白磁 Page8Page7Page6Page5Page4Page3|Page2|Page1
CW-039 CW-040

青白磁鳳凰唐草文鉢

白磁水注
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 6,5cm×径 21,2cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
花唐草文の間三羽の鳳凰が長く尾を棚引き飛翔する図柄を器内面一杯に、驚くほど精緻細密に片切彫りで表現している。見込中央の鏡はねじり模様で全体を締めている。天目形に鋭く広がった造形はまことに厳しい。青味を帯びる透明釉が光沢豊かに映え、極上の美作である。高台内は露胎で鉄輪が大きく残る最も優れた青白磁を焼いた湖田窯の作品。
近時景徳鎮近郊墓出土。

景徳鎮はカオリン粘土や陶石などの磁器原料、燃料の松材、水運の便に恵まれ、唐末・五代から窯業が芽生え、そして宋の景徳元年(1004)に宋王朝から鎮(小商業都市)名に景徳の名を与えられた。以来世界的な磁器の都となって現代に続いている。模様表現は驚異的な技術の高さを見せており、青白磁の高い評価を知らしめる絶品。この先には染付・釉裏紅の素晴らしい元代景徳鎮へと繋がる。
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 11cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
元代に入っても景徳鎮では青白磁の焼造は続いているが、他に枢府手と呼ばれる失透性の白釉のかかった白磁も作られた。胴面の前後には花唐草文をくわえ羽撃く鳥を下方にも唐草文がビーズ状に、型押しで貼付けられ模様としている。形状は桃型であって、高台に貫通する穴が開けられ、内部中央に向かって突起状となり、水中へずぶづけによって内部に水を注入する仕組みの構造であり、取手・注口の下辺で二段に分けて形成される複雑な造り。枢府窯は「枢府」の文字の無い、同種の白磁の遺品は、海外に盛んに輸出されており、本品もインドネシア古墓出土品。先年、韓国の新安沖で見つかった沈没船は元の至治3年(1323)に沈没したが、青磁とともに元州の青白磁や枢府タイプの白磁が積み込まれていた。中国では釉調から「卵白釉磁」と呼んでいる。染付が創始される直前につくられたといえる。康煕年代景徳鎮で布教活動したダントルコール師の「中国陶磁見聞録」は当時の景徳鎮の様子をまざまざと伝える。一読の価値ある書であって「夜ともなればあたかも全市火に包まれた一巨邑を観るごとく、又多くの風孔ある一大炉を観るごとき感あり」と述べており、当時50万人の人が焼物の仕事のみで暮らしていたというから、景徳鎮の繁栄ぶりが想像つく。実におつな形であって意匠の素晴らしい事、文化の高い民族でなければ出来ない一つの夢を示している。

参照 : CW-014CW-034
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CW-037 CW-038

白磁合子

白磁長頸瓶
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 2,5cm×径 7cm
● 価格 : \

定窯。
蓋は幾分甲盛り形であって、段差をつけて縁を取っている。上面一杯に蓮花を刻花する。蓋裏と身の内面にも釉薬を掛ける。茶方でいう藤実形の平香合。唐白磁でも同形状の合子は造られ、白磁は貴族など上層階級の人々の間で珍重された。しかし、定窯のような薄作の精緻さはない。合口を合わすために、青白磁では上下に切り込みを入れたり、安南染付では染付で○印をつけたりしているが、本品は、定窯合子類品同様円形鋲形を付けている。
我国茶方では香合の見所は合口の立ち上がりが手強く、しっかりとまっすぐ上方に立っている事が大切としているが本品も同様。アイボリー・ホワイトといわれる定窯独特の釉肌が気品ある。冬の雪を思わせる色であるから初釜などの慶事の香合にふさわしかろう。定窯の合子は類例が少なく、愛すべき佳品である。品格から言って本来は印池か香合か、薬味入れかであろう。形状は溯って、唐三彩、白磁にも見られる。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 17,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

ケイ州窯。
唐代随一の白磁窯は河北のケイ州窯で、それがまた唐の最大の磁窯でもあった。唐代に広く知られ当時すでに定まった評価を得ていた。窯址は長く不明のままであって幻の名窯であったが1980年発見された。そして焼造期間は北朝から五代に至る事、五期に分けた変遷をとらえられる事が明らかにされた。
銅製の瓶を模した形であり、卵形の胴に細長く伸びた頸がつく。全体に見事な曲線美を示し、肌はしっとりとして美しい。白磁長頸瓶は隋・初唐に始まり、盛唐にかけて作られた。碗に多い玉壁高台・美しい曲線・滑らかな釉薬肌は隋代の固い感じが無くなって、いかにも唐白磁らしい洗練された姿となっている。もともと白地は華北において貴族の間で用いられたが、安禄山の乱以後は一般化し、大量生産、精・租の作品が普及、海外にも盛んに輸出された。白磁の長頸瓶にも2種類あって、一つは卵型をした細長い胴のもの(本品)、もう一つは球形に近い丸い胴をもつものとがある。初唐から盛唐にかけて本品のような最も美しい形のものが焼かれた。ケイ州窯と明確に特定できる良品が近時出土するのは新発掘の賜で、陸羽が「茶経」で雪に例えたケイ州窯の優品美品の遺品は稀少貴重なものであり、世界の収集家が渇望したもの。
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CW-035 CW-036

青白磁貼花碗

青白磁印花六陵蓋瓶
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 4cm×口径 14cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
12陵の菊型とし、花弁を一本線の片切彫りで表現している。見込部には刻花でなく貼花で双魚を表わす類品を見ない新出資料。碗全体が青味を帯び、中央部は特に透明釉が影青という美しい発色をしている。精粗さまざまの作品を造った景徳鎮の窯の中でも最良品を造った湖田窯の品。日にかざすと胎が透けて見える。影青碗には高台内土見せに墨書きの残る品がまま知られるが本品の文字は鉄釉での焼付であり、所有者の名前か。青白磁の碗・鉢・盤類では高台内を円筒状の道具で支えて一点ずつ匣鉢にいれて焼成した。
夏茶碗として適寸法であって緑茶とのコントラストが美しいと思われる。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

景徳鎮窯。
六面形とした梅瓶形瓶。肩部、胴部に突起陵線を施す複雑な形状。それぞれの枠内面・蓋には花文を手慣れた片切彫り刻花で表現する。陵線があることによりあちこちに透明釉が溜まり、影青という美しい発色としており一層この瓶を気品ある物としている。少しの破綻もなく、これ程の造型を薄く鋭く焼成するには景徳鎮の上質カオリン粘土、陶工の技術が必要であった。速度のある仕事振りで仕上げられており、それによって軽やかさ、明るさを感じさせるところが、民窯の影青のよさといえよう。丁寧な作りの印象深い壷。景徳鎮の原材料の質は宋時代のものと変わらず、昔から綿々と使用されてきてもまだ尽きる事は無いといわれ、豊富な景徳鎮の材料には驚かされる。南昌近郊墓より対で出土。蓋を伴なうのが嬉しい。
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CW-033 CW-034

白磁蓮池水禽文盤

白磁龍文碗
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 2cm×口径 21,5cm
● 価格 : \

定窯。
やや黄味を帯びた象牙のような質感の白磁を主に生産していたが、碗や盤の類を大量に生産するために伏せて窯づめする伏せ焼き法を取り入れている。鐔縁に作ったこの盤は銀器の形成に倣ったもの。蓮花文・牡丹唐草文は多いが、最も好まれる鴛鴦が大きく描かれる蓮池水禽の稀少図柄。蓮は花が咲くと同時に実をつける性質から早く子供が生まれることを寓意し、また蓮と蓮根と連れ合いの音通によって良縁を祝し、子孫繁栄を願う意味があり、また蓮は泥の中に太い蓮根を張って増え、次々に花や葉が生い茂ることから「本固枝栄」すなわち、もとがしっかりしていれば枝葉も栄えることの喩えともされる。
手慣れた調子で彫られた文様が定窯の見所の一つである。外壁に見られる涙痕と呼ばれる釉だまり、表裏面に見られる黒点など、定窯の特徴が良く表わされた優品である。現在どの国でも一つの器は一つの匣鉢の中に入れて窯詰めされるが、北宋時代にはトチンに器の縁を乗せ重ね、器と器は五ミリと離れていない程の今日想像もつかない進んだ技術で窯詰めしており、今の技術では一つしか入れられないスペースに七つ八つ入れて焼くという驚異の窯詰方法であった。
清楚な美の最高を行くものであり、このように無造作に的確に刀を振る手腕というのは一生分業で、何千・何万となく同じ文様を繰り返して刻していたからできた秘芸といえよう。銅覆輪は後世の被せ。
香港著名収蔵家旧蔵品。

参照 : CW-018CW-017CW-022CW-027
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 7,7cm×口径 17,2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

景徳鎮窯。
青白磁の焼成技術を基礎に景徳鎮が創り上げた新たな白磁。その中に「枢府」の文字を型押ししたものがあるため、この卵白釉碗を一般に「枢府窯」器を呼んでいる。元朝政府機関の一つ、枢密院のために焼かれた磁器である(枢密院の略称が枢府)。

枢府様式の白磁の釉色はそれまでの青白磁より白く、卵殻色ともいえるような卵白色となった。もっとも全てに銘があるわけではなく、「枢府」銘のほか「太禧」「福禄」「寿」「福」などの銘をつけたものも知られる。失透性の美しい白釉に雲龍をくっきりと、側壁に相対して「枢府」の字が型押しされている。

当時これを摸造する者があったが、貢進の器は千のうち十、百のうち一を選んだものなので、ついに民窯の及ぶところでなかったと「景徳鎮陶録」に書かれている。潤いの有るしっとりとした白磁が枢府窯磁の魅力である。
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CW-031 CW-032

白磁瓜形貼花文水注

青白磁羊香炉
● 時代 : 北宋時代 11世紀中頃
● サイズ : 高さ 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

定窯。
下膨れの胴を六区にわって瓜形につくり、前後に把手をわたしてある。把手は三本の紐が束ねられた形になっており、前方で三つに分かれてそれぞれ花文様のメダリオンと繋がっている。
釉薬が流れた涙痕があちこちに見られる。祖形は金属器であって、この形式の水注の出土例は遼の領域に見られる。
石炭を使用した定窯はクリーム色に色を変え、末の薪を用いた景徳鎮窯は青白色に。ともに白磁ではあるが、温和な定窯白磁と清冽な景徳鎮窯の青白磁とに作風が分かれ、北宋時代にあって南北に対峙したそのモデルはいずれも銀器にあり、そのシャープで軽快な表現は両窯の規範を作っていた。鋭さにおいて勝る景徳鎮窯と潤いにおいて勝る定窯白磁といえるであろう。ともに量産化が進み11世紀後半から12世紀にかけてはだんだんと粗製乱造に傾いていくこととなる。

参照 : CC-102
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 13cm×横 21cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
脚を折り曲げて伏す羊の背中に透かしでもって花唐草文の敷布が掛けられ、円形の穴が背中央に開けられている。恐らく香炉として使用された品と思われる。あるいは、落とし状の蓋が本来伴なっていたかもしれない。
羊はめでたい意味を持っており、古鏡の銘文などでは祥の代わりに用いられたり、銅器の銘文でも例がある。又、羊の発音は陽と同じであって、ここからも良い意味が付与されていた。造形的なものでは羊形の陶器、灯火器では銅器でも漢代に多々造られている。
また墓門や部屋の入口の上に羊の頭が描かれたり、置かれたりしているのは、辟邪の意味もあったと考えられる。湿潤による白濁風化は全体に及んでいるがいわゆる影青であって、あちこちに釉溜まりとなった薄青釉が貴品有る確かな造形と相俟って品格を漂わしている。
景徳鎮の代表窯である湖田窯の作品で、深山に潜む湖の澄みきった湖水の色に喩えられ「湖田窯の湖水青」と賞賛された優品を生産した。
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CW-029 CW-030

影青牡丹文百合口瓶

白磁浄瓶
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \ 問い合わせ

景徳鎮窯。
胴部は牡丹文をゆったりと鋭い刻で首部は剣先文を施す。
百合口は深 く捻り反しており、揆型のしっかりした高台・裾絞りの胴とのバランスが美しい造型としている。百合の花形に輪花と成す造作は北宋時代の青磁碗に流行するが 、この時代各窯に広く流行した。日本では海住山寺蔵の蓮唐子文瓶が知られる。

景徳鎮は良質のカオリンが豊富で土で出来た素地がわずかに1mm程の品が北宋期には造られている。しかし南宋となると、過剰な税金を課せられ透き通った美しさは見る影もなくなっていく。

参照 : CW-007
● 時代 : 晩唐時代
● サイズ : 高さ 18cm
● 価格 : \ 問い合わせ

ケイ州窯。
軍持(ケンディー)と呼ばれる銅製の仏器を写したもの。陸羽の「茶経」はケイ州窯白磁についてよく引用される著作であるが、ここでは茶を飲むのに適した茶碗として当時台頭してきた越州窯との比較から「ケイ瓷」を「銀」や「雪」に例えて記している。

唐代にはケイ州窯の白磁が広く知られていたにもかかわらずその窯址の所在は長く不明で幻の名窯であった。1980年の窯址発見は画期的な成果といわれた。蛇の目高台であることにより晩唐の作品と思われる。 名窯といわれるだけあって、失透明釉白磁はしっとりして極めて美しい。

定窯が河北省の曲陽県に白磁の窯を築いたのはちょうどこの頃でありこの時期を境に白磁の生産はケイ州窯から定窯へと移る事となる。浄瓶は盛唐以降の品が多く以後は北宋前期定窯でも作られた。素地も特別に白い精品である。
荊ケイ州窯蛇の目高台の碗は輸出陶磁として晩唐から五代にかけて世界各地に運ばれている。唐代の工芸品、とりわけ陶磁器には西アジアの影響を受けた形状のものが少なくないが、本品もそのひとつ。
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CW-027 CW-028

白磁刻花蓮池水魚文皿

白磁双龍耳瓶
● 時代 : 北宋時代後期
● サイズ : 高さ 2cm×径11,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

定窯。
皿の見込一杯に刻花によって蓮池水魚文が表されている。刻花の技法は極めて優れており繊細で流麗な刻花文様としている。魚は特別鋭い片切彫りでもって生き生きと表現され、皿の内面はまさに一幅の絵画の雰囲気がある。
晩唐時代から始まった定窯は宋時代に最高峰となり、北宋晩期には伏せ焼きの焼成技法が開発され、焼成時の窯詰の数量を増やす事が出来る事となった。しかし口縁部に釉がかからないので金・銀・銅などの金属で覆輪がなされた(本品も最近の銅覆輪)。
釉調、色合いはしっとりとした象牙色であって珠玉の中国陶磁といえよう。 定窯は北宋末、金軍の侵入により廃絶したと言われるが、金・元代の遺品もある。
● 時代 : 唐時代初
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \

口の左右を龍が噛む形の龍耳壷は六朝時代の末から唐時代にかけて流行した器形 。ギリシャのアンフォラと呼ぶ器形に似た双耳壷で耳の形が龍で中国的である。卵形の胴体は底部に向かって引き締まり、下を少し余して上質白色の胎土の上に透明な釉をかけている。
二匹の龍が両側から口縁を噛んだものが肩部と口縁につながって取っ手となる。胴中央部にパルメット文の貼花があるのが珍しく上手品。全体造形が小品勿ら、引き締まり、心地よい優美さを漂わす。

龍耳瓶は盛唐時代の三彩の例も数多いが、本例は初唐期の典型的な作品(東京国立博物館領蔵。重要文化財、三彩貼花双龍耳瓶は余りにも有名)。
北方の白磁窯で焼かれたものと推測されている唐代の陶器は「南青北白」といわれ、北の白磁と南の青磁に代表される(宝相華文は唐代に流行した一種の理想花)。唐時代の陶磁器には西アジ アの影響が強いものが多く見られるが、この作品の型抜き貼付文にもそうした西アジアの雰囲気が認められる。
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CW-025 CW-026

青白磁牡丹唐草文梅瓶

白磁人物俑
● 時代 : 北宋〜南宋時代
● サイズ : 高さ 30cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
青味を含んだ白磁が青白磁であり、およそ北宋の西暦1000年頃に景徳鎮窯がつくり出し、以後南宋・元時代に華南一帯の窯の基本の白磁となった。梅瓶とは口が小さく、丈の長い瓶の事で宋時代に登場する新製器種。
素地が純白で成形はまことに流麗、口造りは鋭く端厳、その均衡も美しく、あちこちに青味を帯びる透明釉が更に緊迫感をそそっている。釉下には手慣れた箆使いで牡丹唐草文を器面一杯に刻んでいる。極上の美作である。青味の強い光沢豊かな釉の美しさ、特に櫛目で器面にびっしりと刻まれた唐草文の溝に厚くたまって一層青味を増し釉に陰影があたえられ気品は一層高くなった。
梅瓶とは清朝の呼称で当時からこう呼ばれていたわけではない。白磁梅瓶は鎌倉時代盛んに舶載され、特に鎌倉を中心とする東国の武士達の間で珍重された。白磁の出来ない日本では瀬戸において鉄釉・灰釉の模倣梅瓶が作られる事となる。
高台内釉がかかる湖田窯作品であって最上級の青白磁を焼成した窯として知られる。梅瓶といわれる瓶は、もともと酒を入れる酒器であったものが、元時代の頃からは花器にも用いられるようになったという。
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 10cm
● 価格 : \

薄板上に、それぞれ3人が遊戯する3態様の俑。

明時代に漢王朝が復活すると、風俗・制度・宗教などを表現する現実的生活俑が多く当時を知る貴重な資料であ り、微笑ましく楽しい。
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CW-023 CW-024

印花魚文碗

影青獅子紐水注
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 4cm × 径 10,5cm
● 価格 : \

定窯。
内側壁上には雷文を巡らし内面一杯に魚3匹と蓮、いわゆる蓮池水魚図を印花装飾した嬉しい図柄。
見込部は意識的に小円を刻し、蓮花を刻花。全面の型押しが見事に成され、刻花に存色が無い。高台は極めて小さく、素直な碗形状の魅力を増している。
伏せ焼きの為、口縁部は露胎、薄象牙色。ゆったりとした造型と図柄の為、覆輪を被せない方が魅力を増すと思われる。黒ごま、涙痕も有。
蓮池水禽、水魚図柄は最も好まれる図柄であって、市価も高い。汝窯・官窯・哥窯・鈞窯とともに定窯は宋の五大名窯と明代より呼ばれる。
北の定窯、南の景徳鎮と、北宋時代にあって両者は南北に対峙していた。鋭さにおいて勝るのは景徳鎮窯で合ったし、潤いにおいて勝るのが定窯白磁というべきであろう。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 18cm × 径 17,5cm
● 価格 : \

景徳鎮窯。
球体の胴部に龍の貼付けによる取手、水注部に火焔が貼付けられている。
蓋は僅かな落としが有って、寝そべる獅子を紐としている。
胴中央部に前後共一羽の鸚鵡が大きく毛彫りされている(鳥がものをくわえる、いわゆる昨鳥)。鳥文の毛彫りはメトロポリタン美術館蔵越州窯「鸚鵡文毛彫土瓶」、デヴィッドコレクション「双鳳文毛彫鉢が知られる。初見の造型資料であって、近年景徳鎮郊外墓より対で出土。水注は胴の長い形が多いが、時には丸っこい胴のものも作られており、青白磁では唯一の重要文化財。「青白磁刻花文瓜形水注」が知られる。
このような美しい酒壷で酒を飲み、食後にはすがすがしい香りが鼻を打つ熱いお茶をすするのは、この世の無上の喜びというもので宋の徴宋が描いた「文会図」でも水注を使った宴会の様子がうかがわれる。
広い中国では、いつ・どこで・何が発見・発掘されるかはまったくわからない状況であって、古美術愛好家には嬉しい。
香港著名収蔵家旧蔵品。
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CW-021 CW-022

青白磁獅子鈕蓋水注

白磁刻花魚文皿
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 27cm × 横 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

景徳鎮窯。
影青の魅力を発散する大型の獅子鈕蓋付きの水注。肩の張った上面は大きく蓮弁を刻し(二重蓮弁)胴部は僅かに凹形とし二本線が刻される。類品を見ない形状。高台内も薄く釉がかけられる。
一段と手が込んだ作行きは魅力的。蓮弁文を器体に刻す技法は定窯の水注、壷に多く成される。
CW-012とは随分印象が相違する。北宋は燃料革命の時代であり石炭が用いられた事も良質の磁器が多く造られた原因である。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 1,6cm × 径 11,3cm
● 価格 : \

定窯。
平滑で口縁は僅かに輪花としている。内面一杯節目による波紋。逆らって波間を勢い良く泳ぐ双魚は片切彫りで生き生きとしている。高台は釉が縮れ、釉色は象牙色でねっとりとした釉肌が美しい。
定窯の窯は、河北省曲陽県で唐末から五代にかけて節度使の駐屯地として栄え、定窯の始まりもその頃とされ、宋代には、華北における陶磁生産の中心地となった。石炭を用いた定窯と松の薪を用いた景徳鎮窯と、北宋の南北に相対する白磁の美しさはそれぞれの美しさである。
定窯は石炭という強い火力の燃料を背景に伏せ焼きと型押しによる技術で大量生産の体制を築き上げていった。
牙白色は中国人が親しんできた玉の色に通じるもので、人々に好感をもって受け入れられた。
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