| ● 時代 |
: 清朝時代 |
| ● サイズ |
: A 長さ1cm×径0,5cm
:
B 径0,8cm×厚0,2cm |
| ● 価格 |
:  |
乾隆年間、翡翠は「翡翠玉」と称された。雍正年間から乾隆期初め、翡翠の価値は高くなかったが乾隆期後期になると、一般の玉よりも高価となる。乾隆期以後、翡翠の価格は引き続き上昇し、清晩期には非常な高額に達し、宮廷と民間で次第に広まり人々に珍重される貴重品となった。乾隆帝は現在のミャンマー近くまで平定し、翡翠を大量に手に入れ翡翠の装飾品の最高傑作を作った。北京故宮には800点余の翡翠製品が所蔵されているが、日本人には台湾故宮の「白菜にキリギリス」置物、「翡翠板屏風」がよく知られている。 |
| ● 時代 |
: 新石器時代 |
| ● サイズ |
: 横 12cm |
| ● 価格 |
: \  |
紅山文化。中国の蝗は日本の蝗のように可愛いいものではなく大バッタといった方がいいほど大きい。普通大洪水の跡地などに発生して大繁殖し、天を覆って田畑に飛来し、青いもの全てを食い尽くしてしまう。元時代には廟をいたるところに建てて虫害が自分達の郷村に及ぶことを避けようとしたほど被害をしょっちゅう被ったといわれる。紅山文化の人はどんな意味を込めて蝗を作ったのであろうか。眼の後方に貫通する穴が穿たれ暗褐色の玉が風化によって白濁している。今夏の猛暑でアフリカでは稲子が異常発生し、1K平方m当たり5000〜8000万匹にもなり、小麦等に大きな被害を与えたと報道されている。 |