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GK-133 GK-134

玉帯鈎

玉蝉蛹
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 4,5cm
● 価格 : \

熊が手を広げ、龍首の小型帯鈎。一般的に戦国時代、帯鈎の小品は多くみられるが、大きさから襟留めなどのフックとしての用途も考えられる。白玉で熟坑。小品勿ら作ゆき良い。
銅製帯鈎は数多く、世界的に収集家も多いが玉製は極めて少なく、収集として楽しい分野といえる。熊、龍の顔面ははっきりして真に迫り滑らかに磨かれ美しい造型としている。

参照 : GK-113
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 4,4cm
● 価格 : \

紅山文化。紅山文化遺跡より玉蝉、玉蝉蛹が多く出土しており、古代人の愛好した器と知れる。頂部に大きな眼が刻され、頭部両側より貫通する孔、又、頂上にも孔が開きつながる。
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GK-131 GK-132

玉三連環

帯飾玉壁
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 最大径 9,8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

青玉製。三個の環で一組の佩といわれているが、離れ離れとなり単品としての遺品が普通。瑪璃製も多い。金属器にもない、触れ合う質感に似合わない涼やかな音、これらは身に付けた者にしか理解できない味わいであろう。刃物ではない小さな工具を用いた製作には大変な時間を要した事が理解できる。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

和田玉で造られ穀粒渦文を飾っている。壁の上部の外部は、透彫の対向する二体の龍形と成す。壁は殷時代からあり、春秋時代末から細かい穀粒渦文を浮彫にすることが始まる。漢時代になると渦文のほか、絡み合った龍などを装飾につける。漢以後は行われなくなる。西周以来、封建君主が臣下に地位、任務を与えるときの下賜品。また臣下が上長に対する返礼。同等者同士の贈り物、神を祀るときの捧げ物に用いられ、天円地方の思想がおこると天のシンボルと考えられるようになる。漢代の墓においては棺内の死者の頭部にたてかけ、或いは胸の上にのせるなど、特別な象徴的意味を持つものとして扱われている。戦国時代に遡る玉器が漢代墓から出土する事も多く、玉器が宝器として珍重され、伝世されたことを示している。風化によって部分的に茶褐色に変化しており、色の対比を美しく見事な壁といえる。
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GK-129 GK-130

双龍文玉壁

玉臥駱駝
● 時代 : 戦国〜前漢時代
● サイズ : 長さ 12,5cm
● 価格 : \

白玉、壁の中央には龍を透し彫りし、周囲は雲気文でうずめている。壁の丈夫には鬼面と、その両側に対向する二対の龍を透かし彫りとしている。龍頭、左右は相違した造型であって鬼面に四足を爪立てて体躯と尾をくねらせている。全体に湿潤による白化が及んでいるが造型を崩すには到っていない。全体の彫刻のバランスも見事であり、玉器にはこのように手にふれる器具特有の工夫と技巧が凝らされた作が多い。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 25cm×高さ 16cm
● 価格 : \

漢代の動物の玉彫は、写実的なものと想像上のものの二つの方向に発展した。玉鷹や玉熊などは写実的に今にも動き出しそうに生き生きと彫刻されるのが特色であり、潤いの有る玉の輝きが加わって、なお一層愛らしく見える。青玉製であり、玉匠は玉の色の変化を巧みに使っている。玉の湿潤な味わいは漢時代独特の彫技とともに、新玉とは違った深い魅力が有る。世界的に玉製動物は人気が高く、市場価も高い。特に大型動物は宋〜清時代の作品が多く、古代玉の大型動物は稀少。熟坑。乾隆帝はこよなく古玉を愛好し、漢玉模倣を大いに奨励。「大清乾隆倣古」の刻字がある品が多く知られる。玉匠は玉の色の変化を巧みに使って彫り上げ、色の対比のおもしろさを生み出している。和田青白玉で造られている漢代までの玉は、研ぎの工芸であって砥石を手にするのか、あるいは玉材を手にして砥石に当てるか、いずれの場合も人の手の前後への動きが作り出す曲面によって玉の形が作られてたわけで気の遠くなる程の時間が製作にもかかった。大型品であり豪族の装飾品として造られた品であろう。(小型品は文鎮としての用途で、馬・壁邪などとともに多く造られている。)
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GK-127 GK-128

玉コウ

青玉彫双虫魑耳杯
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 25,5cm×高さ 9,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

双龍頭の下に相対する龍が透彫刻された大型のコウ。龍の体面には雲文が施されている。中央頂部に孔があけられており、佩玉の用途。帯に結んだ一連の玉の組合せの飾りで、貴人が佩び、その触れ合い鳴る音を小走りで歩く時の行動の目安としたとする玉佩の風習は、殷時代以降に定着する。単なる装飾具でなく、宗教上の意味や位階に関わっていたことが、佩玉の意匠と出土する墓の規模によって推測できる。大振りのコウであって上層貴族の品としれる。全体、湿潤による風化が本来の白玉を味わい有る茶褐色としている。
戦国時代の玉器においては、研ぎの複合であって、細かな表現は刃物による連続した刻線によっているように見えて、これらは刃物ではない小さな工具を用いた研磨による線であり、透彫りの部分もまた穿孔を主とする研磨が基本となっていることがルーペによってよく確認できる。中国古代の貴族は皆、玉を佩用しており、玉を擬人化して五徳を持つと考えていて「君子比徳如玉」(君子の徳は玉のようである)と言っていた。
● 時代 : 19世紀
● サイズ : 横 11cm×高さ 4,5cm
● 価格 : \

明代、清代は玉で文具が作られた。細工の見事な小さな玉の品を玩びつつ細工と色の巧みな調和や作品の表す縁起の良い意味などについて語り合い玉器はより生活に密着したものとなった。筆洗・水盂として造られている。基の造型は漢時代に遡る。
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GK-125 GK-126

龍形玉器

玉管
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化。1984年遼寧省、牛河梁遺跡で紅山文化の墓が発見された時、遺体の胸の部分に左右1つずつ、ほぼ同形の玉器が置かれていた。C字形に身を曲げた動物を表し、身に孔が一つ穿たれており、ここに紐を通して下げたといわれる。青玉であって、全体に湿潤による白濁風化がみられる。人々がまだ荒魂を抱いて生きていた美術のなんと素晴らしいことか。玉は貴き光を放ち、徳を具えるとされる石である。7000年も前から玉、即ち透閃石(軟玉)を偏愛してきた。やがて玉が秘める神聖な力への進行は薄らぐが、その美に魅せられまた古に思いを馳せながら全ての王朝を通じ、玉の造形化は連綿と続いてきた。

参照 : GK-095
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 3,5cm
● 価格 : \

良渚文化。楕円形管で一対の浅浮彫雙円があり簡化された眼が刻されている。
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GK-123 GK-124

玉龍佩

玉二連コウ壁
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 横 11cm
● 価格 : \ 80,000

双頭の龍が極めて簡潔ながら躍動感に溢れた姿であり、体部には細線が刻されている。西周期の玉彫の特徴である精緻な技法がいかんなく発揮されて玉材の硬質さを感じさせず、流麗な印象を与えている。
美玉が大切にされたことは、「和氏の壁」の故実によっても明らかであり、玉佩はまた風雅の象徴であり、優れた質と造形を兼備した玉器を身につけることが今日でも中国人の間では趣味の高さを示すとされるほど、長い玉の歴史が中国にはある。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 径 8,5cm×内厚 0,2cm
● 価格 : \

新石器時代よりコウ形状を3ケ・4ケと分割、合わせることによって円形、即ち壁となる品が知られる。一枚は周囲を一段縁取りした中。片面には熊と相対し戦う狩人を薄陽刻で、空間には雲文を印刻で表す。裏面は雲文の中に牛と鳥を陽刻。もう一枚は片面には大きく龍を、裏面には怪鳥の対をやはり雲文の印刻の中に陽刻している。小空間に刻された彫技は全てが生き生きとしており、芸術性高く工匠の技が並々でないことをしらしめる。それぞれ二ヶ所の孔が穿たれコウとして佩玉として用いられたのであろう。類品を見ない珍品。
近時、宝鶏近効墓より(GK-101)とともに出土であって同一工人の作と知れる。もとは白玉であるが、湿潤による風化。土の浸透により全体が味わい有る茶褐色に変化している。
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GK-121 GK-122

玉龍佩 一対

玉人物
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 17,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

青玉で作られており湿潤による風化で全体に白化している。表面は粟紋で表裏を飾っており、一対で残るのが嬉しい。戦国時代には変化に富んだ龍形の玉佩が数多く作られ龍形玉佩の多くは「S」字型を呈しており、「S龍」はこの時期の龍形玉佩の別称となっている。
大型の佩玉は春秋時代には見られず、戦国晩期になると散見されるようになる。礼制を整え始めた戦国諸侯の威力を背景とした産物といえよう。龍のうねるような形姿と平面に刻まれた穀文の対比は手にする度に人の目を楽しませてくれる細工である。
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7,5cm
● 価格 : \

紅山文化。顎を突出し、髪を立ち上げ足を前方に延ばして座り込む人物。崇拝した神を表現しているのであろう。頭部後と両足の間に孔が穿たれており吊り下げたと考えられている。紅山文化は今から5000年ほど前、遼寧西部から内蒙古東部の地域に発達した新石器文化。茶褐色の玉で造られ風化によって全体が白化している。眼は臣子眼といわれる西周時代の玉烏に見られる形。紅山文化と三星埋文化の文物の造形は中国古代芸術の中でも異質といえる。

参照 : GK-092
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GK-119 GK-120

龍形玉器

玉千虎文壁
● 時代 : 周時代
● サイズ : 高さ 7,5cm
● 価格 : \

C字型に身を曲げた「猪龍」という紅山文化の人が崇拝した動物上に膝を抱え蹲る人物が形成されている。龍の表面は雷文様が刻されている。頂上、人物が被る帽子に、紐通しの孔が穿たれ垂飾としての用途があるのは紅山玉器に共通するが、造形から少し下がる周時代の品。牙骨色の石で造られており、湿潤による風化で全体が赤褐色に風化している。紅山文化が浪渚文化に又、周時代の玉器にも影響を与えた事がわかる珍しい品。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 14,5cm×高さ 1,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

表面には7匹のち虎を厚みを持って彫り出している。それぞれのち虎は尻尾を雲気の中から出す(砂潜り)。裏面は顆粒文が整然と研ぎ出されている青玉製壁。壁には辟邪、昇仙などにかかわる特別の意味があったと推測される。例えば南越王墓では玉衣に包まれた被葬者は、その下に玉壁を敷き清めて横たわっていた。ち虎(みずち)は龍をさし、みずちも龍も想像上の生き物で、類いなき神力を持つといわれ、玉器の装飾に繰り返し登場するテーマ。玉壁として定式化された漢初頭の優れた作行の品。
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GK-117 GK-118

玉筒形器

翡翠印章
● 時代 : 新石器時後期
● サイズ : 高さ 4cm
● 価格 : \

紅山文化(約4000年〜6000年前)中国の東北部、遼東半島の中西部と内蒙古付近では特色有る玉器が数多く出土している。熱河赤峰の紅山から最初に出土したのでこれを「紅山文化」の玉器といっている。馬蹄型玉筒は、空の桶を斜めに切ったような珍しい形をしている。大型の12〜18cm前後のものが多く、髪の毛を束ねたものと考えられている。下方両側にはそれぞれ両面から穿孔した小孔が開いており、恐らく髪を束ね、棒状の物を差し通す止め具と考えられている。碧緑色玉で湿潤による変化によって背部は茶褐色となっている。子供用と思われる。
● 時代 : 19世紀
● サイズ : 高さ 4cm
● 価格 : \

獅子紐。紐部分はほとんど白色で台部には雲海の如く緑色が流れコントラストが美しく又、透明性が有る。良質翡翠。印面は未刻。
古来の軟玉のほか、翡翠や孔雀石などの硬玉が玉として、様々な玉彫作品が精緻な工芸の技で形づくられたのは清代となってから。

参照 : GK-013
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GK-115 GK-116

玉豚

玉穀文環
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 15,5cm×8cm
● 価格 : \

漢時代において、玉彫動物は空想上の動物と現実の動物とに分かれる。空想上の動物、例えば壁邪・天禄の如くも実在する如く動態有る造形が成されるが、生活を共にした動物の写実表現は素晴らしいものがある。 明器として多く副葬された緑釉、灰釉豚舎等陶器も同様であるが、玉で有る為一層際立つ細微な彫刻が成され迫真的な造形としている。鼻息が聞こえてきそうな乳房を持つ孕母豚で、漢八刀の握豚の単純化された造形とは対極にあるといえる漢玉の魅力を持つ。青黄玉製。生坑。中国の田舎には大きな黒豚が今も見られる。豊かに盛り上がった筋肉が印象的である。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 8,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

透明性ある玉の全体を立体感有る穀粒分(蒲文)で装飾している。「壁「は円孔が左右の巾より小さい品を、円孔の方が大きいのは「環」と区別している。玻璃光が美しい青玉が湿潤変化により茶泌化している。環は上下に他の玉の飾りをつなぐ基本的な玉佩であって一連は、オウ・壁・a・管珠・牙などからできている。春秋戦国時代には玉を身に付けることが盛んとなった。
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GK-113 GK-114

玉帯鈎

瑪瑙 @衛、Aひつ
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 10,8cm
● 価格 : \

龍首で一匹のチ龍が上部に相向かう形で鈎面に彫刻されている。水銀ヒツといわれる白色部が湿潤により、本来より一層の黒色が広がり、白と黒の色の対比が見事に成された功色技法の玉。 もっぱら砥ぎによって造られた新石器時代以降、漢時代に至る時期の玉器は、金剛砂と定規のような形の研磨具で研ぎ切るという気の遠くなるような作業の結果で生み出されており、重厚で穏やかな質感を持つ。熟坑。
帯鈎は戦国時代に盛行し、華麗な装飾の品が多く、漢代になると実質的なものとなっている。始皇帝兵馬俑に見られる帯鈎もシンプルな造型である。

参照: GK-045GK-002
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 下記解説内参照
● 価格 : \ 問い合わせ

白地に赤・橙色のグラデーションが美しく混じる縞縞瑪で造られた珍しい刀飾具2種。「ひつ」 は鞘先端部に付けられ柄頭部の「首」・鍔部の「格」とで1組となる。玉製が殆どであって、ガラス製も僅か知られるが、瑪瑙は初見。漢代の上層貴族の佩用した玉具剣の飾具として持ち主の得意の様を彷彿させる。

※サイズ
@衛  : 横 6,2cm×高さ 1,9cm
Aひつ: 横  5cm×高さ   4cm

参照: GK-056GK-022
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GK-111 GK-112

玉杯

玉チ龍文衛
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 5,5cm×横 5,6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

青玉製であり、手付部にはチ龍を胴部には雲気文が彫刻されている。 近時玉表面上に金や漆を塗りつけた品がまま出土する。形状・寸法から見て、実用品であったと思われる。玉杯といえば唐時代、貴族の間で夜光杯が流行していたことが知られるが、具体的な遺品は分かっていない。
文様の線、チ龍の削りは深く強靭であって、鏨や鑿によるものでなく、先が尖った砥石で研いで表わしている。生坑。

参照: GK-026
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1,8cm×長さ 10,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

戦国時代から漢時代にかけて直刀剣の鞘部に取り付けられた飾り具。裏側面に削りだされた長方形部は紐通し穴であり、表面に彫刻されたチ龍は、上から下へ向かい親を見上げる子龍と相対する格好で取り付けられる。玉具剣には「首」「格」「衛」「ヒツ」と言う4個の玉飾り具が本来セットとして造られている。表面は雲文・穀粒文の彫刻が一般的であり、チ龍は存外少ない。チ龍は剣の神として装飾されている。セットの内「格」と「ヒツ」にも同様のチ龍が彫刻されていたものと想像できる(「首」は握部なので、立体彫刻はなされない)。

参照: GK-056GK-022
● 別角度画像 → 裏側拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

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