| ● 時代 |
: 漢時代 |
| ● サイズ |
: 高さ 4.5cm×横 7cm |
| ● 価格 |
: \  |
楕円形台座に立つ犀。玲瓏と透き通り光沢のあるホータン羊油白玉。湿潤風化により局部白泌。
皮膚は角質化して硬いため「楚辞」には犀皮で作った鎧を大勢の兵士が身につけていたと書かれている程であり、漢時代にはまだ相当数の犀が中国にも生息していたと知れる。
西周時代には酒器である尊を始めとする銅器などにも造形化されているが、漢時代の銅・玉製品は存外稀少。頭部の二本の角質化した角は解熱・滋養薬として求められ、乱獲。現在ではアフリカ・東南アジアに生息するのみ。
材は硬度6〜6.5の軟玉(角閃石の一種)で、古くは崑侖山脈北麓タリム盆地のオアシス都市ホータン付近でのみ産出した。ホータンから運ばれた玉は楼蘭で中継され、さらに敦煌地方を経て交易された。楼蘭は約3500年前からすでに玉の中継市場として成立していたと推測される。崑侖山脈の地中に埋もれていた玉は、二つの玉河の雪解け水の激流に揉まれて下流へと運ばれる。人々は河の石の間に紛れている玉を捜し求めた。特に乳白色の羊脂玉は最高級品ともてはやされた。
参照 : GK-143 、GK-203 |
| ● 時代 |
: 戦国〜漢時代 |
| ● サイズ |
: 長さ 53cm |
| ● 価格 |
: \  |
鞘と剣が全て青玉で作られた実用剣でなく埋葬剣。剣首・握部・剣格・刃はそれぞれ嵌め込み製作されている。鞘は同模様の2枚合わせで形成され鞘口は鍔と組み合わさるよう出来ている。
剣格は鬼面・剣首は四葉紋・剣柄は羽状文が刻され、鞘は2匹のち龍が透かしでもって彫り出された青銅剣の写し。白玉が2000年余土中で全体濃淡褐色変化し、こよなく美しい。実践青銅剣の鞘は本来漆塗り木製であり、同模様が漆塗りで描かれていたのであろう。
ち龍は剣の神として玉飾には多く装飾される。北辺遊牧民オルドス銅短剣には透かし模様の鞘も銅製で伴う遺品が知られる。武器は死者を鎮魂する道具でもあり、死者と共に埋葬された近時湖南省長沙近郊墓より2本出土。剣・鞘が揃う無傷玉剣は稀少。玉具剣といわれる漢代の皇帝が功績のあった大臣や列国の使節によく下賜しているものは銅製・玉飾の四点が玉であって、本品とは相違する。玉の産地は最大の産地は西域のホータンで崑侖山脈の諸山や山峡から流出する玉竜可から良質玉が採取されるが、前漢の武帝によってこの地方が中国勢力範囲に入ると一層多量に内地に送られてくることとなった。古玉を続に漢玉というのも、この時代の遺品が多いのでそうした言葉も生まれた。
※土中褐色変化参照 : GK-251
参照 : GK-184 、 DK-207 、 DK-203 |