生き生きと愛らしく彫られているのが美事。
古く新石器時代より玉璧は玉jと共に祭祀用礼器とされたものであって、初期の玉璧は、中央に丸い穴が開けられただけの扁平な円形であったが、戦国・漢時代となって穀粒文様・透かし文様と多様となり、神仙思想の発達もあって保身の力が有ると信じられ埋葬玉が主流となった。
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 11cm
● 価格 : \

紀元前2300年頃、良渚文化の玉串飾の一つ。
大小形の異なった管・珠・錐形器など55件で構成された串飾りが被葬者の肩左側に位置し、出土した完全例の発見が知られる。
白化が全体に均一。単純な造型も美しい。
● 別角度画像 → 裏面拡大 ● 別角度画像 → 拡大

GK-061 GK-062

玉鳥佩

玉盒
● 時代 : 殷時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 7cm
● 価格 : \

この造形は殷墟婦好墓で発見されている。鷹らしき鳥を単純化した造形としているが、古代玉の持つ呪術的雰囲気を漂わす逸品。鳥の特徴をよく捉えている。
「GK-052 玉熊佩」と同墓より出土と伝える。文献によれば、古代の祭典ではいつも玉器を飾った木「玉梢」を持って歌い舞ったとあり、このような玉鳥紋ハイも上端に付けられたか貴族が身に帯び、富への願望を託すとともに神霊動物の力がもたらすものすなわち「徳」にあやかろうとしたに違いない。
透明度有る白玉製で、湿潤による白化が濃淡となり美しい。
眼の位置に小穴が穿たれている。表面は甲盛り状、裏面は平滑。
玉の本当の味わいは自分の掌の温もり脂が染み込むほどに日々懐中に玩弄して初めてわかるものであって、古玉に対する近世中国人のこだわりは外国人には異様に映ることもある程といえる。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 13cm×径 11cm
● 価格 : \

身・蓋・つまみも全て一つの玉塊から彫り出した驚く程贅沢な玉器。蓋の上面中央にはつまみがあり、ここに削り出した丸輪が付いている。つまみの周囲には10枚の花弁を持つ花の文様帯が巡っている。
下は粒文の帯と雲文の帯が巡らされ、身の方も上蓋と同紋様帯が刻されている。身はほぼ球形で口縁の内側には蓋を受ける立ち上がりがあり、外底には揆形の高台が付く。白玉製で湿潤による変化により赤褐色部分が広がり美しい。
古代中国では玉製容器は少なく、玉製の蓋まで伴なうものは極めて珍しく、広州市南越王墓出土の類品玉盒が知られるのみ。
上海玉収蔵家旧蔵品。

参照:「中国古宝展」 200年東京国立博物館開催
    NO.108
● 別角度画像 → 裏面 ● 別角度画像 → 裏側 内部+底面

GK-059 GK-060

玉蚕

玉帯飾
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 長さ 2,6cm
● 価格 : \

中国の養蚕の始まりは新石器時代に遡る。殷の遺蹟からは絹織物が発見されており、漢時代には養蚕製糸業の発見はピークに達する。いかに絹が重要なものであったかを物語る。
眼の部分に穴を開けており、種々の管玉等と一緒に一連としていたものと思われる。青玉が湿潤によって美しい赤褐色となっている。
銅蚕は漢時代に多く造られるが玉製は少ない。殷墟婦好墓出土に類似品もあり、玉・石で造られた蚕が玉魚・玉鳥・円形玉等と共に一連飾りとしても出土している。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 横 999cm×幅 3,7cm
● 価格 : \

唐時代には現代のベルト・バックルと同じ機構の締金具を付けた革帯が使われるようになり、帯には方形の玉・金・銀の飾板が貼り付けられた。このような帯は裾が長い袍という上着の上に着用されたもので、金具に垂飾や小物を入れる袋が付けられた表現を画像石や壁画に見ることが出来る。
白玉の丸形9個には同一鬼面を、長方形9個には熊・鹿・怪獣等それぞれ異型の図像を彫刻。それぞれを鍍金銅金具に嵌め込み、蝶番で結び虎頭のフックが先端に付けられている。
玉帯は高貴なもので、一般人は用いる資格がなく、重量も有るため主として身に帯びて地位の高さを誇示するための品と考えられている。
明代になると皇帝や大臣が用いた玉帯は良質な厚い白玉で造られ、重さも6から7キロにもなり、両手で支えなくては安全無事に歩けなかったという。
近時西安郊外「宝鶏」墓出土。
正倉院にはラピスラズリで作られた牛革製・紺玉帯といわれる品が知られる。
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GK-057 GK-058

玉魚佩

玉j
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 高さ 4,7cm
● 価格 : \ 50,000

青玉製。
尾鰭が2つに割かれ、眼・鰭部分には線刻が施された単純な造型。片面は風化によって象牙色となっており、裏面は青玉色が残り古玉の味わいが存分に楽しめる。口部の穴は直線的に開けられている。古玉佩は谷川徹三氏の西周時代玉の収集品(兎、鳥など)が知られる。
参考図書:「黄塵居清賞 私の眼とこころ」 谷川徹三 著

魚はヴァリエーションが多く、殷墟婦好墓からは小型魚62点が発見。紋様が簡略だったり、刻さなかったりして棺飾りに使われたと考えられている。
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 9,3cm×口径 7,8cm
● 価格 : \

「良渚文化」圏からは多様な様式の玉器が出土しているが、文様はどれも「巫と怪獣」という同一テーマに関わるもので、文様上部に羽根の冠をかぶった巫が。下には目を剥いた怪獣が描かれている。ただし、玉器全てにこういった完全で精密な図柄が描かれるとは限らず、多くは巫の小さな目と怪獣の大きな目だけを描いている。台湾故宮博物院蔵の高さ47,2cmの玉jは合計68対もの小さな目がつけられている。
本品は「大眼小眼紋」といわれる典型的な品。円筒形内は上下からの削り段差をそのままにしている。これほど大きな品の市場価は非常に高い。
円い穴は神のいる天、四角い形は大地を表わし、玉jは天と大地を合体させた創造物といえる。
玉jは断面が円筒から四角形状へと変化したことが分かっている。
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GK-055
GK-056

玉牡丹花香薫瓶

ち文玉衛
● 時代 : 清朝時代
● サイズ : 高さ 14cm
● 価格 : \

青玉製の蓋付薫香入瓶。
驚く程細かい透彫でもって花鳥、中国でいう「春水」が彫刻。玉石は彫刻が難しく、これ程の精緻さに達するのは並大抵でなく工人の腕の非凡さが分かる品。玉以外には香木片を入れた「提香嚢」「香盆」が玉や木でも清朝時代製作されている。
凝った人はこの器に花を入れ、客間に置いておく。花の爽やかな香りが漂う仕掛けになっている。完成されるまでにどれ程の時間と労力が費やされたか想像に難しくない。まずダイヤモンドを先端に嵌込んだ錐で穴を一つ空け、水を混ぜた解玉砂をたらしながら、糸ノコギリを上下に動かして切る。この繰り返しがなされるわけであって大変な時間を費やす。
乾隆帝は古希を迎えたころから、玉への傾倒が顕著となり北京博物院の「大寓治水図玉山」の彫刻を作らせた事が知られる。
上海著名玉収集家旧蔵品。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 2,8cm×長さ 10,3cm
● 価格 : \

長方形の衛で、見をくねらせ首をもたげた「ち龍」の這う姿が表わされている。その表現は簡潔で力強く、繁辱を嫌う前漢時期の新しい傾向がうかがえる。

衛は剣の装具の一つで鞘に取付け、腰に剣を吊るす際、帯に引っ掛けるためのもの。こうした玉の装具で飾られた剣は玉具剣と呼ばれ、漢代の上層貴族が「佩用」した。剣の神として装飾される事の多い「ち龍」が表面は親子のじゃれあう形で、珍しいのは人目に触れない裏面にも「ち龍」の子供、片方には2匹猿が立体的に刻されている。湿潤による風化で白玉地との対比が美しい色合いと変化している。
古代玉の魅力入門に彫刻・風化共最適品。
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GK-053 GK-054

玉怪獣鎮

玉龍佩
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 高さ 3、5cm× 幅 7,5cm × 奥行 5cm
● 価格 : \

青玉製。
まさに這い出さんとする空想上の動物を造型。背上は戦国時代、玉製品にまま見られる雲文を陽刻。口内には朱が塗られていた痕跡を残す。

動物彫刻においては生けるが如くの魂を入れた彫刻が最も難しいと言われ、まして想像上の動物でもって本品のように動き出さんとする迫真彫刻は至難とされており工人の技の才と共に時代が生んだ逸品といえる。
泉屋博古館蔵の「金象嵌嵌玉怪獣書鎮」が優れた技工の品として著名であって、同形状と言える。
● 時代 : (東周)春秋戦国時代
● サイズ : 長さ 9,5cm
● 価格 : \

青玉製。全体に美しく風化する。
東周時期の玉器の発達は目覚しく、種類も豊富となり製作水準も向上した。「君子は徳と玉に比す」つまり徳のある君子を玉に例え、玉には道徳的な面での意義も出てきた。又、玉を身につけることが盛んになったので、いくつもの玉を綴り合わせた飾り(玉佩)が数多く出土している。
戦国時代龍形玉佩は数多く作られ、生き生きと躍動感あふれる龍の形象は、この時代の思想界、芸術界が自由に発展した性格を最もよく現している。いわゆる「S龍」形。昔の人々の審美能力の素晴らしさを表し、形は極めて優美。
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GK-051 GK-052

玉跪武人像

玉熊佩
● 時代 : 殷代後期
● サイズ : 高さ 5,5cm× 幅 3cm
● 価格 : \

青玉製の跪式(ひざまずく)像。 殷墟の婦好墓には750点の玉器副葬品が有ったが、その中に同形式の像が有り有名。ひざまずいた姿態が故宮博物院展示の石虎によく似ている。 袖・膝・腰部に回紋、後髪に刻線又頭部頂上部に貫通する二穴が施され紐を通す事ができる。
古代人は玉と石を区別せず美しい石でありさえすれば全て玉と呼んでいたが一般的には新疆で産出する閃玉とミャンマー北部で産出する輝玉が真の意味での玉。清朝頃発掘による伝世品。
上海玉収蔵家旧蔵品
● 時代 : 殷代
● サイズ : 高さ 7,2cm× 幅 4,2cm
● 価格 : \

白玉製、全体に美しく風化。
中国では殷王朝から歴史時代に入り、殷代に使用された甲骨文字・青銅器・玉器は直接当時の活動の様子を伝えてくれる。
殷代の彫刻師はとても想像力豊かで彼らは違った動物のいろいろな部分を組み合わせては、一つの作品にまとめあげており、本品のように熊を人間のひざまずく姿にしたりすることも。 眼の形を臣の字型とする特徴。全体に刻まれた細線の陽刻等、殷代玉の持つ呪術神秘的な雰囲気をみなぎらせる逸品。西周以降の玉に比べ圧倒的に残存数が少ない。肩部に穴が貫通する。潤いを帯びた光沢から、玉匠が心を砕いて磨いたことを想像できる。
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GK-049 GK-050

玉翁仲佩

玉鳥佩
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 4、5cm
● 価格 : \ 130,000

墨玉で造られたいわゆる老翁像。豚・蝉・同様「漢八刀」で眼・口・衣線が施される。単純な造型の魅力がある。
新疆のホータンは古くからの玉の産地でここで産出する玉をホータン玉というが、青玉、白玉が比較的多く、黒玉や黄玉は産出量が少ない為珍重される(古宮博物院、玉の部屋に飾られた明時代「墨玉牧夫筆架」が墨玉で有名)。

頭部から下に貫通する穴により紐で通されたお守りであって翁仲とはもともと始皇帝時代実在人名。身に付けていると厄払いの功能があるとされ、漢代に普遍的に行われた佩玉。
● 時代 : 殷〜西周時代
● サイズ : 幅 7,5cm
● 価格 : \ 200,000

青玉製の鳳。
鳥は霊そのものであった。頭部に大きな冠を載せ冠の上沿に歯状の突起が見られるのは商代の典型的特徴。眼・羽に施された刻線は力強い。頭部の小孔は紐を通して身に付けたのであろう。
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● 別角度画像 → 裏面

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