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CC-166 CC-167

青磁稜花六弁瓶

青磁刻花文長頸瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
口縁は六弁とし、さらに稜を18とした瓜形瓶。粉青色。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

耀州窯。
球状に膨らんだ胴部は七宝繋ぎ文、長頸部には弁文を片切彫りで持って表現している。牡丹花唐草文は見慣れるが、斬新な幾何学的模様は少ない。流麗な彫法・釉の濃淡・細微な気泡も一層魅力を増している。北宋後期の作のため、窯の陶技はすっかり洗練されたものとなり、小気味の良いリズム感が有る。
● 別角度画像 → 裏側底面拡大 ● 別角度画像 → 胴部底面頸部

CC-164 CC-165

青磁鯱耳瓶

青磁貼花龍文大盤
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 24cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
鐔口・砧形の瓶。頸に二枚型で抜いた鯱耳が着く。鱗・眼・口など形抜きは明瞭で精緻で鋭い。全体にマット状の極めて美しい粉晴色が流れ、方々幕釉となり濃淡が魅了する形としている(鯱耳の一ヶ下方、胴裾の釉溜まり)。日本で鯱と呼び摩羯と呼ばれ、唐代の銀器の刻文などに時々見られるもの。全体きびきびした端正な器形であって、砧青磁といわれる明るく落着き有り、潤いの有る味わいを見せる優品であり、茶方花器寸法として適でもある。
素地は灰白色磁質胎。近時開封近郊墓出土品。
鯱耳花生といえば、静嘉堂美術館所蔵。胴にひびが有り、これをカスガイでとめてある品。ひびきの有るこの花生を形容して利休が砧と名付け、砧青磁の語源と言われている。

参照 : CC-121CC-078
● 時代 : 元時代
● サイズ : 径 39,5cm
● 価格 : \

龍泉窯。
元時代後半になると器は総体に大きくなり、いわゆる大作主義が隆盛し始める。この動きを的確に捉え、龍泉窯も対応して天龍寺青磁を作り上げるが、宋代以来の砧青磁の作風と天龍寺青磁の作風とが融合したような製品も作られた。見込み中央に躍動する龍が貼り付けられ、縁をきっかりと折って、いわゆる鍔状の縁とし形が大きいだけに龍の姿が雄々しく浮かび上がる。龍の周囲を大柄な唐草があっさりと彫り巡らされて背景をつくり、両者の硬軟の対比も巧妙。釉色が砧青磁とも天龍寺青磁とも決めかねるのも、この種の青磁盤の特色。釉肌の風化がなく、美しい艶を保つ。
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CC-162 CC-163

青磁蓮弁文碗

青磁牡丹文梅瓶
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×口径 7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
幅の広い二重蓮弁文を彫り出している。器壁は薄く・軽く、造型は精緻。釉調は粉青色で美しく、圏足は細く作りも丁寧で灰色。茶具として造られた酒盃寸法が嬉しい。龍泉窯が南宋官窯にならって独特の澄明な砧青磁を焼き始めるのは、12世紀頃からであり、元々官窯青磁は文様を器の表面にあらわすことを好まなかった。そこで砧青磁もおのずと無文が基本態となったが、控えめには文様は施されている。蓮弁文様はその代表的な文様の一つ。

参照 : CC-119CC-076
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 30cm
● 価格 : \

龍泉窯。
青緑色の釉色が美しい。肩は蓮弁文、胴には貼花で牡丹文。下部には縞文をあしらう文様構成の梅瓶。肉厚で堅牢な作りは元時代の迫力を表す。宋時代細長くすっきりした造型の梅瓶は、元・明時代にはふっくらとした張りの有る造型へと変化した。口が小さく、低く、器裾にかけての反りが強く魅力有る姿をしている。
梅瓶と玉春壷は宋時代に始まった最も中国陶磁を代表する形状といえよう。高台畳付は赤褐色に発色している。インドネシア某寺院伝来品。

参照 : CC-075
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CC-160 CC-161

青磁鎬文碗

青磁蛙形水盂
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 8,5cm×口径 12,2cm
● 価格 : \

龍泉窯。
鎬文を削り出し、陰刻線で蓮弁の形が施される。淡い青緑色の釉色が二重貫入の美しさを一層引き立てる官窯龍泉といわれるもの。大振りでゆったりと形成、極めて薄造りで軽く、圏足も高くないベタ底で露胎する畳付部分は黒褐色を呈している。内外面に生じた二重貫入の黒線と白線の絶妙な風合いは眼を射るし、内面の美しさは至高の宝石の如き蒼穹の色であり、見飽きない。碧玉のような幽邃な趣をもって釉面に無限の変化を与えており、官窯と何ら遜色はない。名品といえよう。
口縁は青磁釉とせず、釉を掛け生地の茶褐色とし青釉と褐釉とでまとめたものとしている。南宋官窯は宋室が南に移って官窯を設ける時、素地・釉薬は龍泉から運ばせ、工人も龍泉から特に優れた者達を呼び寄せたといわれ、龍泉窯と官窯の製品が酷似するのは当然であろう。元々青磁は文様を器の表面に表すことを好まず、自ずと無文が基本態となったが、控え目には施され蓮弁文様はその代表的な文様。近時浙江省龍泉県金村の窟蔵出土品。対で出土。
小山富士夫の名著「宋磁」は宋時代の古陶磁を総称した言葉であるが、宋時代は青磁と白磁と黒釉磁が究極的に完成した時代で、優れた作品が生産された。12世紀以来優れた眼を持った先人達により、優品が我国に請来。20世紀に入ってからは特に美しい宋磁が流入。宋磁は中国陶磁鑑賞の中心的な存在となったわけである。
青磁は自然採光の室内で見た時ほど釉の質や色調が美しいのは翡翠と同様であって、玉や翡翠を目指して青磁が作られた事が理解できる。雨上がりの空の青さ、それも雲が破れるように晴れ始めた空の青さという「雨過天晴」をまさに創造した工人の技は見事という他ない。日本では岡部嶺男を代表とする陶芸作家の目指した青磁がまさにこれであろう。
● 時代 : 三国時代
● サイズ : 高さ 4,5cm
● 価格 : \ 130,000

越州窯。
扁平な壷形の器に蛙形の装飾を施し、中央に短い円筒形の口をつけたもの。正面に蛙頭を置き、箆で目をかき、口の左右には竹管文を施している。脚は肩よりの部分に左右に一対づつ4本を飾り、後脚の間には短い尻尾をつけている。蛙は生き生きとしており芸術的価値が高いことをもって愛好者も多い。古越磁の美質を備えた遺品といえる。
南京郊外を中心とする江南全域での六朝墓から出土する古越磁は、青磁器が複数の窯製品から成ることからみて一種の青磁市場が形成されていたと考えられる。
● 別角度画像 → 内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底面俯瞰

CC-158 CC-159

青磁水注

青磁鳥波涛文皿
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 6,5cm
● 価格 : \

耀州窯。
北宋の形状である、丸く膨らんだ胴に直立した注口がつき、把手がつく。胴全体に宝相華唐草文がびっしりと刻花であらわされている。深みのあるオリーブ色が刻花であることにより濃淡となり美しい。全体に気泡が散在する。耀州窯の文房具では伏唐子の書鎮がまま見られるが水滴は稀少。
宋朝において科挙に合格した新進士たちは官界に入り官僚の要ポストを独占していった。前代の世襲的貴族階級に代わって新たに土丈夫階級と名付けられる支配階級を形成。儒教経典歴史に通暁し、琴・棋・書・画の文化、芸術的能力を持つ豊かな総合的教養人たることを条件とされたわけで必然的に文房四宝のこだわりが良質の文房具を生む事となった。高台内釉を引掻いているのが欠点。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 3,8cm×口径 19,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

耀州窯。
六花弁形の稜花としゆるやかに立ち上がった皿内面の中央には円周を線刻。中には波涛の中を泳ぐ鴨を大きく、四囲にも六稜の波涛を片切彫りで表現している。海水波涛は流麗で筆勢のある櫛彫りで施され小気味のよいリズム感もあり一幅の絵画としている。
裏面は六弁の櫛彫りが施されており、高台内も施釉。器体は薄造りで軽量。深みの湿潤あるオリーブグリーンの釉色は極めて美しい。五代〜北宋に入って暫くは越州窯が青磁の優品を生産していたが、中期以後は耀州窯に取って代わられ、北方青磁の花形となった。洗練された陶技は北宋後期の作品。表裏面に大きな貫入が入っているのも美しさに華を添え賞玩すべき作行としている。
台湾故宮博物院に同作品が常設展示されている(口径14cm高5cm)中国古陶磁の魅力を知らしめる佳品。
● 別角度画像 → 側面底面拡大 ● 別角度画像 → 平置き底面拡大

CC-156 CC-157

青磁碗

青磁牡丹文盒子
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 4,8cm×口径 14,7cm
● 価格 : \

龍泉窯。
小さく正円に削り出された圏足から器側面が外に向かって伸び広がる。そのためにシルエットは直線的に整い、朝顔形である。釉色は濃い青緑色で、中国人の最も評価する翡翠釉。貫入は見られない。圏足の作りは細く、釉際では流れ落ちた釉が厚く溜まり、こよなく美しい。畳付は無釉で灰白色の胎土が見られ、釉際は茶褐色の火色を呈する。
宋時代には飲茶の風が広まり、平碗は天目形と並んで多く作られた形式であり、両方とも托を用いて供された。北宋時代の定窯をはじめ、南宋時代の景徳鎮などでも盛んに作られた形の碗で簡素で適宜な緊張感を保った形姿はまさに宋人の好む作風である。厚い釉だまりは幕釉と呼ばれ茶人の特に好む景色である。
このタイプの茶碗は韓国新安沖の遺物のなかから内面に劃花文を持つものと無文のものとが引揚げられている。日本の伝世品では鹿苑寺所蔵の銘「雨龍」が著名。龍泉窯は宋時代、玉や空の色に譬えられる美しい色と潤沢な釉質の青磁を完成した見本といえよう。
我国では頭に被る笠に見立てて 「斗笠碗」 と呼んでいる。
● 時代 : 五代時代
● サイズ : 高さ 5,5cm×径 14cm
● 価格 : \

越州窯。
僅かに甲盛り状の蓋部に、一本の綾線を突状に内側に牡丹唐草を浮き彫りで、明瞭に描き出す。圏外には2本線と4ヶ所に雲文を線刻している。身部と蓋部の合わせ口上下、揆高台共側面には2本の線刻を施している。高台内は、この時代越州窯の特徴である細長円状の目跡が4ヶ所あり施釉している。「秘色磁」と称せられる御物の器を焼造した越州窯は五代期には庶民が使用できなかったもの。
釉調は滋潤で光沢があり、半透明状の青緑色の美しさは玉肌に通じる。器体は薄造り。牡丹文の手慣れた刀法がもたらす階調は小気味よく、文様に片切彫り独特の陰影をもたらしている。佳品である。
「南青北白」といわれるように、宋のころまでの中国陶磁器は青磁なら南方の浙江省の「越窯」白磁なら北方の河北省の「刑窯」と相場が決まっていた。唐の陸羽が著した「茶経」には「刑瓷は銀に類し、越瓷は玉に類する」とし、越窯は「千峰の翠色」に例えられる「秘色」を褒め称えている。

参照 : CC-113CC-072
● 別角度画像 → 内側底面 ● 別角度画像 → 内側底面蓋部

CC-154 CC-155

紫斑文香炉

青磁瓶
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 4,5cm
● 価格 : \

鈞窯。
全体に天青色の鈞釉をかけ、還元銅呈色の美しく紅紫斑を現わしている小香炉。胴が丸く張り、口が平らに開き、裾に短い三足のついた香炉で、よく溶けて透明な感じのする澱青釉が全体を滑らかにおおっている。縁に鎬の立った口部の造りは宋代の華北窯に特有のもの。平たい獣足も宋、金の間の遺例に見受けるもの。釉の厚・薄によって釉色が変化し味わい深く整った姿・愛らしい大きさで、宝石のようである。鈞窯は東洋の焼物としては珍しく派手な、どこかエキゾチックな感じのする焼物である。定窯・汝窯は徽宋時代、侵略軍・金によって打ち壊され消滅したが、鈞窯だけは被害を免れた。汝窯の近くにあったが、日用品を焼くだけの民間窯だったから。その結果、宋が都を江南に移した後になって改めて注目をあび、朝廷にも用いられるようになった。
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \

耀州窯。
ラッパ状に大きく開いた口と小さな胴・高い圏台・この形の器を觚といい、殷時代青銅器の形。觚は飲酒の器を意味する字である。繊細緻密な施文は上部には退化した饕餮と襌文を。胴下方部は饕餮文を施す。片切彫りの鋭さ、オリーブグリーンの美しい釉でもって気品ある品としており、銅器の持つ重厚さを焼物のもつ柔らかな味わいとしているのは流石。近時新発掘であり、造形は耀州窯で初出資料。
中国の文化は花を愛で、明窓浄机の生活は花と共にあり花うつりの良い花生となろう寸法でもある。かつて我国では汝窯と呼びアメリカでは北方青磁と称していた耀州窯は五代頃から始まって北宋中期に至り隆盛をきたした窯であり、解放後の中国の調査によりその全容が明らかとなり陜西省銅川市にあった窯とわかった。かつては「北龍泉」と呼ばれてたこともあった。焼造した品種は多く、文房具・生活用具・玩具・碁や将棋用具等あらゆるものを造り出している。古陶磁には古い顔と新しい顔の二つの顔がある。私達は現代の感性と知性で焼物を鑑賞しているから、今見ている焼物は今に生きている現代陶磁ともいえるわけである。そんな思いをさせる感覚の品。官窯では觚形状瓶の存在が知られる。
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CC-152 CC-153

青磁貼花双魚文盤

青磁三足円硯
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 4,5cm×口径 17,2cm
● 価格 : \

龍泉窯。
見込みに鰭・鱗・目・口等刻線を入れしっかりと造形された双魚を貼り付けている。「火石紅石」という技法。南宋も後期に入っては双魚や浮牡丹などの地紋が装飾され、釉色はやや緑がかってくる。幅広の緑、外側面の蓮弁文の削りも丁寧であって軽い。釉調は青緑色で内底面双魚の四囲の刻線・口縁の釉層が薄くなり白胎色が浮き出ている事によって深い味わいあるえもいわれぬ魅力ある盤となっている。畳付の作りは幅も狭く高く、露胎部分は淡い赤褐色で釉際は色が濃い。茶方の菓子鉢として喜ばれる寸法でもある。

参照 : CC-091CC-070
● 時代 : 六朝時代(三国〜南北朝)
● サイズ : 高さ 3cm×径 10cm
● 価格 : \

越州窯。
三足の態で支える円板上に縁を取り、縁に13ヶの型押しで抜かれた梅花を貼付けている。この時代、越州という名が示す通り、越の国−浙江省紹興を中心とした地域に起こった窯だが、時代が移るにつれその窯技は江南の各地に伝播し、多くの越州系青磁窯の出現をみた。この地が良質な陶土と燃料に恵まれ、水路による輸送の便にも富んでいたことが原因している。
硯は殷(商)時代にはすでに研墨石があり、最古の例は秦墓出土の石硯が知られる。後漢時代には良質の硯が鑑賞重視されたことが知られ魏晋・南北朝時代には風子硯や円面硯などの瓦硯・陶硯が使われた。梅花の貼付硯は新資料であって、いかにも洒落た華やいだ意匠から女性用であろうか。
かつてこの手の品は墨池がないため硯とは知られず、近年露胎の盤面に墨跡の残るものがまま発見されることから硯とわかった。時代も隋〜唐になると硯面が隆起して傾斜をもち、周囲に墨池ができ獣足も増え多足硯の形式となる。北朝時代の型花文を貼付けた青磁罐が知られるので同時代の品であろう。
● 別角度画像 →裏側拡大 ● 別角度画像 → 上面底面拡大

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