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CC-150 CC-151

青磁刻花宝相華文水注

青磁神獣尊
● 時代 : 五代〜北宋時代
● サイズ : 高さ 26,5cm×横 17cm
● 価格 : \

越州窯。
この水注の形式は五代に始まるもので、その祖型はおそらく金属器にあったと推測される。水注胴部中央前後に大きく宝相花を、空間は蔓・葉を、下方部は蓮弁を、水注の宝珠つまみ被せ蓋の胴部は剣先文を鋭い片切彫りで表現している。承盤といわれる受碗の残るのが極めて珍しく水注の胴部とほぼ同模様で3ヶ所に宝相花を削り透かし模様としている。蓋・二本の紐を合わせた形の把手の形状等から五代〜北宋初期の作品と考えられる。耀州窯・東窯といわれるこの時代の水注も知られるが、意匠はより繊細であり複雑で気品が漂う。釉は滑らかにとけ、透明感のある美しいオリーブグリーンに発色、片切彫りの釉だまりがあちこち美しい。北宋時代になると牡丹文が多く、宝相華文ということも時代が溯る品と考えられる。
承盤については上流貴族が用いた、主として青白磁水注に伴なう遺品が書画・壁画・墓等から知られるが、普通は透穴は無く、湯をためて酒を冷まさない温碗の役目用と考えられている。温碗と水注の組合せは北宋期に始まった。本品の温碗は、透かしであることにより温器としての用はなさず、あくまでも装飾用承盒であることも珍しい。何にしても蓋・承盤を伴なう完器の遺品は極めて貴重なもの。越州窯は唐から五代にかけて天下第一の名窯とされ盛んに青磁を焼いた。然し北宋になっても焼造を続けた。特に俗に多嘴壷と呼んでいる壷が多く水注は珍しい。承盤の内底には5ヶ所の削り目跡が荒々しく残り、水注と一体にして焼成した様子がわかる。
この時期越州窯は呉越銭氏の王朝における官窯として貢納品を焼成していたことから製作は精細を加え、秘色青磁がこの時期の技術水準を示す代表例。本歌を銀製や青銅製の同形の器に求められるものであるが、金属器とは異なった優しさとのびやかさを備えている。「林中不売薪」であって文化は需要と供給が揃って成立するものであり需要が高級なら供給も高級化、需要が低俗なら供給も平凡になるもの。まさに現代を象徴している。実用品であることからも奇跡的に完品で残りここにあるということは近時「温州」郊外窟蔵からの出土によるため。
昭和18年小山富士夫による名著「宋磁」が出版され宋磁の優品が集められたが、もし現在彼が第2の「宋磁」を編纂するとすれば越州窯の優品は少なく本品も掲載されるであろうし古陶磁のもつ美しさ、心をひきつける魅力は実は魔物であると気付かせるような品といえよう。
2006/9/21 ニューヨークサザビーズ に 類品出品(参照画像)。
エスティメイト $120,000〜150,000(1500万円〜1800万円)

参照 : CW-021CW-012
参照本 : サザビーズ香港 1993年5月28日
● 時代 : 西晋時代
● サイズ : 高さ 8cm
● 価格 : \ 130,000

越州窯。
口部を四形に作った盤口壷。胴の下部が膨らんだ姿で肩の左右と、胴の中ほどに左右一各一対の、六つの横耳がついている。怪獣の頭部、羽状文、前肢等、後部には3ヶの突起を貼り付けている。眼をむき、牙の生えた口をあけて玉をくわえた面貌は迫力がある。辟邪の意味を持つ造型と思われる。眼・盤口縁に、鉄斑文施され古越磁の青磁釉としては透明感ある黄緑色釉が美しい。南京博物院蔵 高さ30cm余の品が著名であるが、極めて少ない造型。無釉の底部は支台の上で焼かれた赤褐色の痕をとどめる。

参照 : CC-060
● 別角度画像 → 分割裏側底面 ● 別角度画像 → 側面底面拡大

CC-148 CC-149

青磁菊型杯

青磁鳳凰耳花生
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 4,3cm×口径 7,8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
圏足際から放射状に広がる凹凸は内面の凹凸と対応しており、口縁は波状形になっている。これらの形は、型押しによって作られると考えられる。稜が整然と美しく並んで美しい砧手でもって品格ある品としている。細かく鋭い畳付は露胎し、釉際は茶褐色を呈し土は灰白色。盃となる寸法の品は少ない。手にとって愛玩すればするほど可愛さの増す品といえよう。

参照 : CC-012CC-118
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 19,5cm
● 価格 : \

龍泉窯。
青磁のうちで古来最も珍重される鳳凰耳の花生。釉調は深い緑の翡翠釉であり、鳳凰耳。器形も重厚感有る完行の佳品。高台もきっちりと削り込まれている。高さ30センチ前後の大きなものの他、小ぶりのものも多く作られており、書斎の飾り・花生・杓立てとして日本の茶湯では喜ばれる。新発掘だからこそ入手できる、今の時代に感謝。
南宋時代龍泉から東洋全域に送り出された青磁は今日想像もつかないほど莫大な量であって、我国に伝世する青磁の総数も何千何万という数であろう。龍泉窯は700〜800年もの悠久の焼成の歴史を持つが、青磁の釉色と質成の美の頂点を成すのは宋代の陶工が創造した龍泉青磁であって、それは天工を琢己に奪った人工の青玉であり、今でも尚我々をその美に傾倒させるのである。

参照 : CC-125CC-114
● 別角度画像 → 内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側底面拡大

CC-146 CC-147

青磁牡丹文瓶

青磁貼花文盒
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \

耀州窯。
口の締まった園筒形の花瓶で上方と下方とが少し締まり、肩が少し角張り、姿が誠に美しい。肩から下方に蓮弁文様、中央部には牡丹唐草文様、下方には鎬文様を三段に別けて片切彫りで刻している。輪郭の外を浅く斜めに彫って文様を浮き上がらせており、オリーブグリーンの青磁釉の濃淡による階調を生じ、深み有る美しい釉調を生んでいる。文様の配置・彫花の技法共に熟練を極め、耀州窯の優秀作でありかつ瓶類は稀少。
形式は梅瓶に由来するかとも推測するが、北宋時代には類をみず宋初に越州窯から分派したと推測され、創作に意欲を燃やす北方青磁窯の目新しい所産であったかもしれない(華北の北宋初期の墓葬副葬品には、耀州窯系青磁と越州窯青磁が共伴していることが多い)。やや古格が認められ11世紀の作品であろう。
全体に大小の気泡が散在し、つややかな釉肌を一層魅力的なものとしている。我国では比種耀州窯瓶の代表作として広田不孤斎氏寄贈 大和文華館の品が知られる。
香港著名収蔵家旧蔵品。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 4cm×径 8,3cm
● 価格 : \

龍泉窯。
上平面に花紋を肉薄の貼花であしらう。花弁は立体的に立ち上がった状況で造形される事によって生動感を与え、傾斜面にはぐるりと唐草文を刻印している。深みの有る青磁釉がたっぷりと掛かることにより、花紋の陰影を際立たせた立体感が不思議な魅力を持つ品としており、陶匠の技の並々ならぬ力量が感じられる。
南宋時代に磁器の盒子が大いに盛行したことは、南宋の海外貿易の発展や香料の大量輸入と関係が有り、香料の使用はあまねく朝野に及んだ。各国からもたらされた数十種にもなる香料を入れる盒子を必要とした。従って金・銀・玉・彫漆の香料盒とともに機運に乗じて生まれたが、磁盒は廉価で品は良質であったのでさらに容易に社会の需要を満足させた。又香料を入れるほかに女性の化粧用品を入れることもでき社会の需要量は更に大きくなり、青磁・白磁はともに大小・多様な盒子を作ることとなる。
明代に造られた種々の青磁合子は日本に将来され茶方の型物香合として取上げられているが南宋時代の品は稀少。南宋の都杭州はマルコ・ポーロの「東方見聞録」にも繁栄ふりが世界一の豪華・裕福な都市と記述されている。私達日本人は陶磁を見る眼を鎌倉時代末から室町時代にかかる14世紀に確認してしまっていたからすでに600年ほどの時間が流れている。従って先天的に通常の美と超絶した美とを知り分けるだけの能力を与えられており、少し審美眼の高い人ならかなり短時間に両者を嗅ぎ分けるだけの鋭い眼を養う事ができる。
日本人が世界の人たちのなかでも際立って優れた美の判断能力の所有者であり得るのも、こうした過去の裏付けが大きな支えとなっていることは間違いない。

参照 :
CC-113CC-072CC-054CW-001CW-004
● 別角度画像 → 上部底面胴部 ● 別角度画像 → 内側底面拡大

CC-144 CC-145

青磁菊花形馬上杯

青磁貼花鳥文輪花盤
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 8cm×口径 7,9cm
● 価格 : \ 250,000

龍泉窯。
杯部分が菊花形の馬上杯。脚は裾に向かって広がり、竹節意匠として二重弦文がある。元時代にはこのような小ぶりのものや、やや大きめのものまで馬上杯が好まれて作られているが、丸形・六角・八角形が多く菊花形は稀少。釉色は青緑色。
俗に馬上で用いる杯と日本人が名付けたが、もとより騎馬上の杯ではない。中国では高脚杯と称している。稜花形状が鋭く整然として釉色の階調が美しい


参照 : CC-118CC-086CC-010
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 3,5cm×口径 18cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
六弁の稜花形に造られたこの浅い盤は金属器を思わせる。平らな器底に小さく低い高台がつき、きめの細かい淡灰色の素地に、白味がかった灰緑色の失透釉が赤色に焦げた高台内を除いて全面に厚くかかっている。内底には桃の小枝に止まり桃の実をくわえた鸚鵡の貼花文が三箇所、釉上に配されている。これらの貼花は露胎のため赤褐色に焦げている。桃の枝に止まった鳥の文様は吉祥文様。稜花が鋭く、厳しい造形が魅力。ディヴィッドコレクションに同手品が収蔵されている。
近時成都市郊外窟蔵出土品。

参照 : CC-068
● 別角度画像 → 内側底面拡大 ● 別角度画像 → 裏側平置き拡大

CC-142 CC-143

青磁鎬文壷

青磁荷葉六花形洗
● 時代 : 南宋〜元時代
● サイズ : 高さ 8cm
● 価格 : \

龍泉窯。
広口で胴が張り出し、下部で窄まるこの器形は酒海壷(酒会壷)とも称している。大型品は文字通り酒を入れ、杓で汲み出す使い方がされたといわれる。
鎬文は蓮弁文の要素が薄まり、鎬文と呼ぶのに相応しい形態をしており、蓋の鎬文同様削り出して作られている。本品の如くの寸法品は我国では茶方で好まれ、多く伝来している(形物香合番付では東方三段二十位に位置する)。
梅子釉という緑の強い美しい青磁釉であり、鎬文の薄釉部との濃淡が美しい。大作が横行した元代の龍泉窯でも小品は欠かせない製品の一分野であったし、どんなに小さくても時代の風格を失わないのが中国陶磁の特質の一つ。この小壷の抑揚の強い姿にも元時代の力強い作風が宿っている。酒会壷は大・小とも共蓋が欠損している品が多く、添えられていることも喜ばしい。
大型鎬文酒会壷は横浜市称名寺境内出土品が重要文化財に指定されており優品として知られる。蓋は無文・身は有文。蓋・身とも無文も青磁酒会壷にはある。

参照 : CC-116CC-025
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 4,5cm×口径 13,5cm
● 価格 : \

龍泉窯。
皿部分の縁は下方に折り曲げられ、6ヶ所を窪ませて六花形とし、内面から縁にかけて刻線を施し、蓮荷形状とする。内底に亀が貼花され、あたかも蓮池を泳ぐ感が有る。
亀は四霊の一つとされ吉凶を占うとともに、延命長寿を寓意し、又亀甲の甲より「一甲一名」(状元及第、首席合格)にも通じる。筆洗であって、文人の机上を飾る文房具の一つ。文人の嗜みとしての文房具には良品が求められた。明るい青味の透明清涼感ある釉調が極めて美しい。類品は知られていない。酒会壷の荷葉形蓋を逆さにした形状であるのも面白い。
無模様である青磁に魚・牡丹等貼花が始まるのは南宋時代後期から。

参照 : CC-094
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CC-140 CC-141

淡青釉牡丹文龍口水注

青磁双柄鶏首壷
● 時代 : 五代〜北宋時代初期
● サイズ : 高さ 16cm
● 価格 : \

耀州窯。
かつて小山富士夫氏が東窯に比定した青磁の遺品を思わせる品。この水注の形式は五代に始まるもので、その祖型はおそらく金属器にあったと推測される。胴を深く彫り込んで牡丹文様をくっきりと高肉にあらわす装飾法は、東窯タイプと同様。高台はいかにも金属器風にかっきりと削り出され、内刳りを含めて総体に施釉されている。
胴は牡丹を大きく、肩は蓮弁文を掻落し技法で処理。箆削りも力強い龍口が付く。いかにも北宋の作品らしく格調が高く艶やかに美しく焼き上がり、印象的な冠絶した絶品といえる。
初出資料の青釉であって窯は明確に判明しないが、総合的に見て耀州窯と思われる。華北における宋初の青磁のありさまを物語る貴重資料であり、如窯・官窯との関連もうかがわれる。現在の中国はこのような新資料が出現する良き時代といえる。
● 時代 : 西晋時代
● サイズ : 高さ 10,5cm
● 価格 : \

越州窯。
西晋時代頃に作られはじめた鶏頭壷は、東晋時代に入るとやや大型化し鶏の頭は直立して嘴の先には小さな孔があけられ注口となり、尾は盤口まで大きく延び把手となって水注形に変化する。
南北朝時代に入ると更に大型化し、江南だけでなく華北でも見られるようになる。天鶏壷は西晋時代に制作が始まり、隋時代には華北でも焼造され400年程長い間つくり続けられた。古越磁が初めて各地で焼かれるようになったのは晋時代。釉色の滋味さ、全体の姿がいかにも親しみやすく古越磁は日本人好みに合い、明器の動物俑を始めとして多く将来されている。鶏頭が2ヶであるのが珍しく(従って取っ手も2本連結)、更に盤口縁・取っ手部に鉄斑を飛ばしている。注口は開口され水が流れる。程良い愛玩寸法であることも嬉しい。生活に彩りを添える愛玩品であったであろうこのような文物から書道が貴族のたしなみとして定着していたことが推察される。

参照 : CM-024
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CC-138 CC-139

澱青釉紫紅斑盤

青磁獣足円面硯
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 2,5cm×口径 17,7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鈞窯。
鈞窯は耀州窯・定窯と並ぶ北宋時代の名窯で、幻想的とも言える青磁の一種を造った。天青色の釉面表裏共、あちこちに紫紅斑を雲のように浮かべ、夢幻的雰囲気を作っている。鈞窯は東洋の焼物にしては珍しく派手なものであり釉色は青釉の色々と変化があり、更に紫・赤・藍等の斑文が施され、目を奪う鮮やかなもの。北宋から元にかけて華北各地で造られ中国では特に賞玩したらしく、遺品が比較的多い。
表裏全体に施釉し高台内に五箇所の支具を置いて焼成し薄造りである上手品。全体に貫入が入っている。

参照 : CC-063
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8,5cm×横 18cm
● 価格 : \

洪州窯。
獣面の馬蹄形足が23ヶ連なる円面硯。六朝時代青磁円面硯は多く造られたが3・6・8個の獣足がほとんど。隋〜唐時代になると多足となり、白・緑釉等でも造られるようになる。越州系洪州窯の作品。
日本では円面硯というこの種の硯を中国では「辟雍硯」と称す。辟雍とは元々周の天子が創立した大学であり、後漢移行の歴代王朝もみな辟雍を持っていたが、これは北宋末に大学の予備校となったことを除くと全て祭祀の場であった。辟雍の周囲は水沢で丸く取り巻かれていたので硯にもこの名がついた。
洪州窯は南昌近く、隋以前南朝に始まり、唐末期まで生産を続け、最盛期は初唐の頃であった。
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CC-136 CC-137

青磁八角仙人図瓶

青磁菅耳瓶
● 時代 : 元時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \

龍泉窯。
江戸時代前期より同形同意匠の幾分小さく胴露胎部上下に飛鉄斑の施された品が、我国に伝来すると知られるが極めて稀少な品。中国で「火石紅石」と呼ぶ手法。素地をあらわにして焼き上げて八仙人の像貼りを付けている。口・胴体・園足が全て八角に作られ、口・胴の8面、底、園足が型を用い別造されてから接合されたことは、貫入に方向性のないことからもしれる。胎土の茶褐色と青磁釉との対比を狙っているのは多くみられる双魚文皿と同様であるが、比較にならない複雑な造型は一段と技術を要したものと思われる。
胴の中央に八仙図、肩裾には花卉の折枝文を縦横文様をびっしりと構築し、ゆるぎない堅固意匠構成は最も元らしいあしらいである。いわゆる天龍寺青磁といわれる品であって我国伝世品よりはるかに美しい青磁釉である。手取りはずっしりと重い。露胎となった畳付は赤い焦げ。淅江省龍泉釜近在の農家に伝わった品。持主は価値を知らず700年余水入れとして使われ続けて真っ黒となっていた。しかし少しの傷もない。かつて英・欧米において館より見つけられオークションに出品。高価格落札でニュースとなった元染、嘉靖五彩大壷のエピソード同様今後は中国国内より名品・珍品が出現することであろう。長い歴史、広大な中国から何が発見されても不思議でなく楽しみな事である。青花にも見られる八角形状は元時代となって出現した器型。八仙の伝説は唐代に始まり、元の雑劇及びその他の文芸作品に八仙の故事を題材としたものが非常に多く、仙人たちは長寿を祝する図案にさかんに登場することとなる。デヴィド・コレクションにも同作品で、いわゆるビスケット部が八仙人ではない別意匠の品が知られている。

参照 : CC-080CC-086
● 時代 : 南宋〜元時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
二つの耳と弦文だけの、文様を控え用を配慮した器形は鳳凰耳花生・筒形花生造形に共通するものと思われる。青磁釉の美しさを追求し、文飾よりは器形と釉質を尊重した宋時代の作風を見る事ができる。釉調はむらなく美しい青緑色に仕上がっている。
手にすると30cm余もあるが外観に対して軽く感じられる。矢を投げいれて勝負を争った「投壷」の銅壷写し。茶方の花入れとして特に日本で珍重されたもので、鳳凰耳・鯱耳・筒形に比べはるかに遺品の少ないもの。官窯にも同形状が知られる。
近時南京郊外窟蔵出土。
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CC-134 CC-135

青磁刻花牡丹浪濤文皿

青磁鯉耳花生
● 時代 : 元時代
● サイズ : 径 23cm
● 価格 : \

龍泉窯。
中央部に牡丹花を貼花刻でもって一輪大きく取った巾広部には、半弧状の波涛を印刻する類品を見ない模様で表現している。巾広部は外側に向かい曲線でもって大きく反らしている。裏面は一段と高くなった円弧上部と、縁へ向かってと蓮弁文大きく印刻。釉は美しい青緑色青磁釉であり、闇夜に咲く牡丹のような不思議な雰囲気を漂わし魅力に溢れた作品としている。高台は内刳りの部分に釉がかかる南宋〜元時代の特色。日本に伝来していれば茶方の菓子器として取上げられ、おおいに賞玩されたことであろう。現存する元・明の青磁のコレクションとしてはトプカプ宮殿が世界で最も規模の大きい作品群を収蔵するが、その中にも類品は見られない。元青磁の優品の一つといってよいだろう。近時インドネシア某寺伝来よりの将来である。
南宋末以降、龍泉窯の青磁は、その輸出額が年々高まると共に、龍泉一帯の窯類は多くなり、必然の結果として生産競争が激化。乱作となり、精良の粘渇をきたした。明末には景徳鎮窯に繁栄を奪われ、明末には地方の民窯として保つ哀れな状態となった。牡丹は中国においては、百花の王として好まれ、その容姿の豊かさ、絢爛さから富貴花といわれ、又、長安と並称される古都である洛陽が牡丹栽培で知られたため洛陽花とも言われる。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 29,5cm
● 価格 : \

龍泉窯。
頸には二枚型で抜いた鯉耳が付く。普通鯱耳が一般的で鯉耳は稀少。龍魚の姿を象ったもので科挙で主席をとる「独占鰲頭」の意味をあらわす。
鱗・眼・口等型抜が明瞭であり、髭による透かし穴のあるのも稀少。全体にマット状の美しい粉青色の青磁釉が厚めに施され極めて美しい釉調を示しており佳品である。鳳凰・鯱・鯉など、いずれも端鳥吉魚である。
近時成都市郊外窖蔵出土。
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CC-132 CC-133

青磁三足洗

青磁牡丹唐草文瓢形瓶
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 5cm×径 14cm
● 価格 : \

汝窯。
短い獣足のついた洗。口縁の外側に2本の突状堆線がめぐっている。釉は天晴色。底裏には小さい目跡5ケが円形に残っている。青磁三足洗は北京故宮博物院の伝世品が知られる。この釉色の汝窯は鴨の卵穀の青色に似ている事から「卵青釉」とも呼ばれている。
汝窯は定窯とならべ称せられる北宋の名窯であって定窯とともに禁中の御器を焼進した窯として知られ、北宋時代には華北製陶の一大中心地だった。中国陶磁の至宝とされている汝官窯もここでつくられたと伝えられる。かつては北方青磁の優品を全て汝窯とみなしていたが、耀州窯が北方青磁の主産地で汝窯以上に重要な窯であることがわかった。渋い深い釉調。引き締まった鋭い造形。宋磁のうちでも特に芸術的に迫力がある優れた焼物であり定窯にかわって汝窯が禁中の御器となったという意味もよくわかる。土大夫の嗜みとしての文房具の良品がこの時代は種々造られている。形状は漢代の銅器を模したものであろう、徽宗帝は収集した古銅器などを図録・宣和博古図にまとめさせたが、これが陶磁器の器形に影響を与えた。汝窯の窯址清涼寺村の農民より近時購入。宋王朝の官窯製品となった青磁は玉の色合いを再現しようとしたものともされ漢民族の精神性に深く関わる釉色に静かな美しさをたたえた中国独特の焼物といえよう。
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 29,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍泉窯。
磁胎に浮牡丹をあしらい瓢形につくられている。もとは花瓶ではない可能性もあるが、日本の茶人が好んで花瓶として取り上げている。粉青色に仕上がり、型抜きで作った牡丹の花と葉を粘土紐で繋いだ唐草文が全体をゆったりと美しく装飾している。近時、龍泉市郊外穴蔵より出土。
瓢箪は蔓が盛んに伸びて次々と実をつけそれぞれの実には多くの種があることから子孫万代の繁栄をあらわす。日本に伝わる同形瓶は畠山記念館の蔵品を始め、大小数点知られるが、浮牡丹の文様もやや硬く、元時代中〜後期の品がほとんどであり、南宋時代の品は稀少。古くから栄えた貿易港、温州の港にそそぐ欧江の上流の山奥が青磁の故郷竜泉であり、他の景徳鎮や磁州の窯が町を中心としてそれほど広い地域に広がっていないのに比べ、ほぼ150キロに及ぶ山岳地帯にわたって窯跡が散らばって分布している。

景徳鎮が色々の磁器を焼いたのに比べ、青磁のみを焼いていた事には驚く。人工の玉を理想とした中国人の青磁器への好みが存分に発揮された優品といえよう。胴に貼花された牡丹唐草の文様は描いたように暢のある大らかさをもち、明時代のそれのように形式化しておらず、宋時代に究極的に完成されたといえる。
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CC-130 CC-131

青磁刻花文長頸瓶

青磁洗
● 時代 : 北宋時代
● サイズ : 高さ 18cm
● 価格 : \

耀州窯は陜西省の古窯で、いわゆる北方青磁を焼いて名高い。この窯が青磁を焼き始めるのは北宋のはじめであり南の越州窯の技術を受け止めつつ、独特のオリーブ・グリーンに輝く青磁を作り上げた。胴部に牡丹唐草文がびっしりと刻花であらわされている。耀州窯の遺品には皿・鉢の類が多く、瓶・壷・水注といった袋物はわずかしか存在が知られず貴重であり、市場価も一段と高い。片切彫りも櫛掻きも手慣れ、卓越した技は技に徹した人間にしてはじめて可能な境地を示してくれるわけで、それがなんとも心地よく親しみやすい作品としている。極めて軽量。
この形状は磁州窯にもみられる北宋時代独特のものであるが、唐時代三彩瓶に先駆がみられる。気分の良い美品である。宋代には牡丹を「富貴花」と呼んでいた。牡丹は幸福と繁栄を象徴する花として耀州窯瓷器に最も多く見られる花卉文様の一つ。

参照:CS-025
● 時代 : 南宋時代
● サイズ : 高さ 3,5cm×径 14cm
● 価格 : \

汝窯。
内底は広く平らで側壁がゆるく立ち上がり、外開きの大き目の高台がついている。汝窯青磁の代表的な器形の一つ。単純な器形であるが薄手に成形されており、北宋時代特有の端整で均整のとれた姿を見せている。青磁釉は総体に施され底裏に支釘をおいて焼成しているため、高台内に丸く小さな目跡が3つある。汝窯の青磁は北宋の宮廷のために焼かれた御用品といわれており、伝世品は極めて少ない。本品は近時の出土品であって全体に散点する白濁の風化がみられるものの皇帝の器に相応しく、作風は静謐でありながら気品と威厳が感じられる。澄んだ水色の釉には透明感があり、一面に貫入が生じている。汝窯の青磁については文献に名が残るものの、その場所が特定できず長い間実態が明らかでなかったが、河南省、宝豊県清涼寺の窯址が発見された。中国陶磁の至宝とされる汝窯は定窯とともに北宋時代で最も重要な窯である。(かつて我国で汝窯と称した青磁の中で片切彫りの文様のある手は主として耀州窯産であることがわかった)幽玄で気品のある美しい色であって、中国陶磁でこれほど魅力のある釉薬はない。中国陶磁の至宝として世界から尊ばれるのは、まずその釉色の美しさであろう。清涼寺近郊農民からその後香港著名収蔵家旧蔵品。伝世品であれば非常に高価。
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