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DK-089 DK-090

青銅馬首短剣

銅戟
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 31cm
● 価格 : \

かなり写実的な馬首が吊環を供なった握先端に造型。握部は戦国時代特有の縄目文が細かく施され、滑らない実用的な面も考慮されている。
刃身には刃身の形に合わせ3mm程巾の銀象嵌がされる。オルドス青銅器であって戦国から前漢時代初期に至る遺品に優れた品が多い。遊牧民の青銅期文化は中原の漢民族に影響を及ぼしたと考えられる。造型に美術的品格が漂う逸品。
青銅の出現は農工具よりもまず先走って武器の大量生産につながり、技術の進歩に結びついた事はどこの国の歴史においても同様。

参照 DK-043
● 時代 : 西漢時代
● サイズ : 長さ 35cm× 高さ 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

戈の柄の先端に槍形の矛を取付けた形。本品のような形の武器を戟と呼んでいる。戈よりも長い柄をつけて使用。西周時代に始まり、戦国・西漢時代には主要兵器であった。
3m余の柄に取付け、敵の頭ないし頚に打ち込み、手前に引いて倒すのが基本的用法であって西漢中頃から鉄製武器の普及に伴ない姿を消した。円弧上の鋭い抉りが2ヶ所に形成され、全面全てが両刃造りで相当な殺傷武器であったと知れる。紐通し穴も4箇所。武器の持つ美しい造型が魅力。

青銅製武器によって戦争の仕方が一変し、族集団間に支配と被支配を生む最大の要因になったことであろう。
● 別角度画像 → 握部 刃身部 ● 別角度画像 → 拡大

DK-086 DK-088

銅柄杓

鍍金亀型硯
● 時代 : 商時代後期
● サイズ : 長さ 18,5cm× 高さ 4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

酒を掬うますといわれる。
柄はます部に向けて扇平に広がり板状の前方部には長方孔が。板上には怯える子羊と口を開けてよだれを滴らせる虎。
握先端は羊頭が形成されている。ますは円形で平底。類品は1977年陜西省墓よりの出土品が知られる。赤みがかった銅は伝世品であって愛らしい古代金工品といえる。
オルドス、さらに西方の動物意匠とも深くつながった遺物。動物のモチーフで器を装飾するのは北方の草原文化の特色。
● 時代 : 西漢時代
● サイズ : 長さ 11,5cm× 高さ 4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

硯の起源は筆と墨があった殷周時代に遡り、墨丸を砕いて水に溶かし墨汁を作るための研墨石であった。最古の例は秦墓出土の石硯で、前漢墓からは粘板岩の長方形の石板を石に嵌めこんだ硯磨墨具が発見されている。今までこの形状の硯は灰陶・石製も知られ、寸法もほぼこの大きさが多い。銅製は稀見。
眼・口・足爪・亀甲文は鋭く鏨彫りされ厚く鍍金されている為緑錆との対比が美しく、又的確に捉える写実彫刻は漢代動物作品の特徴であって魅力有る古代金工品としている。 亀型硯は唐時代までほぼ同形状で造られており、知られる上海博物館蔵の亀型陶硯は唐時代とされている。
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DK-084 DK-085

鍍金亀鈕印章

銅鹿鈕印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 径 2cm×1,9cm角
● 価格 : \

金のメッキが施され、印鈕は生き生きとした亀の立体彫刻。亀の甲は後部に低く亀甲が陽刻され、幅も広く四本の脚を広げ、印章を支える。
首を伸ばし、前方へ進もうとしているように見える。中国人は亀に対して、瑞祥として崇敬の念を持っている。
東晋以前の銅印は紙ではなく、「封泥」に用いられており、封緘の証明とした。陰文で4文字。
普通中国で外臣に与える印は北方諸民族の場合は駱駝鈕、南方の場合は蛇鈕であった。乾隆帝の銅印コレクション「金かい留珍」(台北・故宮博物院蔵)は戦国から明代までの印璽1291点が納められており興味深い。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 印面 1,3cm×高さ 2,5cm
● 価格 : \

漢代には印制が確立し、書体は小篆や繆篆で官位に応じて印材・鈕・綬が定められた。普通の官印は青銅鋳印で官吏の身分を証するものとして与えられ、退官する時に返上した。官吏はこれを佩帯し、文書や交易の物品に鈕をかけ封泥で封をした上に押印した。鹿鈕は極めて珍しく、北方民族の印章と思われる。印面の抜けは極めて良好。茶色部は鉄分の食付き。
前漢の中央政府が少数民族・美族にさずけた羊鈕の官印が知られるように、少数民族の首領は「漢の印綬をおぶ」という有様であった。
● 別角度画像 → 印面 ● 別角度画像 → 裏側 印面

DK-082 DK-083

貼銀鍍金海獣鳥文鏡

青銅象形印章
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 5,5cm×厚さ 0,8cm×重さ100g
● 価格 : \ 問い合わせ

寸鏡といわれる小型鏡。鍍金された薄板上に、姿態の異なる四羽の鳥、間には3ヶの花と瑞雲、紐は伏せた海獣、空間は驚く程緻密な魚子文が装飾されている。
小型鏡は懐中鏡ともいわれ、貴族・女性の持ち物であり、絢爛豪華な盛唐時代の遺品といえる。
寸鏡は少なく、かっては市価も非常に高いものであった。


参照 : DK-054
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 横 3,3cm×高さ 2,5cm
● 価格 : \

文字史料としての印章は戦国時代になって始まる。領域国家が出来上がり、中央と地方を官僚統治する必要から文書行政が整備された結果。竹簡や木簡や平たい木札に字を書いて蓋をしたり袋詰めした後、ひもで封をして粘土を押し付け、その粘土に印章を押して封印する。官印と私印とがあり、私印には吉祥句や人物・獣などを象った図象が文字のかわりをしたものがあり象形印という。簡略な中に本質を捉えた描写が愛される因となり、コレクターも多い。
丸菱形の印面は龍と思われる図形が刻され、円紐。漢代以降に比べ戦国印は小さな品が多い中、本品は大きい。商・周の銅器及び秦・漢の画像を研究する上で大いに参考となるのが象形印であって、昭和60年発行された「中国古代の肖形印」が唯一の参考書。
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DK-080 DK-081

金銀錯銅鎮子

鍍金銀製化粧箱
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 7,5cm×高さ 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

今日のように椅子に腰掛け、脚を床に垂らす坐り方は、南北朝時代(420〜589)以後次第に流行するようになったが、以前は坐臥の道具は主に席(むしろ)牀(細長く低い寝台)であった。席は坐ることも寝ることもでき、形状は現在のござに似ている。漢代の画像摶には宴会図が多く見られ、全員膝をつけ席に坐っている。このような席の押さえ具、かなり大ぶりで重量も有る造型は、円形台座上に虎がとぐろを巻く形。金銀の線薄板があちこちに象嵌され、裏底は重量を増す為の鉛が詰められている。
漢時代の力強い造形力を発揮した遺例といえる。古来この形態のものは袖鎮、袖押さえ、墓鎮と呼ばれてきた。
漢代の遺物の持つ古き時代を思わせる幽情が好まれ、日本には特に漢代銅器の小品が多く招来され大切に伝えられている。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 横 9,5cm×高さ 8cm
● 価格 : \

「れん」といわれる八陵形の銀製盒子。
上面は双鳳凰が蓋の肩側面にも鳥が8羽、花唐草の間を乱舞する。 厚く打出され、鍍金がされている。身部との合わせ両端には唐草文が刻され、鍍金・全ての地は魚子が打たれる。身下方帯には花の印刻が施される。

箱の中には白粉を入れる銀製小盒子や小壷などの化粧具が収められているのが普通の女性用化粧用具箱。揆形に裾広がりの高台部にも花文が刻され、鍍金がされている。華やかな貴族文化を彷彿とさせる遺品。この八陵形盒子は宋から元にかける漆製大盒子に引き継がれる。
● 別角度画像 → 裏側左右拡大底面上面 ● 別角度画像 → 開箱 底面

DK-078 DK-079

銀貼海獣葡萄方鏡

金銀錯銅鎮子
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 一辺 8,9cm×重量 390g
● 価格 : \

海獣葡萄文を打ち出した銀板をはめ込んで製作されている。文様構成は基本的には円鏡と同一。内区には伏獣鈕のまわりを4頭のヘイゲイと蔓がめぐり派生した葡萄の実と葉が界圏沿いに並ぶ。

外区には小鳥・蜻蛉・蝶が描かれる。かつて方鏡は極めて遺品は少なく円鏡に比べ高価な品であった。白銅質で重量がある。海獣葡萄鏡は日本にも伝わり法隆寺五重塔の心礎出土の例は法隆寺再建論の有力な証拠となった。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 横 7,5cm×高さ 5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

古代の人達は敷物を用いて地面に坐る習慣があった。「鎮」とは「押さえる」ことであって、他物を押さえるものを鎮と呼ぶ。
鎮はもともと席の隅を押さえるものであった為、4個が一組となる。席鎮は漢代に流行し、形は基本的には半球体に近く、多くが動物の形。虎・豹・鹿・熊・亀などである。動物はとぐろを巻く形に作られるのが普通で、鎮の重量を増加させる為、内部に鉛を詰めたりする。「嵌金」で見事に虎全体で装飾した技法は、漢代青銅技術の煌きといえる。 明代には漢代の品を得ることが難しい為倣製され、書斎の机上に置き、はるかな上代の風情を偲び清賞した。後世の人達は、銅鎮が席鎮であったという元来の用途を知らず、紙・書物を押さえる鎮紙書鎮になったわけである。目のみ銀象嵌。
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DK-076 DK-077

青銅銀貼四虎紋鏡

青銅桂樹月兎文八陵鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 厚さ 1,3cm×径 18,3cm×重量 800g
● 価格 : \ 問い合わせ

雷文を刻む四虎を銀板上厚肉に打ち出し、三弦鈕を囲む円座が幅の広い素文の環状帯の間に嵌め込んである。極めて稀少の鏡。
戦国前後に二重体鏡と呼ばれる鏡は知られたが、銀貼鏡が知られたのは近年の発掘遺品出土によって。鏡面は姿身としての映りをよくするために錫分の多い白銀色の青銅地金を用いたとみられる。四虎の立体的打ち出しの厚みによって鋳造には無い荘重重厚感が、魅惑的な品としている。

参照 DK-058
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 1cm ×径 12cm×重量 350g
● 価格 : \ 問い合わせ

戦国時代以来千年以上続いた鈕を中心にして同心円状に構成する鏡の文様が、8世紀半ばを境にして、鏡背をひとつの画面にみたてた絵模様に変わっていく。通称月兎図といわれる鏡。
月中で薬臼をつく兎。五百尺の高さを持つ桂樹、げいの夫人で西王母から賜けられた仙薬を夫から盗みとり月に逃れる嫦娥など、月にまつわる神話をまとめて一図としたもの。
樹下にうずくまるのは、月を食べて生きるがまがえる。側面が段をつけて造られていのは珍しく力強い魅力ある鏡としている。鋳上がりも良い佳品。円鏡はまま見られるが八陵鏡は稀少で上手品。
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DK-074 DK-075

青銅四獣文鏡

葵弁花雲龍紋銅鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 19,5cm×重量 700g
● 価格 : \ 問い合わせ

戦国時代の鋳銅器の装飾は細密な文様を印状に彫刻し、これを繰り返し圧印するか、圧印したものを貼りあわせて型づくりされているが、細文地鏡と通称される戦国〜前漢初期の鏡もこれと同様の文様表現がなされた。王文の4頭の獣は熊といわれている。
文様部分は鋳肌をそのままにしてあるが、縁と鈕座のヒ面部分は丁寧に研磨されており、このような作法は以後の造鏡にたえず受け続けられた。かつては破片を接合した同手品が和泉市久保惣美術館蔵で著名であった程稀少品。美しい白銅製は珍品。中国南部にあった楚の国で作られた可能性が高い。

参照 DK-052
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 0,8cm ×径 19cm×重量 980g
● 価格 : \ 問い合わせ

葵花弁形の鏡。丸い鈕、龍文様は鱗まで明確に豊満な曲線が際立っており、重厚で繊細。龍紋は唐王朝以後、銅鏡に多く見られることとなる。
龍首は鈕に向かって大きく口を開き、あたかも珠を含もうとしているかの如くである。外区には雀と飛雲がただよう。正倉院御物をはじめ類品はあるが本鏡はとくに鋳上がりが良く、白銅質も錫分が多く、特別美しい輝きと成している。
八花形、八稜形の鏡は、円形、方形の海獣葡萄文鏡の次に流行した形式でこの種の八花鏡は8世紀前半に、成立したといわれる。玄宗皇帝が盤龍文の鏡を珍重したことが文献に記されており、白居易もその輝きを称えている。
類鏡には外区に「千秋」の銘を持つ例が多く認められ玄宗皇帝の誕生日(千秋節)に四品以上の臣下に下賜した鏡は龍鏡であった事が知られており、まさしくこの形式の鏡に相当する。
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DK-072
DK-073

青銅玉具剣

海獣葡萄鏡
● 時代 : 戦国〜漢時代
● サイズ : 長さ 58cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中国の戦法は古来馬車戦であり、戈や戟を操り戦うものであった。しかし北方の匈奴など遊牧騎馬民族との接触は騎馬戦法をもたらし、接近戦に際して剣が普及する。直接わが身に及び、身を守るものであるだけに、鋭利で強靭な名剣が誉められ、それに関する逸話も多い。
一般的な剣は握柄部は青銅で糸を巻いて太くし、掌にしっかり納まるようにしたが、本品は青玉で造られた上手品であり稀品。剣首には千龍を剣鐔には千龍を深く陽刻、片面は獣面を陰刻する。玉の飾りのある剣は「玉具剣」と称され剣の華麗さと高貴さを際立たせ美しい玉具剣を身につけることは地位の高さを表すものであった。
漢代の皇帝は、功績のあった大臣や外国の使節によく玉具宝剣を下賜している事が記録にも残されており、本品もそのような品であったろう。銅刀部は全体錆。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚さ 1,8cm ×径 18cm×重量 1500g
● 価格 : \

葡萄唐草文はギリシャ・ローマなどの西方から伝来した文様であるが、その上に中国風のへいげいや飛禽・蝶・蜻蛉などを配したもので、唐代以降愛好された。鈕は円鈕で縁に沿って朶雲文を並べている。全体に瑞鳥・瑞獣と大きな粒の葡萄・繁茂する枝葉が表される。

葡萄は西アジアあるいは中央アジアが原産で内陸交通路を通じて中国に伝わった。唐時代には葡萄文が愛好されたが、多産、子孫繁栄の象徴と考えられた事と関係している。外区には瑞鳥瑞獣を、内区には瑞獣を葡萄・唐草模様が極めて明瞭に表現されており鋳上がりは鮮明かつ良好。大型銃の持つ迫力・重厚感がある。
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DK-070 DK-071

青銅鍍金鋪首

盤龍文蓋付銅硯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 8cm × 横 9cm
● 価格 : \

門扉の引手。門鐶をくわえた形の座金の獣首の事を鋪首という。漢代建築の門扉は両開きにつくられたが二枚の扉にそれぞれ鋪首がつけられていた事が、画像石に刻されたこれと同様の図によって知られる。ただ獣頭形の座金と鐶は門扉だけでなく、漆製・青銅製の鐘や壷・太鼓・棺木郭などあらゆるところに応用されており、これなども扉に限らず大形の木漆器に付けられてた可能性もある。鋳成後、鏨で彫刻・整形し、厚く鍍金を施してある。器物の鐶に獣面の座金を貼り付ける形式は、戦国時代に始まり、六朝時代初期まで続くが、始めは饕餮の前面をとらえたといえる。前漢後手の作と、頭頂のハート形の突起、毛の表現でわかる。
● 時代 : 宋時代
● サイズ : 高さ 7,5cm × 口径 13,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ 

硯身と蓋の部分からなる。
硯蓋は円形で上面に5匹の龍を透かし彫り、中央のつまみ部分には五銖銭の文様を刻む。側面の文様は蓋部硯身部と相違した蛇文様。4足は態足(4足は珍しい)。硯面は平滑。
本品と蓋部が同型状の3足石製硯が知られるが銅製は初出資料。
● 別角度画像 → 裏側 ● 別角度画像 → 上部 底面

DK-067 DK-069

鍍金神亀形銅盒硯

鍍金銀耳杯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5cm × 縦横 15cm
● 価格 : \

双角を持つ怪獣の蓋物。銅体の部分的に平金象嵌と線銀象嵌が成される。
著名な同形状の鍍金トルコ石象嵌、江蘇省武威出土品も硯とされている。戦国時代において車馬具、装身具等に新しい技法、象嵌と鍍金が成され秀でた工芸品が残される事となる。漢時代、硯は銅製では亀形が多い。頭部は殷周以来の伝統的な見る者を威圧する獣面を採用し、全身に精気が漲っている。

参照本 :
中華人民共和国 南京博物院名宝展
中国・美の十字路展
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3cm × 長さ 10,5cm
● 価格 : \

古代中国の飲食用容器。戦国時代に始まり六朝ー唐時代に使用された。漆器が多く、玉器もある。
本品は銅に鍍銀。口縁部・口台部縁胴部に十文字形の帯状部を設けた部分は鍍金する。そして四枠の中に大きく相対する魚を鏨彫している初見の珍品。
全体に錆が美しく点在する。大型は汁物を小型は酒杯として用いられたといわれ、羽ショウともいう。漢墓からは耳杯のほかに、底面がスノコ状になって下に承盤を備えた器具「染炉」が出土しており、木炭の火で耳杯に入れた調味料、酒類を暖めたと理解できる。
● 別角度画像 → 内部 底面 ● 別角度画像 → 内側 底面

DK-065 DK-066

鍍金蛇鈕印

青銅鍍金飾金具
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2cm × 縦横 2,4cm
● 価格 : \

漢印は57年に後漢の光武帝が日本の奴国王に与えた金印「漢委奴国王」が有名であり、奴国が後漢に外交使節を送ったとき、漢への臣従のしるしとして下賜されたものと知られる。
金属の種類(金・銀・銅)や鈕の動物によってランク分けされて下賜された。「漢委奴国王」印も蛇鈕であり、蛇鈕は雲南の填国にも下賜された「填王之印」金印が知られ、日本と雲南の填国が同レベルの国と漢から評価されていたことがわかり又、日本が南方の国であると誤解されていたといわれる。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 8cm × 横 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鋭い爪を食い込ませ、上と下から猪に襲いかかる虎のポーズが実に力強く、猪の悲鳴と虎の唸り声が聞こえてきそうな程ダイナミックな表現となっている。こうした動物闘争文は、スキタイを始めとする北方遊牧文化特有なものであるが、本品と類型式金具が雲南省博物館に蔵されている事が知られる。

左の虎には蛇が噛み付いている。肉厚で重量があり鍍金も厚く、鏨も鋭く刻まれており、古代金工品の魅力を存分に発揆する品。
● 別角度画像 → 裏面 底面 ● 別角度画像 → 裏側

DK-063 DK-064

羚羊形飾金具

銅蛙飾矛
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \

羚羊は頭をあげて立ち、両眼は前方を見、遠くを望む様をしている。
双角は斜め後ろに伸び、四足は内側にすぼみ、臀部はやや下にさげ駆け出そうとする様子。羚羊の胴体は中空。四足は方形の鏨の上に立つ。「オルドス青銅器文化」は匈奴文化の代表的一部分でありユーラシアの草原文化に影響を与えた。

本品は竿頭の飾りといわれるが棺台の四隅柱や車馬具と共にも発見される。山羊・鳥の造型も知られる。北方の遊牧民は、漢民族に脅威を与えうる唯一の勢力であった為、熾烈な戦闘も重ねたが文化的・人的交流は他よりも濃密で、中国文化に洗練と熟成の為の豊かな糧を提供した。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 18cm
● 価格 : \

中原とは異なる辺緑地区の武器は多様な形態が見られ、近年の発掘新資料も増し楽しい分野といえる。矛は胸・腹を突く武器。青蛙の弯曲した前後の脚、跳びはねる状況をうまく造形化した斬新、特異なデザイン力は驚異。
昆明の雲南省博物館に近年全く同手品が発表され雲南・四川を中心とする地域の品と理解された。(戦国〜西漢時代に「填」という国があった)蛙の全身を渦文で埋め尽くす事から実用器というより宗教儀杖用武器の可能性もある特異な造型。
填国は漢に従属するために朝貢し、武帝から金印を授けられている。彼らは北方遊牧民と同じように騎馬戦闘を行っており、北方的、スキタイ風の動物闘争文の武具、装飾品が見つかっている。蛙が万歳をしている文様はアンダソン彩陶壷にも表されており古代中国の人々は蛙を月と同様不死と蘇りの力を持つ生物と考えた。蛙の冬眠の習性が月と結びついたと考えられる。殷墟からは装身具の骨製蛙も出土されている。
● 別角度画像 → 裏面 底面 ● 別角度画像 → 裏側 底面

DK-061 DK-062

饕餮紋方鼎

銅闘獣文戈
● 時代 : 西周時代
● サイズ : 横 20cm × 奥行 13cm× 高さ 22cm
● 価格 : \

大きな獣面文を前後左右面に配し、四脚にも獣文。文様は器に比して大きく立派である。
銘文は内平面に18文字余刻されるが錆によって数文字は判読不可。銘文は祭祀の対象である祖先の名であったり、氏族を標示する文字や記号であったり、主人の戦功や賞賜の経過を記してあったりして重要な史料的価値を持ち、金石学という学問の一分野となっている。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 12cm × 高さ 6cm
● 価格 : \ 280,000

戈が固定された長さの長いものは4mを数え、短い戈は1,5m程であった。怪鳥に怪獣が襲いかかる動物意匠。刃も立てず小型の為、明器か儀杖用。戈は通常、刃部にL型の漆塗りの鞘を被せて保管されていた。

戦国の世に生きる戦士らしく男性の埋葬された墓蔽からは、戈、予、剣などの武器が発見されるのが常態。戈は首を薙ぐ武器であって、歩兵の標準装備。

参照 :DK-027
● 別角度画像 → 正面 底面 内側 ● 別角度画像 → 裏側

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