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▼ DK-179 ▼ DK-180

雁型銅薫炉

錯金銀象嵌虎鎮
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 13cm
● 価格 : \

漢時代、写実的造型の動物が陶磁をはじめ玉・銅でもって製作されている。天空を向き、佇む身近な雁を的確に巧みな技で捉えている。火舎は花枝模様で透かし、間から香がたゆとう。香炉や香木を焚くという風習は早く戦国時代には遺例もある。漢時代には青銅・陶製の博山炉が特に多い。中国では主に衣服に香を炊きこめるのに用いたと知られる。南北朝時代となると仏寺で盛んに使用され重要な調度品となり、柄香炉も出現し宗教儀礼に用いられた。鴨香炉といわれる同形式の品は明時代、銅・陶磁でも多く造られ日本では書院飾り具・茶道香炉として伝来している。香炉ではないが2001年、始皇帝陵の陪葬坑より原寸大の青銅の鶴や白鳥・雁などの水鳥が40以上発見され、昇天思想と関係があるのではと言われている。
● 時代 : 前漢時代 前期
● サイズ : 高さ 5,5cm
● 価格 : \

金・銀象嵌による装飾があますところなく施されている鎮。体表面には金と銀による波文と渦巻状に様式化された螺施文でもって薄板象嵌。頭上には赤瑪瑙を、眼は黒瑪瑙を象嵌している。掴み易い形状にまとめ、又席鎮としての用の為重量も必要であって肉厚である。本来は4点一組であったと考えられる。鋭い爪、ほってりと張った胴の様子が簡略の中に熊の生態をよく表現しており、漢代彫刻の力強い造形力を発揮している。緑青色と金、銀の煌きの対比が美しい。鉛をつめる必要ないほどに重量がある。
前漢時代初期には都城に隣接し、宮廷の動物園かつ狩猟地でもあった上林苑は、その規模を増し重要性も高まった。帝国のミニアチュールと考えられたこの園林は、皇帝とその廷人たちが当時知られていた様々な種類の動植物を観察し、それらについて学ぶことができた。又宮廷の娯楽のための狩猟と闘獣の舞台も提供した。このような場所での観察が写実的な彫刻を生む原動力となったのであろう。当時椅子はなく(椅子が一般化するのはやっと宋時代)床の上にマットを敷いて座った。このマットを「席」という。又主人と客との間は一丈(約2m)離すという作法が漢代の「礼記」に書かれており興味深い。日本では腰掛ける風習は明治の世になるまで普及しなかった。漢時代の宮廷や貴族の邸宅では各種の動物を飼育しており、虎・豹も飼っていたと文献に記録されている。

参照 : DK-102DK-080DK-079
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▼ DK-177 ▼ DK-178

錯金銀水滴

鍍金銅熊
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 9,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

上面は四葉文を陽刻、筒部は二段に割付けられ、間は交互に単葉を刻し鍍金。3足で支えられる。
上面真中に穴が穿たれ、貫通する孔の有る滴管が嵌まる。所謂スポイド式の水滴であり、筒中にためた水を滴管の頂部を指先で閉じ、吸い上げる形式で葉上にたまる雨露程の水が出る。当時竹筒や木筒に文字を書いた筆の軸は5mmに満たない細さで、小さな穂がつけられていた。文雅の道の道具立てとして、既に美しい文具が造られていたことに驚く。この滴管による吸上げ形態水滴は亀・熊の造形も知られる。漢代人の文具はいずれも楽しい工夫があちこちにあり、意外に細やかな漢人の一面、そしてこれらを愛玩した人の心がしのばれ心の平穏を求める中国人の文房清玩の知恵がある。
宋時代以降は文人の珍玩として戦国、漢時代の青銅や陶磁器の水滴が蒐集の対象とされたという。古き時代を思わせる幽情が土丈夫に好まれたということである。歴史のうねりを、自分の胸に受け止めることは、文物鑑賞の醍醐味と言ってよい。それを製作した工人の息吹が耳元に伝わってくれば、より豊かな精神の膨らみに胸を躍らせることができる。文人にとって古い文房四宝は古きを偲ぶよすがでもある。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 7cm
● 価格 : \ 250,000

咆哮し座り込んだ母熊の乳房に、小熊が吸い付いた愛らしく飄げた造形。鍍金が施され全身の毛並みが鏨で刻されている。
黄河流域で最も強い動物であった熊は漢時代に多くの器物の文様として、又立った姿が器物の脚として利用されている。内部は空洞になっているが砂、鉛等で埋め、鎮としたものと思われる。敷物や六博(古代のゲーム)の盤の四隅を押さえたりするのに使われた。漢代動物彫刻の魅力はこのような品に発揮されている。熊は漢代の12神獣のひとつで方相氏ともよばれ、妖怪を退け邪をよける働きがあると考えられた。

参照 : DK-028
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▼ DK-175 ▼ DK-176

純金蝶型盒

獣文封泥銅印
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 2,3cm×横 7,5cm×重量 90g
● 価格 : \

唐時代には香料・練り薬等を容れる盒が種々の形状(円形・方形・菱形・花形・貝形)で制作された。蝶型であって表裏共、同意匠。枠を取り中央には蜜蜂を大きく、周囲は細い唐草文を浮出し、空間には鎮珠という1mに満たない極小金粒を埋め込む最高峰の技術で製作されている。蓋・身の合口上下にも花紋を浮出し、空間は鎮珠で合口を始め全体の外周囲は縄目細線を貼付け一層豪華さを増している。又両蓋・身の内側中央にも表面同柄の蜜蜂を浮出しており、2枚の薄板を合わせて製作された大変手間のかかる仕事がなされている。銀製盒はまま見られるが、本品は鎮珠という特別高度の技法を施した製作により、相当の豪族、貴族夫人の持物としれる。唐草・鳥・蜜蜂等、海獣葡萄鏡にみれる如く、いかにも唐らしい華やかさ美しさを堪能させてくれる作品。24純金製。

本品は唐題前半期の秀作であるが、唐代後半には江南地方が唐王朝の経済基盤を支えるようになり、それと関連して銀器生産も江南が主流となっていった。
金銀器は唐代には宮廷や上流階級を中心にとりわけもてはやされ金・銀色の織り成す光輝く鮮やかな彩りや、異国趣味が反映された斬新な意匠は唐代文化の精髄が凝縮された器物といえ、唐人の豊潤かつ高雅な精神世界の様相を垣間見る事ができる。
近時洛陽近郊墓出土であって、同墓より唐三彩の優品も多数出土。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 1,5cm×印面 1,6cm角
● 価格 : \

印という物がいつ頃から作られ、使われたかということは未だ明らかにされていないが、遺品によって確認できるのは戦国時代以後のこと。印についての記述はすでに「春秋左氏伝」「呂氏春秋」中に璽としてみられ、任官した時に璽を受け、辞した時は返納し、その間の命令文書には全てこの印を押すこと正統性が保証される仕組みであった。今日のことばでいう印章は秦始皇帝の制によって皇帝の用いたものを璽と称し、その他は印と呼ぶようになったところから璽印と総称される。
これら古代の璽印は、紙が発明されるまでは、専ら封泥に印するために作られた物。肖形印であって騎馬戦士を表している。鼻鈕。文字とは違った味わいがある。

参照 : DK-162DK-083
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▼ DK-173 ▼ DK-174

青銅金銀瑪瑙象嵌華鈎

銅鍍金海獣文三足盒
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

兵士の特注品である斬新な意匠。台上には手足を伸ばした蛙を形成し、眼には赤瑪瑙を象嵌、胴・手足には金銀象嵌を、龍首も同様黒瑪瑙を象嵌した眼と金銀象嵌を施す。裏面、側面は薄板銀を貼っている。フック部も金銀象嵌、上部に「東官」の刻銘がある。珍奇な意匠でもって得意気な兵士の顔が浮かぶ。帯鈎は多種多様な造形から、収集家は多いが形式化した品が多く、珍奇華麗な意匠の品は少ない。胴部の銀象嵌に僅かな損傷があるものの全体の美は損ねない。

参照 : DK-128DK-008
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 4,5cm×径 7,5cm
● 価格 : \

肉厚の銅板を上面は1枚で、下面は2枚の貼り合せで構成している。蓋部は甲盛り形状の上部に海獣・鳥を葡萄唐草と共に打出し、地は魚々子文でびっしりと埋めている。底面は三羽の鳥が羽を広げ繋がった態様で打出され、頭部が三足となる造りとし、鏨で羽毛を刻している。器表を覆った細緻な文様、曲面を基調とした安定感ある形姿は、装飾性と機能性を兼ね備えた唐時代の器物に特有のものである。唐時代初期の特徴である整形法や鏨使いの高度な技量が示されている。文様にみられる躍動感には秀逸な出来映えをみせる。金や銀や銅を鍛造と溶接によって形作る技法は中国の金属工芸の伝統ではあまりみられなかったもので、唐代に盛んとなった。多くは西方起源の唐草文様や宝相華紋メダイヨンを配し、周囲に中国らしい花鳥紋などをあしらう繊細なデザインが多い。
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▼ DK-171 ▼ DK-172

鍍金双鳥耳杯

透彫花唐草文銀薫球
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5,5cm×横 20,5cm×幅 15,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

銅板を打ち出し、花唐草の間を相対して飛翔する瑞鳥を見込部に、両耳部は魚子文と鼻唐草、背面の胴部には飛翔する鳳凰を4羽花唐草・魚子文とともに鏨彫りしている。見込模様の打出し部・両耳・裏面の模様部は鍍金している。全体に発掘による酸化鉄錆で本来の耀きは幾分失せているが、制作時の華麗さは十分窺える。精緻な彫り、形姿の端正などが唐代工人の技術と造形感覚の表れといえ又、唐時代らしい温和な作風であり官営工房の製作品であろう。唐時代金工品には銀製が多く、銅製は彫金技術が一段と難しく稀少。
近時「天水」郊外墓より対で出土。大型唐三彩製品。金工品等多数出土した。人工百万の国際都市300年近い栄華を誇った長安を彷彿とさせる品。

参照 : DK-069CK-028
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 長さ 17cm×球径 5,5cm
● 価格 : \

銀薫球は香を容れる器で牛車や寝室に掛けて使用した。鎖が無く、褥の中に置くものもあった。「西京雑記」によれば前漢末、丁緩がすでに「臥褥香炉」を作ったとあるが、漢代文物のなかではいまだ実物は発見されていない。唐代に多く作られた球形。
外殻が二つに分かれ自在軸でつながれ鉤と留め金で開閉する。球の中心に香を焚く盂皿があり、二つの水平を保つ環で支えられ、重心の作用により香炉は常に水平を保ち、薫球がどんなに揺れても香火は消えない仕組み。外殻は花唐草の透かし彫りで飾られている。
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▼ DK-169 ▼ DK-170

玉嵌銅鏡

銅墨台
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 13,5cm×厚 0,5cm 重量 440g
● 価格 : \

中国古美術の楽しさはかつて発表され知られる品と同手品を購める楽しさにも増して、近年の新発掘で出土する新資料を入手できる喜びはとても嬉しいものである。裏面中央の鈕をはさんで左右に相対する鳳凰を、上下には駆ける瑞獣を肉厚の玉で形造り貼付している新資料。剪紙細工のような金銀板を切り抜き嵌め込んだ螺鈿鏡同様盛唐期の高級な鏡であって、皇族や貴族の生活をあでやかに彩っていた品といえる。
● 時代 : 清朝時代
● サイズ : 高さ 4,5cm×横 5cm
● 価格 : \

黄銅製の三人の唐子が手を繋いだ形状。中国では筆架。墨台で文房具の一つであるのが、日本に輸入され茶道具の蓋置に使用されることとなる。また「三つ人形」といわれるこのものは、日本で人気が高いことから日本製も少なくなく、青磁・京焼・薩摩などでも写されている。これは主に丸い墨のためのものといわれている。三つ人形は唐子の姿態・衣装などに色々とあり蓋置七種のなかにも組入れられ重宝されている。
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▼ DK-167 ▼ DK-168

銅鍍金舞馬銜杯文壷

青銅如来坐像
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 18cm
● 価格 : \

1970年陜西省西安市何家村の穴蔵から、金銀玉器など1000余点発見された。その中に、同形状、銀製の品があり、つとに知られる。草原の民族が馬上で使用する皮袋の壷に似て壷腹の両面に浅浮彫りの馬が表されている。馬には鍍金が施されており鬣を垂らし尾を上げ、首にリボンを結び口に杯を銜え前足は空を踏み、腰を落として舞を舞っているかのようである。
玄宋はかつて、官中に舞馬数百頭を飼育させ朝廷の大典や千秋節(皇帝の誕生日)のたびに舞馬を演じさせたといわれ、唐時代の宮廷における舞馬の姿を写実的に写し出したもの。全体を覆う錆味が美しい。軽量である。現代は目先の餌で釣って働かせ満足感と飢餓感を交互にちらつかせてゴミのものを買わせるばかり。誰も美しいものを作ってはいない不思議な時代だ。後世に残すに値するものは無いなと思わせてしまう。そんな事を考えさせる品物だ。北方遊牧文化の影響も認められるが繊細な中国人の神経が行き届いており、中国製であることは明らか。
● 時代 : 十六国時代(AD304〜439)
● サイズ : 高さ 8,5cm
● 価格 : \

いわゆる古式金銅仏の代表的な品で、我国では識者に好まれた。北魏の前の時代のもの。顔の形は円味を持った四角に近く、鏨使いはのびのびとして、眼・口も大振りにつくられる。眉稜の下・眼球・下目蓋の下をしっかりと彫刻した杏仁形の眼が左右に大きく広がり鮮鋭な彫りでなされている。唇の造作も同様。大衣が首をめぐって襟状となった部分の表現は浅い彫りになされるため首、胸の面と一つになって首懸けを付けたように見える。側面はわずかに前傾の姿勢をとる。頭部に光背止臍がある。本品の珍しいのは丸い光背が伴なっていることであり、遺品は極めて少ない。五胡時代の金銅仏の位置についてなお明確でない。ガンダーラ風の造像が4世紀初めにさえ溯ることは理解できるが、五胡時代の造像と太和期以前5世紀半ばとの関係は今後の研究資料を待つことが現在である。本来は鍍金が施されていた。
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▼ DK-165 ▼ DK-166

銅筆架

銅墨台
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 9cm
● 価格 : \

二人の唐子が一本の棒を引き合って遊んでいる造型。古銅の玩味が極めて味わい深い、いわゆる宣徳銅。初見の造型。机上のちょっとくだけた珍奇な文房具は楽しい世界を作り出してくれる調度品といえる。
古桐箱付、日本伝世品。

参照 : CB-043
● 時代 : 清時代
● サイズ : 高さ 4cm×横 6,7cm
● 価格 : \

黄銅のいわゆるモールで造られた墨床。台上中央は文房具を持つ人物を平板状で表し、他全体を細銅線モールでもって鼓形に形成している。中国の墨床を日本の茶方では蓋置として転用している。
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▼ DK-163 ▼ DK-164

銅虎子

銅香炉
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 20cm×横 33cm
● 価格 : \

陶器では古越磁に多種の形状がみられ六朝時代に多く、銅製は稀品。筒形の胴に虎頭と獣足をつけ、大きな口を開け威嚇する造型が極めて斬新で力強い。玉・陶磁等、漢時代動物彫刻の素晴らしさを遺憾なく発揮している。伝世品である事も珍しい(西安郊外農民より近時入手)。便器を虎子というのは「文昌雑録」に漢の李広が虎を射殺して虎のドクロを枕とし、また銅でその形を鋳造して便器にしたので。
陶磁虎子は、いずれも明器と考えられているが、本品は実用品であろう。陶磁の虎子はデフォルメされた品がほとんどであって、本品のような写実的である事も珍しい。眉・髭を始め、体表面・取手には線刻模様が施され尾を延ばして取手とするなど、造型成賞が際立って優れている。和泉市久保惣美術館蔵 六朝時代として同形状の響銅虎子のミニチュア明器が知られる。
メトロポリタン美術館には同形青磁の品が蔵される。
● 時代 : 19世紀
● サイズ : 高さ 11cm
● 価格 : \

3足は象鼻の形状。遊環が下がる双耳の象鼻で、胴は簡略化された鬼面が陽刻、蓋は獅子鈕。猥雑になりかねない意匠を、品良くまとめているのは流石。本来は仏器や聞香の器から転用された香炉は、茶席の雰囲気を崇高なものに引き上げてくれる役目をもつ。
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▼ DK-161 ▼ DK-162

青銅耳杯・染炉

銅肖形印
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 11cm×横 18,5cm
● 価格 : \

漢時代には「杯」と呼び後世「羽觴」と称した両側に羽翼のような把手をもつこの形の杯は、春秋・戦国時代にはじまり、六朝時代まで実用された代表的な飲食器であった。酒ばかりでなくスープ類や食物を盛り、調味料を容れたであろう事が考証されている。銀・灰陶・緑・禍釉・青磁・玉石を用いた遺品もあり、南はベトナム北部からも出土するから、極めて広汎な普及をしていたと知れる。杯を受ける器具は「染炉」といわれ、耳杯と染炉が組合されて出土した例や画像石中の描写から、これら2種の器具は木炭の火で耳杯に容れた調味料・スープ・酒の類をあたためるために使われたものと理解できる。染炉の筒状の立ち上がり部分にはいかにも前漢らしい四神が透かし彫りされているのが珍しい。(四神とは白虎・青龍・朱雀・玄武)四足は熊足である。耳杯は参照 DK-069 と同一品である。染炉・杯ともに鍍金銀であって、熊足・四神の作行きが一段と優れている。四神は五行思想に基づき、四方を守り、陰陽を順調にする神々であって、邪気を祓う力をもっと考えられた漢時代の主要な文様であった。染炉の把手はこのころの携行器具の通例に従って先端が平らに作られている。杯・炉が完備している例は稀であり貴重な遺品。又一般的に作り込みの荒い品がこの手は多く、本品は鍍金銀という高級品であるだけに作が精微であり芸術品にまで高めている。

参照 : DK-069
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2,3cm 、印面 1,4cm×1,5cm
● 価格 : \

駱駝鈕の肖形印。肖生印ともいう。鈕の駱駝は精微に造型されて瘤をうまく円環とし吊穴としている。印面は、犬であって深く刻され鮮明。駱駝鈕から北方諸民族の印章であろう。象形印は自ら愛好する動物や生まれ年の干支の動物を姓名印のかたわらに刻ったり、あるいは純粋に動物だけを簡略な筆意で表したりしており、多くの情趣と高度な美術性を表している。彫刻は生動感をもっており、当時の青銅鋳造工業の水準の高さを反映しており、文字とは違った味わいがあり収集家も多い。犬の画像は新石器時代に存在し、彩陶には犬紋が描かれている。漢代になると絵画。彫塑に見えるものは更に多い。

参照 : DK-083
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▼ DK-159 ▼ DK-160

五鈴銅釧

青銅菩薩坐像
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 9cm×厚さ 1,2cm
● 価格 : \

円輪上に5ケの鈴が付けられた釧(腕輪)。円輪上には縄文、鈴上には渦文が刻されており嬉しい事に、銅小塊が全てに残り、涼しげな音がする。
古代人の装飾品。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 11cm
● 価格 : \

恐らく元は六角の基台があり、支柱が嵌め込まれていたものと考えられる。裳を懸け垂らした像容は初唐からある形式であるが、頭に高花冠を戴くのは遼時代仏像の特色。裏面台上に柄穴が残るので、光背も有ったものであろう。近年の将来であり遼青銅仏の変遷を知る上で新しい資料といえる。遼(AD916〜1125)と共に雲南省の大理国(7世紀半ばから薬250年間続いた)は唐に朝貢するとともに仏教文化を導入し、独自の青銅仏像を残した事が知られ、仏教美術も注目されている。遼の領土は蒙古・満州の広い地域から中国の一部にまで及んでいたので国民の構成は複雑であり、かれらの生活様式も遊牧農耕さまざまであった。
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▼ DK-157 ▼ DK-158

青銅鍍金七連仏

弩機
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 16cm×横 15,5cm
● 価格 : \

陏・唐時代には仏教の普及と信仰の深化とともに教義が多様化し、六朝時代にはなかった新しい形式の像がたくさん作られた。七連仏もその一つ。これは仏典にいうところの過去七仏、釈迦牟尼仏とそれ以前に現れた六仏を表した造像。通称枝仏というが、仏像自体写実性に欠ける品が多い中、本品は仏像の顔・表情も明確に彫刻されている。四脚座の刳りは蓮弁形で陏〜唐時代の特徴。台上には「大乗天廣済物悟天」と周囲を花唐草で印刻している。厚い鍍金が美しい。同手品(天寶元年742年)銘が出土しており、同年代の作品。
近時「天水」近郊墓出土


参照 : DK-022
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \

弓を発射する装置の事を「機」といい、弦を引っ掛けたり放したりする機構には加工が容易な青銅が使われた。望山(照準)懸刀(引き金)牙(弦をかける部分)鍵(軸止め)等6ケの部分で組立てられている。三国時代には強力な弩が用いられ始め秦、始皇帝軍においては重要な遠距離発射兵器であった。
弦を人力で引く弓は弩と比較して威力は劣ったが、次の矢を発射する間隔は弩に比べはるかに短い利点があって、すたれることなく近代まで使われ続けた。しかし弓の有効射程は最大100m程度で、命中させる為には高度な技術が要求される難点があった。高く突出た部品は照準器の役目をしている。漢代の土偶で楼閣上の四方に弩を構えた警護の兵士が表されている事も多い。弩に渡される弓は合板の強弓であり、張力は一般のもので180Kgもあり、射程距離はゆうに200mを越え、飛行距離となると更に遠い優れものであった。

参照 : DK-119DK-120
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▼ DK-155 ▼ DK-156

青銅亀鈕印章

銅鍍金狩人帯鈎
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 21,5cm 印面 2,5cm×2,3cm
● 価格 : \

頭を突き出した形の亀鈕であって、眼・甲の側・上面台上の四足に鏨が鋭く刻まれている。印面は「厦揚将軍章」の将軍印。
将軍印は漢の官印の中で、別の風格を具えるものである。将軍印は往々にして行軍中急に必要に迫られて、直接刀で印面に刻って作られる。そのため天趣に富み、変わっており、いわゆる「急就章」というのはこの種類の印を指す。今日では印を刻するに当たって大概漢印の風格を手本とするが、それは漢印の篆文は銅を溶かして鋳造されており、筆画がことに平明重厚でありしかも雄渾であることによる。まさに深い力強い彫り込みによる魅力溢れる印面はそれを証明している。中国人は亀に対して端祥として崇敬の念を持っている。官史は左遷されたり、又死亡した時には官印を返上させられた為、死者は一般に複製の印を作って殉葬した。殉葬印の材は実用印と同様銅・玉・木・石などがあった。

参照 : DK-084
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 横 27,5cm
● 価格 : \

匈奴はたえず移動する遊牧民であり、フェルト製のテントに住んだため調度品はあまり持たず、装飾品は専ら身につけるものに限られた。
動物闘争文と呼ばれるスキタイ系の勇壮な意匠を好んで用い、狩人が虎に襲われて倒れた様を写実的に表しており、基本的形状は漢時代よりからあるもの。部分的に鍍金をしており、陽を浴びて光耀く様は戦士の得意気を彷彿とさせる。このような動物をあしらうことは西方のスキタイ文化にもよくみられるもので、遊牧民の交流の広さを窺わせ遡ればイランのペルセポリスの遺跡には牡牛の腰に噛み付く獅子の図が多く見られる。(「アニマルスタイル」と総称される)
● 別角度画像 → 後側印面 ● 別角度画像 → 後側拡大

▼ DK-153 ▼ DK-154

青銅亀鈕印章

銅獅子鈕印
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 21,5cm 印面 2,5cm×2,3cm
● 価格 : \

亀甲は突き出し、首を伸ばししっかりと踏張る四脚に爪の鏨が入る。大振りな亀鈕。甲と台座の四囲に、雲気文が銀象嵌され、印面の刻も鋭く魅力的な印としている。印面は「コウ徳候相」で官印。
● 時代 : 清朝時代
● サイズ : 高さ 3cm 印面 1,7cm
● 価格 : \ 25,000

獅子鈕が鍍金にみえるが黄銅製。
印面は「 菫震欧章」
● 別角度画像 → 後側印面 ● 別角度画像 → 後側印面

▼ DK-151 ▼ DK-152

鍍金錯銀銅堤梁壷

銅印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 21,5cm
● 価格 : \

酒を温めるために用いられた器。鎖つきの提梁は炉から宴席への持ち運びなどのためのもので、杓を添えて使われていた。銅に鍍銀、部分的に鍍金という豪華な装飾が美しい。身の方は大きく二段に三本の突帯で分割し、それぞれ二段に龍文・魚を刻し、鍍金をし、地の鍍銀と対比させ一層の華やかさを表している。肩部には鍍金された鋪首に嵌められた提梁が取り付けられている。一般的に三足付きの銅製はまま見られるが、鍍金銀は初見。極めて薄造りで軽量。提梁の両端は蛇頭。華麗さを際立たせる鍍金銀の見事さを遺憾なく発揮した佳品といえるし、魚が模様に描かれることによって、やさしく暖味ある品にしているのが魅力。

参照 : DK-069DK-097
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 6,5cm 印面 4,5cm×1cm
● 価格 : \

握手横に吊輪が付く、稀少な戦国印章。朱文であって鋳印。官印であって文字は構図も自然でごたごたせず、しかものびのびとしてへんに拘束されたところがない。戦国の古陶器上に捺してある印形と極めて類似しているので恐らく陶磁の官府の手工業で、陶器上に捺すのに使用する為の印として作られたと現在は考えられている。伝世品であり、賞玩に足る銅味。

印面は、「外司塵印」。
● 別角度画像 → 側面底面拡大 ● 別角度画像 → 印面

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