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▼ DK-210 ▼ DK-211

金銀錯鋪首

鍍金帯金具
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 高さ 34cm
● 価格

古代中国の門扉や器物の引き手金具。環を咥えた正面形の鬼神の頭を象る。戦国時代に始まり、漢代に普及した。獣鐶ともいう。大きな目・動物の耳・額の上に突出する饕餮文と系統的に繋がる。饕餮が中に持った食物を邪霊から守ったのと同じように、門内や器物を保護する意味が込められ、門扉には獅子頭の形態に変化しつつ、清代に至るまで同形式が保たれている。怪異な獣は鬼神でもあり、その霊力で邪悪のものを退ける役を負ったもの。獣首の上に人面を飾り、人面の両側は二個の相対する蟠龍とし、複雑な捩りを施された一般の丸環と相違する変形環を伴なう。鬼面の眼は紅玉髄、人面の眼はオニックスを嵌め込み、全体をくまなく銀象嵌で装飾する。背面には凸状取付具が施されている。驚くべき極めて精美な作品。
近時天水郊外墓より出土。多数の戦国銅・玉製品が併出している。戦国〜漢時代の数ある銀錯器の中でも群を抜く精巧なつくりである。1968年河北省満城陵墓から類品小型品の出土が知られるが、これ程大型品の用途は恐らく宮殿の扉に取り付けられていたものであろう。鋪首の起源は楚文化圏内にあったと考えられる。環を吊り下げる部分は獣の吐舌部であり、意匠はその墓鎮に通じる。蝋型鋳造である。

参照 : DK-070
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 7cm×横 11,5cm(1ヶ)
● 価格 : \ 問い合わせ

絢爛たる光を放つバックル。薄板の打ち出しにより龍と虎をそれぞれ力強く表わしている。毛並みには鏨が鋭く入り、龍の目・体表・虎の眼・耳などには緑松石を、左右一ヶづつの大きな半球型赤瑪瑙を象嵌している。
龍金具の溝部には本来止め金具があり装着できるバックル状であったと他の遺品より知れる。後漢の官営工房では匈奴の趣味に合わせた動物意匠の金工品を製作し、贈ったりしていた。前漢の劉邦が匈奴にBC200年に惨敗して以降、武帝が反撃するまで漢は匈奴の属国として大量の貢物を献上し続けねばならぬ苦しい立場に追いやられた。
どんな経緯でシルクロードに渡り、どんな人物の腰を飾っていたのであろうか。 草原の強い光を浴び、目を射る華麗さは自慢の品であったであろう。北方の遊牧民は、漢民族に脅威を与えうる唯一の勢力であったゆえ熾烈な戦闘も重ねたが、文化的・人的な交流は他よりも濃密で、中国文化に洗練と熟成の為の豊かな糧を提供した。
近時フフホト近郊墓出土品。
● 別角度画像 → 後面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大

▼ DK-208 ▼ DK-209

銀鴛鴦宝相華文函

鍍金銀青銅竹節薫炉
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 10,5cm×横 7,5cm角
● 価格 : \ 問い合わせ

身・蓋の四辺と蓋上に宝相華文、その間の各面に鴛鴦(おしどり)の浮き出しを貼り付け鍍金をし、にぎやかに飾り立て、間は唐草文で線刻、華やかな仕立てが一層引き立てられている。
正面に錠が備わり、背面に設置された2個の蝶番で蓋を開閉する仕組み。本品は法門寺地宮で発見された八重宝函(舎利容器六函と舎利塔)の一組のうち、第二重・第三重の函と同形態であって、舎利容器函の一つと思われる。
唐代晩期(9C)密教の実態を示す貴重資料。銀製であって、素材・意匠とも贅が尽くされた豪華な仕様を見せている。 錠が備わり残ることも極めて貴重なもの。
仏舎利(釈迦の遺骨)への信仰は、中国でも仏教が伝来した最初期の段階から以降各時代にわたりその信仰が広まっていった。唐時代には特に皇帝自ら舎利を礼拝し、巨万に上る供養の品々をつけて再び寺院へ奉納すると言う大規模な行事も実施され、国家を上げて仏舎利への崇拝熱が高まった。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 43,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

竹節上の高足が付き、蓋は博山炉に似て頂上に鳳凰が止まる。全体に金銀鍍金を施す台座は圏足形に作り蟠龍3匹が透かし彫りされ、竹節形の柄は鳳凰3羽が透かし彫りでもって取り付けられている。炉の柄は五節に分かれる。
盤の口縁中部、台座の上半分には銀メッキの突帯が一周する。華麗で見事な作行きの香炉であり、相当な貴人の用具であったろう。1981年陝西省出土、陝西省茂陵博物館蔵出土品 高さ58cmの類品が紀年銘を伴なうことで知られる。銀鍍金博山炉の白眉、焼物とは違った銅器ならではの厳しい造型は魅力ある。
博山炉は漢代の香炉でも最も流行した形で、以降唐代まで続いた。六朝時代の博山炉盛行の様子は、仏前に彫刻された書例によって知ることができる。
近時洛陽郊外墓出土。
● 別角度画像 → 裏面底面内部参考本 ● 別角度画像 → 足部底面頂上部

▼ DK-206 ▼ DK-207

銀製狩猟文壷

玉具剣
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4,7cm×胴径 6,5cm
● 価格 : \

鋳銀製轆轤挽き上げ、被蓋造の薬壷型の小壷。身の胴廻りにはペルシャ風に鹿や猪と、それを狩る人物像等が毛彫の技法によって生き生きと描かれ、地は魚々子地を打って仕上げている。文様部に鍍金の同類品が東大寺大仏殿より出土し、造建に関わった由緒深い作品としてとりわけ有名であり、国宝に指定されている(多年に渡って土中に埋納されていたため鍍金の耀きが失われていない)。両品を比べてみると文様の細部に多少の差異がある。例えば本品の動物は5匹(鹿・猪・犬)騎馬する狩人は一名など。
本品も長く日本に伝世しており、すでに平成9年発行の美術史「史跡と美術」に紹介されている。唐時代か奈良時代か、すなわち中国製か日本製か明確にはできないが、何にしても極めて貴重な資料と言えよう。
恐らく同一人物によって製作された同類品の1個が国宝になり、他方は民間に流れ流れと言う美術品流転の面白さを感じさせ愉快である。近年館を閉じた大阪萬野美術館旧蔵品。
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 長さ 52cm
● 価格 : \ 問い合わせ

先端に付いた「剣首」、鍔の役目をする「剣格」に玉がはめ込まれた青銅直刀剣。「剣首」は一匹のち龍が円弧状立体的に彫刻され、「剣格」は片面に一匹のち龍を陽刻・片面には鬼面を線刻している。
刃部先端から中央部にかけて鱗文の錫メッキと言われる装飾が美しく衣装され、上方にかけては蝉文状模様が鋭く装飾されている。接近戦に多用された剣は、直接わが身に佩び、身を守るものであるだけに鋭利で強靭な名剣が求められ、それに関する逸話も多い。
春秋期には名剣とうたわれた欧治子や莫耶の剣を始め、呉越の製作技術が抜きん出、越王句践の剣や呉王光の剣が出土している。剣柄には糸を巻いて太くし、掌にしっかり納まるようにして使用した。身に佩びるには、漆塗のさやに入れ「剣衛」を通して腰に取り付けた。
● 別角度画像 → 後面底面拡大参考本 ● 別角度画像 → 裏側剣首拡大

▼ DK-204 ▼ DK-205

青銅斧

狩猟文方鏡
● 時代 : 周〜春秋時代
● サイズ : 高さ 19cm×横 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

刃部は楕円形で、細長い筒状の柄がつく。筒頂上部は象の顔と長く伸びた鼻が、下方は鳥の足を意匠とし刃に一体化している。中央部は円形穴を穿っている。刃は十分鋭利であり、儀杖・祭祀用で無く実用と分かり、1〜3cmの柄を差し込んで使用したものと思われる。中原には未だ見ない意匠であって、四川・雲南などの地域性特有の品と考えられる。斧と鉞は形の上では違いは無く、斧の大きいものを鉞と言い、切るというよりも、割り・叩ききる為のもの。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 11,3cm角×重量 320g
● 価格 : \

突起した円鈕の周囲は山・樹・花・草で埋められ、その間に4人の騎士が馬を馳せて獲物を追う姿が浮き出ている。騎士は投げ縄・弓・槍を持ち獲物は猪・獅子・兎。内区は一段下がり、外区との間にも鳥・草が鋳出され、全体細微で最高の抜けを示している。表面にうっすらと出る錆色が美しい。
長安の直ぐ近くには皇帝専用の広大な禁苑があり、狩猟場も設けられ狩猟・ポロが行われた。6代目皇帝・玄宗の治世下は「開元の治」と呼ばれ、華やかな盛唐文化が花咲き、豊かさが追求され金銀器・陶器が好まれ、多彩な文物が作られ今に残る。章懐太子墓の壁面には馬球(ポロ)に興じる貴族たちの遊戯のさまが生き生きと描かれ、栄耀栄華に満ちた当時の王侯貴族の生活を_偲べる。従来、古鏡の研究は中国よりも日本の学者が主導権を握っていた。中国では殷周銅器への関心が高く、鏡は日用の器具として余り重視されなかった。古代日本では中国鏡への趣向が強く、多量の鏡を輸入するだけでなく、自らも模作し権威の象徴として活用。更に平安時代以降は、中国の鏡つくりの衰退とは反対に日本独特の和鏡様式を生み出した。近年中国では陶磁同様、優品・新資料の出土が見られ楽しい分野である。

参照 : DK-094
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▼ DK-202 ▼ DK-203

鍍金鎮墓獣

鍍金青銅玉具剣
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

青銅の塊で造られ厚い鍍金が施される。背部背毛の両左右には緑松石の小円を埋め込み装飾としている。墓中に置く神像である鎮墓獣(き頭)は墓に悪い影響を及ぼす悪霊を押さえる魔除の為、春秋時代後期の楚墓から出土する虎形や、双頭ないし一頭の蛇形の長舌木彫神像、漢〜六朝墓から出土する土俑辟邪、唐墓から出土する本品のような人面獣身の三彩俑、き頭がある。三彩俑の獣面・人面との対での埋葬が普通であり、本品も獣面との対であったものであろうが銅製品は稀少。初見。唐代には特に鎮墓の俗信が盛んだった。
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 高さ 61cm
● 価格 : \

剣首はち龍を陽刻した丹孤状の玉を片面の衛から刃の中央にかけ19cm余、二匹のち龍を彫り出した玉製板をそれぞれ銅製剣本部に嵌め込んでいる。
全体を厚い鍍金で被い、目を射る華麗な直刀両刃剣。片面には二行8文字篆書が刻され、衛は両面鬼面の陰刻模様。これ程の玉具剣は皇帝から下賜された儀杖用途の品であろうか。剣身と茎は一回で鋳造している。春秋時代、呉王夫差の剣は10字の銘文で知られる。

参照 : DK-072
● 別角度画像 → 後・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 上部剣首篆書部
▼ DK-200 ▼ DK-201

玉琉璃象嵌帯鈎

高士宴楽図鍍金角方鏡
● 時代 : 戦国時代(BC4〜BC3世紀)
● サイズ : 長さ 17,5cm
● 価格 : \

帯鈎の体部の両端に龍頭が付く。帯鈎体部中央には三壁の玉が一列に嵌められ下端には真珠を、中央の壁2個には琉璃トンボ玉を嵌め込んでいる。帯鈎の表は中央に刻された相対する龍の手・足・爪と両端の龍頭の角で、三個の玉壁は止められている。先端の鈎部は壁と同様白玉で造られて体部は銅に厚い鍍金がなされる華麗な帯鈎。重量300g。
同形式類似品は北京歴史博物館蔵が知られる。古代琉璃史料としても貴重なもの。優れた造形と豪華さ、繊細な装飾をもつ戦国時代の工芸技術の粋を集めた作品といえる。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 横 14,5cm × 重量 620g
● 価格 : \ 問い合わせ

銀の薄板上高士宴楽図といえる図柄を打出し鍍金し、地はびっしりと魚子文で埋め、入隅形銅板に嵌め込んでいる。唐時代には春秋時代の琴の名手、伯牙の故事を表した伯牙弾琴図鏡がありこれもその一種。(奏する楽器が琴でない)高士が琵琶を弾き、相対して茶を飲みながら聞く高士。下方には童女が侍べり、鶴が舞い、上方には月・樹花の四囲に二羽瑞鳥が飛び、猫・水注・水盤が空間には花弁が配される。唐代文化の華やかさ、装飾性が宝飾背鏡の中でも際立つ美しさをみせる優品。
近時「宝鶏」近郊墓出土。
古美術の真髄を見抜く目。それを鑑賞する事の喜びを存分に教えてくれ、且つ中国美術開眼となる深い魅力を持つ逸品といえよう。
● 別角度画像 → 側面裏面拡大 ● 別角度画像 → 裏面拡大

▼ DK-198 ▼ DK-199

青銅鍍金辟邪鈕印章

鍍銀春宮 小鏡
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 6cm×印面 3,6cm角
● 価格 : \

咆哮する辟邪が四脚をしっかりと踏まえた鈕。鍍金の厚さは見事という他はない。辟邪・ち龍鈕は漢時代主として官印に使われた。
近時洛陽郊外墓より唐三彩馬・女俑金銀器等とともに出土。印面は 「 関内候印 」 で官印。全体に鉄錆

参照 : GK-074
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 径 5,7cm × 厚さ 0,5cm× 重さ 300g
● 価格 : \ 80,000

性交4態様を鋳出した懐中鏡。裏面は本来鍍銀が施されていた。唐・宋時代の春宮図鏡はまま見られるが漢代は初見資料。袖鏡とも呼ばれる懐中鏡であるので、どんな女性が持っていたのか想像するだけで微笑ましい。この時代まだ鏡を持てるのは相当の豪族である。
● 別角度画像 → 側面印面・印影 ● 別角度画像 → 裏面拡大

▼ DK-196 ▼ DK-197

銅鍍金銀耳杯

金銀トルコ石瑪瑙象嵌帯鈎
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 3cm×長さ 10,5cm
● 価格 : \

参照 : DK-069DK-161
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 17cm
● 価格 : \

ち龍親子が絡まる透かし意匠。表面は金銀の薄板。ち龍・龍首の目は黒瑪瑙を、親ち龍・龍首の頭上には緑松石を、4ヶ所には小円朱瑪瑙を象嵌する華麗な帯鈎。裏面フック部も金銀象嵌がなされ鈎裏に3文字刻銘が有る。これらを装着した際の陽光に照り映えるきらめきは、眼を射るものであり戦士の得意の様も想像される。動物文・闘争獣文といわれる動物意匠は北方オルドス文化圏からの影響で中原へと広がった。

参照 : DK-101DK-128
● 別角度画像 → 内側底部 ● 別角度画像 → 全体裏側拡大

▼ DK-194 ▼ DK-195

銅鑾鈴

青銅耳杯・染炉
● 時代 : 西周早期
● サイズ : 高さ 22cm
● 価格 : \

西周時代から漢時代にかけての戦車である二頭・四頭立て馬車において、馬と台車を繋げる横木を衡(衛)というが、その上に立て馬車が走ると共にガラガラ鳴る鈴。陶製の玉も残るのが嬉しい。馬車坑の発掘遺例から2ヶ〜8ヶ取り付けられていた事がわかり、相当な音を発して馬車は走行したとしれる。馬車の木工部は朽ちて金工部品・飾具が残り、古代金工芸術品として早くから鑑賞の対象とされてきた。実用された車馬具は、激しい動きに耐えるために緻密で堅固な地金が用いられており、その金味も又、今日愛玩される原因の一つとなっている。象嵌や鍍金等煌びやかに飾った作の一方で、本品のように実用本位の品もあり鑾鈴は造形の美しさにより愛好者の多いもの。通常見られる品より大型品であり抜けも良い。戦車には通常御者・射兵・戈兵の3人で乗っていた。趙の武霊王(BC325〜299)が北方民族の騎馬法と騎馬用服装を採用したのが騎馬のはじまりであり、それ以前に騎馬はなかった。当時は六芸「礼楽射御書数」のうち御は馬車を御す技であり、君子の教養とされたほど。

参考資料抜粋
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 11cm×横 18,5cm
● 価格 : \

透かし彫りされている四神とは中国古代において四方を表すと考えられる動物で北は玄武(蛇と亀の合体した形)東は青龍・南は朱雀・西は白虎である。この観念は漢代に成立し、一つの小宇宙を表す文様とて鏡の文様などにも盛んに用いられた。五行思想と関係があると考えられている。炉の中に炭が入っていたものも知られており、耳杯の中のものを暖めたり、炙ったりした。同種の器に「染炉」という銘文をもつものがあり「染」とは調味料のことと考えられている。
耳杯はDK-161と同手品。

参照 : DK-069DK-161
● 別角度画像 → 側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底部拡大分離

▼ DK-192 ▼ DK-193

辟邪鈕銅印章

銀鍍金双鳥瑞獣文盒
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 4cm×印面 2,2cm×2,5cm
● 価格 : \

前方を見据えて立ち上がる辟邪を鈕としている。辟邪の全身と台座の四囲には雲気文を銀象嵌している。印面の刻も深く鋭い。全体に緑錆が及び、銅色との対比が美しく古代金工品の持つ味わいを増している。
印面は「 獲軍印章 」で官印。漢印 は後代の人にとってこのうえなく豊かな宝の蔵であるばかりか最も魅惑的な挑発でもあり奥が深い。

参照 : DK-153
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 9,5cm×横 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

薄板銀を打ち出し、蛤型とした大型盒。女性の化粧用具等を数納めたのであろうかつてみない大型の盒であり合口の上下には花唐草を、片面には細かい魚子地に唐草と鳥と瑞獣を打ち出しで表し、いかにも唐らしい意匠としている。鳥と瑞獣の意匠は内面では相異しているが、鍍金を施すのは同様。唐代に銀工芸が隆盛を極めたのは食器や装身具だけでなく、小箱・化粧道具をはじめとする身辺の小物にも及んだ。金銀を尊ぶのは伝統的に遊牧民族であり、(漢民族はなにより玉を尊ぶ)古くはスキタイに始まる騎馬民族文化に連なる。したがって、金銀器が都に溢れた唐の時代は漢民族の歴史からみれば特異な時代といえよう。貴族層の豪奢で華やかな文化を示している。
宝鶏近郊 CS-034 と同墓よりの出土品。
● 別角度画像 → 後側印面印影 ● 別角度画像 → 平置き表裏拡大

▼ DK-190 ▼ DK-191

銀鍍金長頸瓶

銅獣面鍍金帯鈎
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 18cm
● 価格 : \

銀の薄板を叩き出し首・高台部と鑞付。胴面中央4ヵ所は開光式とし、葡萄唐草文の中に瑞獣を。地は葡萄唐草と鹿・鳥を打ち出し全体を微細な魚子紋で埋め、口縁・圏足縁・肩部の細巾線・中央4ヶの瑞獣には鍍金を施し、華麗な品としている浄瓶。王子形・玉子形とも称される瓶で仏教の供養具として用いられ普通は響銅製無紋の品が知られる。もとは飲料や手洗いのために水を入れる日常器であったものが仏教儀礼に取り入れられ、仏具として確立するに至ったもので南北朝時代から唐時代にかけての遺品である。法門寺地宮からは銀鍍金の作品が数々出土しており、最も華やかな見映えを表現する銀鍍金という技法でもって製作された小品ながら存在感ある荘厳な雰囲気を漂わす優品。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 13cm
● 価格 : \

鉤部をなす一獣をもう一頭が飲み込むように象られ、龍首の意匠とする。眼の部分は黒瑪瑙、額部には緑松石を象嵌、獣面部を鍍金する華麗な帯鈎。
このような帯鈎は高位の人の特別注文であって、装着した武人の得意の様が想像できる。騎馬に特別なズボンと上着からなる胡服には革帯が不可欠であって帯鈎はその胡服の革帯のバックル。裏の突起は革帯の一端の穴に挿入、鉤形の部分は腰を一周した帯の他端の穴に挿入して留める。古代中国金工品の魅力を堪能させる品。南京博物院に同意匠。純金製が知られる。
● 別角度画像 → 後側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大

▼ DK-188 ▼ DK-189

獣頭青銅刀子

鍍金銅飾金具
● 時代 : 商時代
● サイズ : 長さ 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

孤型状となり柄頭は馬首が形造られ、2ヶ所の透環が設けられ吊り下げる用途を成す刀子。握部は滑り止め用に格子状刻みを入れている。刃は長年の使用研跡がみられる。この型式の刀子は殷墟を初め商代と考えられる遺跡から出土したり、モンゴルでも発見され分布の広さを窺わせる。中国的というより、北方系に属する型式。他に羊頭も知られる。

参照 : DK-089DK-043DK-126DK-144
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 12,5cm×横 15,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鹿の悲鳴と狼の唸り声が聞えそうなほど、鹿の頭と尻に1頭づつの狼が、尾には蛇が噛み付く闘争文を薄銅板の打ち出しで表現している。それぞれの体表には微細な鑿でもって毛並みを刻している。動物闘争文はスキタイを始めとする北方遊牧文化特有なもので、漢時代四川省昆明を中心として栄えた填国に影響した。厚い鍍金が美しい輝きをみせる。薄く造られ裏には止め具・フックは無く、衣服・革帯等の飾具と考えられる。こうした動きの一瞬をとらえる技術の確かさが填国彫刻の特徴。蛇は大地の象徴と考えられている。前109年填国は漢に従属するために朝貢し、武帝から金印を授けられ「填王之印」が残る。(57年には後漢の光武帝が「漢委奴国王」印を授かっている。)青銅器の蝋型鋳造は春秋時代に応用されていたという論もあるが、このように自在な蝋の応用と造形は漢民族の文化にはなかったことで、南方あるいはインドなどの影響が考えられている。

参照 : DK-066
● 別角度画像 → 握部剣先 ● 別角度画像 → 裏面拡大

▼ DK-186 ▼ DK-187

青銅イ

鍍金香炉
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 最大径 12,5cm×最大高 4,5cm
● 価格 : \ 80,000

当時手を盥ぐことが礼式の中で必要な儀式であったが、この水を入れ盥ぐ器を「イ」という。その水を受ける盤・洗の近辺から出土する事が多い。戦国の後期から把手も足もない機能のみを追及した「イ」が主流となる。青銅の叩き出しで成形しており厚さは薄造り。
叩きだし法は鋳造に必要な大規模治鋳施設から小規模の鍛冶屋での生産を可能とした。8ヶがぴったりした入子状で残る事は稀少で、資料的にも貴重と言える。内面には赤色顔料が塗られていた痕跡がある。西周・春秋戦国時代の「イ」は3足・4足で饕餮文が施され漢時代になると足は無く素文となる。

参照 : CK-029
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋は三段に盛り上がり上段側面と中段の上面に花形などの透かしが設けられている。この透かしを通って炉の内部で焚かれた香の煙が漂う仕組み。炉は円筒状の身の周りに、獣面がかたどられた獣足(6本)が作り出され、それらの間には可動式の環をくわえた獣面が一つづつ鋲留めされている。この環によって、全体を吊り下げて使用する事も可能。響銅製であって鍍金が施され見映えがする美しさである。形態は唐時代の香炉の一典型であったと考えられるが、獣の造形には独特のものがある。同品の出土遺品により8世紀前半の作品と知れるが獣面・獣足の鋭い作りはその中でも一段と優れている。
この種の香炉は唐代を通じて銀や青銅でしばしば製作され、仏教儀礼ばかりでなく、上流階級の日常用具としても盛んに使用された。1987年陝西省法門寺出土の香炉、及び台のセットが著名であって唐文化の華麗な香りを醸す遺品である。錫を多く含む響銅製。獅子の頭と脚と手との組み合わせは中国では唐以前には ない着想。

参照 : DK-100
参照本 : 宮廷の栄華 唐の女帝・則天武后とその時代展
● 別角度画像 → 側面拡大底面 ● 別角度画像 → 内部拡大

▼ DK-184 ▼ DK-185

青銅短剣

銅手燭
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 29cm
● 価格 : \

握部はち龍の絡み合う蟠ち文の凹凸・縄目状となり握りが滑らないよう考えられている直刀。刃身には刃身の形に合わせ3mm巾程の銀象嵌がされている。北辺遊牧民のオルドス青銅期の品であり、中原の漢民族に影響を与えている。
当時、剣は和服に似た袷の着物を外側から巻いた帯に挟んで帯びた。北方の遊牧民は、漢民族に脅威を与える唯一の勢力であった。それゆえ熾烈な戦闘も重ねたが文化的人的な交流は他よりも濃密で、中国文化に洗練と熟成のための豊かな糧を提供した。

参照 : DK-089DK-043DK-112
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 3,5cm×横 15,5cm
● 価格 : \ 55,000

3ヶの獣足と、葉状の把手を供えた手燭。
柄の微妙なカーブ、指裏で押さえる葉部を3穴の透かしとするなど用と美を単純な造型の中にも考えた作品。蝋燭の発明までにはまだ数百年をまたねばならず、灯盤に獣脂を置き竹の細片を縛ったものや、獣毛を縒ったものを灯芯に燃やして明かりを得ている。
戦国時代に至って上層の人々に限られ、座右に置く灯火器の遺品があらわれた。

参照 : DK-006
● 別角度画像 → 握部剣先 ● 別角度画像 → 後面底面拡大

▼ DK-181 ▼ DK-183

双鳳双獣八稜鏡

銅鉞
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 19,5cm×厚さ 1cm×重量 1300g
● 価格 : \ 問い合わせ

伏獣鈕の回りに2羽の鳳凰と疾駆する一角獣と馬が描かれる。その間には可憐な花をつけた植物とこれに戯れる蝶が見える。一段高い外周には飛鳥と草花が4ケ所ずつ交互に描かれる。内区の文様と同じく鼻には蝶が舞い飛ぶが、2ヶ所は蝶が蜂に置き換えられている。外縁は円形でなく8ヶ所に稜角を設けその間が内側に刳り込まれて、全体が花弁のような形にしつらえられ、中の文様ともよくつりあいが取れている。文様的にも盛唐時代の鏡の文様は、思想性が影をひそめ、これに代わって人々の趣向を敏感に反映した、写実性・装飾性に富んだ図柄がもてはやされるようになる。
● 時代 : 商時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \

鉞は古代中国、特に商・西周時代を特徴づける特殊武器であって王権の象徴でもあった。奴隷王朝による特別な状況における、生贄や処刑に用いられる斬首用器物。斧を巨大化し、権力を誇示する武器といえる。本体中央部に大きな円孔があって体表が商時代特有の渦文で飾られた龍が透かされている。3ヶ所木ヒツに縛る為の穴が穿たれ、「内」と呼ばれる片面中央には文字が鋳されている。白銅製であって随分重量があり用に適っている。鉞は王が正義を執り行う道具と考えられており、諸侯が王から鉞を賜るのは刑罰を行う権が王から臣下に授けられたことを象徴的に示すものであった。この鉞が特殊なのは、巴蜀の兵器と何らかの関係があるのではないかと思われる。
殷墟、婦好墓から大形の鉞が2点発見されている。甲骨文や初期の金文において「王」の字はまさかりの形に書かれる。

参照 : DK-149
● 別角度画像 → 裏面拡大 ● 別角度画像 → 裏面拡大1拡大2

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