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DK-119 DK-120

青銅鏃矢

青銅鏃
● 時代 : 秦時代
● サイズ : 長さ 54cm
● 価格 : \

鏃は矢じりであって弩によって使用される。鏃は多くは二等辺三角形であって先端は鋭利で末端は平らである。
本品の珍しいのは漆の塗られた竹柄がそのまま残っている事であって資料的価値大。末端は弓の弦とする動物の筋を止める凹面の削り込み矢筈となっている。鏃は秦の兵馬俑坑からも多数出土しており、弩の使用は戦国時代に始まり秦の始皇帝軍においては重要な武器となり、戦術的に大きな変化をもたらした、当時の最新兵器であった。
柄は軽いのであるいは葦のような材かもしれない。柄は竹製で糸を上下両端に巻き,黒漆を塗ったものも出土している。始皇帝兵馬俑坑からは立て膝をついて弩を構える兵士俑が出土しており射撃時の理想的、射撃姿勢を教えてくれる。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 23,5cm
● 価格 : \

戦国時代の新式の武器に弩がある。洋弓に似た弓の一種で横に構えた(今でいうクロスボウ)。漢代の土偶で、楼閣上の四方に弩を構えた警護の兵士が表わされていることも多い。従来の弓に比べ省力化され、射程距離も長く命中率も高かった。

本品はその矢の矢じり先であって、70cm前後の糸巻漆塗の矢羽のついた竹や木の幹に差し込まれた。鏃というのは族のことで矢に当たったものは族滅(一族残らず滅亡)することを意味したといわれる。殺傷力を高めるため錫を20%以上に増量して硬度をあげており、研ぐと微密ですこぶる鋭利な刃先が得られる。一度の戦闘でおそらく数万以上の大量の矢が必要とされたはずで原料の供給先確保も重要な問題となったであろう。

形式は数種類あり、本品は、三角形状で軽くするため透かしとし、極めて鋭利に作られており十分な殺傷力がある。弩の有効射程距離は100〜150mであったという。
● 別角度画像 → 先端1先端2後端 ● 別角度画像 → 拡大1拡大2

DK-117 DK-118

青銅 東王父西王母龍虎画像鏡

錯金銀龍首形銅轅飾
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 径 18cm×高さ 2cm×重量 700g
● 価格 : \ 問い合わせ

東王父と西王父を主題とする。二神は冠形によって識別され(東王父は三峰の山形冠をかぶり、西王母は玉勝を飾るのを通例とするが、省略され区別しにくい事も多い)三角線に近く、縁は獣文で飾っている。

鏡中、子鏡を意味する乳状の凸起によって区分され、上下に先の二神、左右に四頭だて(普通は三頭)の馬車が疾走する。この馬車は画象石に見る車馬行列とは異なり、神仙の乗用と思われる。
紐は普通円紐であるが亀紐で珍しい。

紹興鏡の典型というべきものですぐれた鋳上りを示している。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 7,5cm×横 17,5cm× 10,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

轅飾とは戦車の車軸と馬を連結する工具先端部の飾り。頭部長方形の穴は轅が抜けないよう固定した部分。龍頭形で全体を金・銀錯。眼には黒瑪瑙が象嵌されている華麗な品。本来は一対である。

車馬具と総称される一群の金具には煌びやかに飾った作が多く早くから鑑賞の対象とされてきた。これらを装着した馬車が行進する際の陽光に照り映える煌きはおそらく眼も眩むものがあったと想像される。春秋戦国時代の戦車馬用の装飾品はたいへん凝っており、貴族たちは金銀の象嵌を多用し互いに競い合った。

春秋時代後半から漢代にかけては青銅器に金銀。緑松石(トルコ石)等を施す事が流行したがこれはそのなかでも際立って見事な作例。類品は戦国・魏時代の品が河南省、輝県固囲村で出土している。墓に実物の馬車を埋める習慣は漢代になっても続けられ、馬車の付属品が残る事となった。

古物の魅力は文物それぞれが生まれた社会を語る「時代の証言者」であるといわれるが、まさにそんな一点といえる。頂上部の穴には角状のものが嵌っていたものと考えられる。

参照本 : 中国製銅器図録・下
● 別角度画像 → 後面平置き ● 別角度画像 → 側面背面底面

DK-115 DK-116

青銅鏡

青銅四山方鏡
● 時代 : 殷時代
● サイズ : 径 12,5cm×高さ 1,3cm×重量 260g
● 価格 : \

肉厚は2ミリの余の丸板。中国の青銅時代に極僅かしかなかった早期の銅鏡。1976年殷墟婦好墓から本品と同手品が発見されて始めて鏡と知られる事となった。

鏡の背部の紋様が戦国期のものとかなり異なる為果たして鏡であるかどうかに疑問が持たれていた。鏡身は薄く平たく、鏡背のつまみも半環状、紋様は細かい陽刻線紋によって構成された幾何図形となっている。

緑青色が両面共美しく展開 し、魅力ある品としている。背面周縁に2本の凸線をめぐらせその間を規則的な乳釘文で埋めている事等、又、寸法もほぼ殷墟出土品と同寸。本品のほうがずっと状態良。
中国古鏡収集家垂涎の品。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 17,5cm×厚さ 0,8cm×重量 960g
● 価格 : \

細文地に「山」字形が浮き出た文様をもつ鏡を山字鏡といい、山の数で三山鏡四山鏡と称する。
この「山」字形が何を意味するのか、尚明らかにされてはいないが、鏡背に表される他の主文から類推すると、天上の世界に関わる形象なのであろう。
地紋様は羽状地と通称される細文で獣文の角が翼の部分だけを繰り返し型面に印模して構成されている。鋳上りは見事であり美しい。白銅の地金も魅力ある鏡としている。

方鏡は円鏡に比べ、はるかに数は少なく貴重。錆も美を損なう事無く両面に散在する。

参照 : DK-056
● 別角度画像 → 後面 平置き ● 別角度画像 → 後面 平置き

DK-113 DK-114

猿型帯鈎

銅虎書鎮
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 13,5cm
● 価格 : \

乳頭をあらわにした母親猿が片手を水平に延ばし、片手は尻尾を掴む極めて斬新。優れた漢時代ならではの動物表現を見ることが出来る。帯鉤の始まりについては、かって北方異民族の受入れと言われていたが、現在では中国独自に生まれたものと考えられている。戦国前期から後漢まで盛行し、新形式の帯留めに変わった。
帯鉤の使用状態を端的に示すのは秦始皇帝陵の兵馬俑に正確に作られており、興味深い。帯鉤のコレクターは多く、この猿形帯鈎はまず欲しい標準品といえよう。銅と錆の伝世味が良く、古代金工品の魅力を増している。

参照: DK-008DK-026DK-059
● 時代 : 明時代
● サイズ : 横 6cm × 高さ 1,5cm
● 価格 : \

漢時代、筵に置いて実用であった鎮子の書鎮として適当な寸法である品は、士大夫の文房具として宋時代から好まれ使われてきた。
古物の持つ古代を偲ばせる幽情が好ましく座辺の愛玩品とされた。

本品は漢時代に多い虎がうたた寝する形状でもって作られている。漢時代独特の力強い造形とは相違した何とも瓢げた姿に作られ楽しい。
古銅味も魅力的な日本伝世品。

参照 : DK-079DK-080
● 別角度画像 → 拡大 裏面 ● 別角度画像 → 後面 底面 拡大

DK-111 DK-112

青銅鍍金菩薩立像

男女青銅短剣
● 時代 : 隋時代
● サイズ : 高さ 8,5cm
● 価格 : \

頭光だけを背にして立ち、像身の肉取りが豊かになり、四脚座の刳りが蓮弁形となる。これらは隋時代の仏像の特徴であって、唐に近くなると僅かながら姿態に動きがあらわれる。初唐の形式がまさに始まろうとする頃の形式。
小像ではあるが、極めて細緻な部分まで抜けが良く薄作りである事、後背と衣紋の透かしが細かく成されている事、鋳成後の彫刻の入り方等全てが上手品の小金銅仏。
右手に柳枝、左手に水瓶を持っている姿から、楊柳観音と称される像。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 30cm
● 価格 : \ 問い合わせ

剣身の両側は曲刃、背は三稜形を呈し、柄は扁平で両面にそれぞれ男女の裸身像が鋳込まれている。女像は両手を胸の前に交差させ、男像は両手で下腹を押さえている。耳下の肩部に紐を通して腰に提げる為に、各2個の長方形横長の孔がある。同品は北方騎馬民族の品として知られ、先年「中国内蒙古・北方騎馬民族文物展」にて展示された。
剣は死後石槨墓に葬る事がこの民族の特徴の一つとして知られる。春秋晩期から戦国にかけては青銅剣の最盛期であったが、漢代に鉄剣が流行するや次第に姿を消していった。刃中央部で破損修理。
● 別角度画像 → 後姿 側面 底面 ● 別角度画像 → 裏面 拡大

DK-109 DK-110

青銅鍍金観音像

青銅亀鈕印
● 時代 : 隋〜唐時代
● サイズ : 高さ 24cm
● 価格 : \

腰を少し捻り、裳が透かしで造型されている。左手に蓮華が柄穴に差込まれ、右手も差込みと思われるが損失している。
全体抜けが少し甘いものの、光背も揃う大きさによって見応えする品。台、光背と取り外しが出来る作り。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 2,5cm ×印面 1,5cm角
● 価格 : \

銅質が幾分重い。亀鈕の造型は頭部・甲羅・足爪にもしっかりと鏨が入り、鋭く幾分高い台部とのバランス良く美しい印としている。
文字は篆文。
● 別角度画像 → 後・側面 拡大 底面 ● 別角度画像 → 拡大 印面

DK-107 DK-108

鍍金熊鎮一対

白銅塔鋺形盒
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 5cm × 高さ 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

たくましく肥った熊。両手を広げ、うずくまる形。
内側は空洞で、おどけた造型が愛らしい。
熊は漢代十二神獣の一つで方相氏とも呼ばれ妖怪を退け、邪をよける働きがある。器物の支柱や脚の意匠として、人物・龍・鳳凰・熊が力を込めて支える姿を象るのが戦国末期〜漢時代の流行であった。
中でも肩と腰に力を込め、口を捩って踏ん張る熊の姿は力強い中にどこかユーモラスな雰囲気があり、後世の蒐集家達にも好まれた。
鋳上がった後で付け加えられる鋭い爪、見開いた目、肩や腰の彫りの表現は味わいがある。対が嬉しい。

参照 : DK-028
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 16cm
● 価格 : \

仏前に焚く香を入れる容器。類品として正倉院に佐波理・黄銅製の品が7点程収蔵されているのが知られる。

紐が仏頭の相輪を想わせる六層で、この形式のものを塔鋺合子と呼ぶ。柄香炉で焚くための香を入れ使用したと言われる。錆色と白銅色が美しい。厚みのある白銅製。
一般に響銅(轆轤挽きの青銅器)製が多い。類品の少ない品であり、近年の新発掘による招来品。
頂上をニルバーナと言い、涅槃を表わしている。
● 別角度画像 → 後姿 底面 ● 別角度画像 → 分割 底面

DK-105 DK-106

青銅美人俑

青銅帯鉤
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 10,3cm
● 価格 : \

「豊頬美人」といわれる盛唐を代表する貴婦人姿俑の形式。加彩・三彩陶俑は知られるが、銅は初見。
小品ながら、おおらかな顔立ち・髪の細かさ・衣紋もしっかりと彫刻された上に緑・朱色で部分的に彩色されており愛らしい。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 長さ 18cm
● 価格 : \

鉤面3分の2に羽渦文が鋳造によりシャープに施された琴形帯鉤。帯鉤は表面文様の多様さ・鍍金・錯文・象嵌あらゆる技術を駆使した表面の飾りが魅力の小さな造形物。
鋳造による合わせ目に段差が有ったりするが、単純素朴な模様、実用本位の造型・古銅味に魅力がある。

参照:DK-007DK-008DK-026DK-059
● 別角度画像 → 左・右・斜面 底面 ● 別角度画像 → 拡大 裏面

DK-103 DK-104

鍍金銀蓬莱博山炉

青銅坐人
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 15cm
● 価格 : \

東海にあるという伝説の博山をかたどった香炉。炉体は豆形で透彫を施し、頂上には鷭、山には虎・猿・熊・兎・犬が彫刻されている。
底盤との間に四葉模様が嵌めこまれる造りは珍しく、一段と造型を美しいものにしている。炉体の合わせ目、底盤が鍍銀されている高級品。受け皿は熱が下に伝わるのを防ぐ。
器形は典雅で、漢代貴族の日常品として流行した。近時、西安郊外宝鶏の墓出土。
(四葉文は天の中心に光耀く蓮の花を表わす)
香炉は香木を焚くという風習は早くからあり、戦国時代には青銅製の香炉の造例もある。香りを楽しむだけでなく、衣服で覆い香りを付け、防虫を兼ねるという使い方もあった。
漢代には蓬莱山をかたどるなど神仙思想を反映させ、南北朝以来仏教の興隆につれそれの香炉に用いられた。 この小振りの寸法は、煎茶・抹茶用に賞玩される。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 9,8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

秦・漢の厚葬と墳墓の規模の大きさは、始皇帝陵の俑坑によってあらためて認識された。様々な土偶と明器、こまごまとした用具によって、当時の生活のはしばし・工芸の様相の多くのことが明らかになった。

小型のずんぐりとした坐像で、前漢初の土偶同様きわめて写実的な表現がなされている。また、がっしりと力のある造りもこれら銅人が共有する性格。虎形・豹形・博山形の鎮子と同じように、棺辺に置かれたものと考えられている。京都大学と天理参考館に本品のように高いまげを結った男の像が収蔵されているが、本品の作行きは極めて力強く、鏨の切込みも素晴らしく魅力的な品としている。良質の鉄の工具の出現が原因である。

青銅とは、銅と錫の合金であって、錆びない時は本品の様に真鍮のように金色をしている。

参照本 : 中国銅器図録 下
● 別角度画像 → 拡大 分割 底面 ● 別角度画像 → 後姿 拡大 底面

DK-101 DK-102

金銀トルコ石象嵌犀形帯鈎

青銅金銀象嵌三虎鎮
● 時代 : 戦国時代後期
● サイズ : 長さ 21cm
● 価格 : \

打出しの薄板上にトルコ石が4ヶ所、空間が金銀平象嵌で埋め尽くし、眼は龍首の眼と共に黒瑪瑙が象嵌。裏面フック部も金銀象嵌装飾。極めて華麗な帯鈎の逸品。
同形状は秦と楚の文化の影響を大きく受けた、四川省・巴人文化である巴蜀の船棺墓出土品が北京歴史博物館蔵で知られる。又、犀は同館蔵「金銀象嵌文犀銅尊」が漢代青銅器の逸品。サンフランシスコ アジア美術館(旧ブランデージコレクション)の殷時代「犀犠尊」が立体造型品として知られる。当時は犀も一般に見られたのであろうが、象と共にすでに絶滅している事が悲しい。
龍首部は別鋳により接続されている。風化の為、水を掛けることによって往時の耀きが鮮やかとなる。
「楚辞」には「サイの皮で作った鎧を大勢の兵士が身に着けていた」と書かれている程だから何千年か前には相当数のサイが中国にも生息していたと知れる。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 7cm
● 価格 : \

乳頭型のふくらみの台座上、博山を回る三虎を乗せ1体とする型式。台座は鍍金、三虎の胴部は金線の象嵌を主とし、トルコ石・赤瑪瑙・を象嵌。三虎の眼には黒瑪瑙を象嵌するという極めて華麗な鎮子。周末から漢にかけて神仏思想を基にしたより生動性ある意匠の青銅器が顕著となる。
このような鎮子は前漢墓から多く発見されており、通常4ヶがセットであり、死者の両手・両足のところに置いて墓を守る魔除けとして副葬されている。近時「天水」近郊墓より4ヶ出土。
2000年余前の美術品そのものを入手し愛玩できることに素直に喜びたい。

参照 : DK-030
● 別角度画像 → 裏側 拡大 ● 別角度画像 → 拡大 分割 底面

DK-099 DK-100

鍍金銅香炉

青銅鍍金透彫獣脚燻炉
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4,5cm×横 10cm
● 価格 : \ 180,000

美しい厚いきらびやかな鍍金に覆われた柄香炉の小品。ふっくらした碗形蓋の胴部に正小円を穿ち天上に大円を開けている。 薄造りの上手品で、握りの造型も愛らしく筒便に持ち運びができる。

戦国時代には青銅の香炉があり、香を焚く風習はそれよりずっと古くからあったと考えられている。昔は香炉で香を焚くのに沈香が多く使われた。焚くとたちまち部屋全体に香りが広がり、馨しさ・爽やかさは筆舌に尽くしがたい。
香炉は古代から現代に至るまで中国人の生活の中で非常に重要な役割を演じてきたのであって、日常生活・正式な儀式と常に用いられてきた。爛熟した唐文化らしい遺品と言える。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 12cm
● 価格 : \

板金で成型し、模様の部分は金メッキされ爐蓋・爐身からなっている。蓋の縁は広く平らで下方へ折り曲げ、爐身の口縁にぴったりと組み合わさる。

爐棚の縁は鳥・唐草を刻み、蓋は高く隆起し底の縁に一回りの蓮弁文を刻む。蓋頂には蓮華形の鈕、蓋部は松文様が透かし彫りされる。5ヶの獣足の間5ヶ所に盛り籠形状の薄板が吊り下げられている。唐文化の華麗な香りを醸す品。

類品は法門寺からの出土品や薫炉台を伴なう大型品が知られる。
● 別角度画像 → 内部 底面 ● 別角度画像 → 内部 底面

DK-097 DK-098

鍍金博山炉

青銅菩薩立像
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 15,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

円形盤上に口を開けた獅子がうづくまり、背上から延びた円筒上に博山炉が取り外し自在で組み立てられる香炉。
鍍金と鍍銀塗り分けて装飾されている為、金色を一層強める効果がある。鍍金銀の手法は戦国〜漢時代に展開を見せる。博山炉透かし蓋部の側面には猿・虎・鳥・熊・狼・兎が。頂上には鳥が装飾される。造型の見事さ、金銀の美しさは素晴らしく荘厳な趣きを漂わす優品といえる。初見の品。
AO651年ササン朝ペルシャが滅亡した時、国を追われたペルシャ人が大挙して長安に亡命して、その中には多くの技術者も流れ金属・ガラス加工の技術が大いに発展した。近時西安郊外「宝鶏」墓出土。
● 時代 : 北斉時代(AO550〜577)
● サイズ : 高さ 15cm
● 価格 : \

東魏から北斉へと受け継がれた美しい輪郭を持つ光背に包まれた菩薩像。顎の下を水平に彫って角張った顔形は北斉の造像の特徴。宝冠の垂飾・火焔の刻線が鋭く、太い刻線でぐいぐい彫り進め、細部にこだわらないところに職人の手練を感じる。顔容はいかめしく、異国人のような雰囲気を漂わせているが、この時代はっきりしない表情の多い像の中では全てに鏨が強く入り、賞玩すべき作行としている。
響銅の表面に似た黒っぽい銅質。雲岡、龍門の石窟仏が千数百年の風雪に耐えて今に語りかけるのは、北魏という国に根付いた仏教という樹の繁茂と新興民族の気守の壮大であったが、寸をもって数えるような小青銅仏にさせはちきれるように力をみなぎらせる顔貌を見、北魏時代の清新無垢の様式に触れることが出来る。
北魏は鮮卑族軍人により崩壊し、東西に引き裂かれ、東魏は北斉、西魏は北周に取って代わられた事となる。
● 別角度画像 → 拡大 分割 底面 ● 別角度画像 → 裏面

DK-095 DK-096

青銅十二支四神鏡

銅辟邪鎮子
● 時代 : 隋時代
● サイズ : 径 18cm×厚さ 1cm×重量 980g
● 価格 : \ 問い合わせ

内区には朱雀・白虎・玄武・青竜の四神を、外区には十二支を鋳出している。四神を主文様とする四神鏡は後漢時代に盛行した。
十二支は昼夜十二時にわたり交替守護する意を表わしている。地は唐草文で埋め圏帯の内側は鋸歯文が巡る。図象の抜けは抜群に良好である。黄銅。
初期の隋唐鏡には倣古的要素が強かった事を例証する作例。
銅鏡は銅と錫の合金(青銅)で作られ、錫分が多くなると黄金色が次第に薄れて、白色に耀き(いわゆる白銅)写りも良くなる。しかし同時に脆くなる性質がある。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 7,5cm× 高さ 9cm
● 価格 : \

鎮は基本的には握り易いよう半球体形であって、本品のような透かし形状は珍しい。しかし、掴みやすい形。席の押さえとしての適当な重量ではある。片足で顎を支えた戯れる姿態は唐三彩獅子俑にも通じる。
複雑な造型をうまく纏め動きを的確にとらえた技は確かである。銅質と湿潤土との関係で灰青色一色均一に変化しており、古銅の味に得もいわれぬ魅力が有る。

参照 : DK-034DK-030DK-028DK-001
● 別角度画像 → 拡大 裏面 ● 別角度画像 → 拡大 裏面
DK-093 DK-094

狩猟文八陵鏡

青銅騎乗八陵鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 25cm×厚さ 1,2cm×重量 2000g
● 価格 : \ 問い合わせ

菱花形の八陵鏡。突起した円鈕の周囲は、山・樹・花・草・でうめられ、その間に4人の騎士が馬を馳せて獲物を切迫する姿が浮き出ている。騎士は投げ縄・弓・槍・を 持ち、獲物は猪・獅子・兎と思われる。上質の白銅製であって錆も一切表出していない。鋳上りも最良状況。菱花形がかなりの厚みで一段下がる事によって立体的表現が高められ、一層魅力的な品としている。まさに盛唐の鏡であって、いかにも意匠を凝らした芸術作品。
長安のすぐ北方には皇帝専用の広大な禁苑があり、狩猟場も設けられたと知られており、その場景であろう。
狩猟文鏡は数も少なく、特にこの形状は稀少であるが、同手品が河南省博物館に蔵される。

玄宗(在位712〜756)
時代の銅鏡は、このような豪華絢爛たる装飾が加えられたりしており、目を奪うばかりの色鮮やかな唐鏡は国力民生ともに豊かな時代であってこそ生まれたもの。玄宗は狩猟もポロもとても好んだという。
西安近郊乾隆の章懐太子墓壁画にも芸術性が高い狩猟図が描かれている。「長安の春」とうたわれた繁栄の時代を物語る遺品。近時西安郊外300km「天水」墓出土。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 20cm× 厚さ 1cm×重量 1300g
● 価格 : \ 問い合わせ

ペルシャ起源のポロ。4人ずつ2組に分かれ一個のボールを馬上から長柄の槌で相手側のゴールへ打ち込み合い、勝負を争う稀少図柄。馬・人物の表情も生き生きとしている。当時、長安の人は外国文化の中でも特にデザインの艶やかなイラン文化を最も愛好した。

西安郊外、章懐太子墓の壁画にはポロに興じる貴族の姿が生き生きと描かれ世界帝国大唐の繁栄を今に伝える。
太宋の「貞観の治」と並び称される玄宋の「開元の治」は29年に及び華やかな国際都市であった。八陵の切り込みは深く鋭く、模様型の抜けも素晴らしく漆黒の銅質に合い美しく、世界的評価の高い唐鏡としている。狩猟文。ポロ騎乗文鏡は特に稀少。
● 別角度画像 → 拡大 裏面 ● 別角度画像 → 拡大 裏面

DK-091 DK-092

青銅矛頭

青金石玉象嵌銅鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 29,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

葉形状の刃は両刃であって、心棒左右を透かし模様としている。身の根元には殷・周に表わされた。

饕餮文が浅彫りながら鮮明に表現されている。矛には種々の形状が知られるが長い柄を差し込んで真直ぐに突く刺兵であって、柄にはよく撓むよう円形断面の木、または竹を用い端に鐓(石突)をつける。下部に造られた耳で、柄と緊縛したものが殷・周時代。春秋は孔を穿って茎つきのものが一般的となった。筒状の袋穂は基部は楕円、先端へは中央部に陵を持つ菱形状として殺傷能力を高める工夫がされている。又、先端に向け線刻、下方部には雷文が施され、銅質の成分割合埋葬状況の土質などによって、砂張質風の肌合いとなり、武器の持つ美しさを一段と高めている。

参照 DK-064

● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 19cm× 厚さ 1,5cm×重量 1100g
● 価格 : \

鏡の名品として知られるフォッグ美術館蔵「瑠璃玉象嵌金銅装鏡」(河南省洛陽金村出土)(径12,2cm)と同型式で造られている。それは鏡背、外側に玉を象嵌し、鈕部及び中心部に白と碧色を巧みに取り込んだガラスを象嵌しているもので、中国古代ガラスの貴重資料として知られる鏡。
本品は縄目状の玉、鈕の周囲の玉の部分は同様であるがフォッグ美術館蔵の戦国トンボガラス象嵌部は平滑の青金石(ラピスラズリ)であって、そこに七星・回心円文、トンボ玉形状の陰刻が成され、鈕はトンボ玉ではなく銅円鈕としている。BC3500年頃から西方にもたらされたアフガニスタン東北部パダフシャン地方のラピスラズリ(青金石)がこのような鏡に使われているのは初見品で極めて貴重。近時西安郊外「宝鶏」墓出土。正倉院蔵「平螺鈿八角鏡」は螺鈿で描いた隙間に青金石・トルコ石が埋め込まれているのが知られる。
敦煌壁画の青色顔料はラピスラズリである事が最近知られた。
● 別角度画像 → 拡大 ● 別角度画像 → 拡大 裏面

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