古代の土器 Page3Page2|Page1
CK-039 CK-040

彩陶舞踏文盆

褐緑釉人物文れん
● 時代 : 新石器時代(BC3000〜2000)
● サイズ : 高 11.5cm × 径 37cm
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宋日文化。
今から6000年ほど前、中国の新石器時代はその繁栄期を迎えた。黄河流域中原地区の仰韶文化、やや遅れて馬家窯文化、山東地区の大モン口文化、北方地区の紅山文化等それら全ての遺跡からは大量の土器が出土している。盆の内側に15人の人物が手を繋ぎ舞踏している姿を描いた宗教的図柄。彩陶は成形後に鉄やマンガンで彩画してから焼成されている。
現在では、かってアンダーソン博土をはじめヨーロッパ研究者が唱えた中国の彩陶起源「彩陶=西アジア紀元説」が否定され、「彩陶=中国自生説」が証明されている。
宋日文化は青海省同徳県宋日であり、本作品にもどこか西アジアの新石器時代彩陶につながる雰囲気がある。

参照 : CK-035
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 29.5cm
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全体に濃い褐釉を掛け、部分的に緑釉を乗せる。れんの本体は型押しで動物文をあらわし、蓋上部頂上には座して考える姿態をする人物を乗せた珍しい形状である。れんは本来宴席の酒器に用いられる形であって酒尊ともいう。本品は勿論実用器ではなく、墓中に納める明器。一般的に蓋は神仙の棲む博山を模った蓋が付く、いわゆる博山れんが普通である。本体には鬼面の間に2頭と3頭の瑞獣、蓋部人物の下には樹下4頭の瑞獣が貼花されている。れんを支える三つ足は熊足。抜けが良く釉調も美しい。
緑釉は鉛を溶媒剤に使った低火度の鉛釉の一種で、胴を混ぜて緑色の発色を得たもの。始源は戦国時代まで遡るが、後漢になって流行した。鉛を使っているだけに色釉に艶があり、深い緑釉はなかなかに赴き深い。素地が赤い紅胎であるのも後漢の緑釉陶の特色。類品をみない珍しいれんが出土したものであり、古代人の発想の豊かさには驚く。実用性よりも装飾性の強い鉛釉陶は明器にはぴったりの属性をもっていただけに、一度その趣向が富裕層に迎えられるや爆発的な人気をかちえ、各種の動物や人物・楼閣・竈等が緑釉陶で造られた(褐釉陶は緑釉陶に比べ稀少)。緑釉鼎 上に同形人物が乗る類品が知られる。

参照本 : 東洋陶瓷鑑賞録
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CK-037 CK-038

彩陶魚文盆

彩陶双耳壷
● 時代 : 新石器時代 仰韶文化
● サイズ : 径 38,5cm × 横 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

初期の彩陶文化である半坡遺跡の品。
仰韶文化半坡類型はBC5000〜BC4000年ごろ、下限は大?口文化BC4000〜BC2300年頃と約3000年余りの長い期間作られた。
内面底には、同心円と三角形状模様を、側縁には太陽と思われる丸円と3匹の魚を、外側縁には大きく同様の魚を2匹描いている。仰韶文化の彩陶鉢には魚が描かれることが多いが、これは当時の人々の信仰と関係すると考えられている。日用品でなく、儀式に用いられたものと想像される。大型の土器であるが、歪みがなく紋様も丁寧に描かれ、当時の土器製作技術の高さを示す優品である。

参照 : CK-005
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 29cm
● 価格 : \

馬家窯文化。
中国では前1万年ぐらいから農耕が始まり、土器を作るようになっていた。そして前1600年頃に青銅器が登場するまで、5000年間ほど続いた新石器時代に彩陶や黒陶などの土器の文化が花開く。前5000〜前2500年頃にかけて盛んに作られた。こうした彩陶は日常用に使っていたわけではなく、普段の生活では無文の土器を使用し、彩陶はあくまで副葬品や祭祀用であった。その不思議な紋様群は単なるデザインではなく、天や神、太陽や光、豊穣と繁栄、死者の魂の平安と永生といった聖なる物に関わる表象として見るべきであろう。中国悠久の歴史に思いを馳せる文物と言える。
黒・褐色釉の彩色も美しく彩画の筆致は伸びやかで、一筆一筆には後世にいう筆意すら感じられる。既に筆状の工具を用いた着彩がなされていたとわかる。大器ながら極めて薄い造り。

彩陶は1923年、J・G・アンダソンによって河南省仰韶村で初めて発見された。
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CK-035 CK-036

彩陶舞踏文盆

灰釉獣耳鼎
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 12cm×34cm
● 価格 : \

中国の新石器時代を代表する彩陶は黄河中流域の仰韶文化半坡期に始まる。これは馬家窯文化の作品。
曲線文・幾何学文を緻密に組合せ、盆の内側に5人の人物が手をつなぎ、歌垣であろう舞踏している姿を描く。舞踏は宗教的な行為であり、新石器時代のアニミズムを表現したものであろう。彩陶は墓葬の副葬品として納められる例が多く、彩陶が宗教的意味を強く持っていた事を示している。仰韶文化は中国最古の農耕文化とされ、主として粟を栽培、豚や犬を飼い、磨製石斧を使い、まだ金属器の無かった時代とされる。
これに続いて黒陶の出土する龍山文化となる。彩陶は窯に入れて焼いてあるので、肌にムラが無く、紀元前3千年すでに窯が有ったということは、いかに中国の文化が古くから発達していたかを物語る。我国に始めて窯が築かれたのは、4・5世紀頃であって、窯の起源も我国は中国に比べ、3千何百年か遅れている。1921年にスウェーデンのアンダーソンにより発見されたこともあり、ストックホルム東洋美術館には4千点近く有る。
新中国となっての出土品が増し、中国古美術の値段も随分下がったが、その中でも彩陶は急降下した品の一つであろう。
紅陶の地に黒の絵具で描かれた曲線文・人物文が擦れも少なく、明瞭であって美しい。外裏側も上部に曲線文が描かれ両側に突起状の持ち手を取り付けている。紀元前3300〜050年の作品とは思えない斬新な図柄であって「人面魚文盆」とともに代表的品であり、アンダーソン土器収集家渇望品。髪を下げた方向から見ると男と見られており、髪がなく腰が丸くなった女が手をつないだ図柄もほかに知られる。
中国陶磁の歴史は古く華やかであって、特に宋の白磁や元の染付などの名品が連なる近世も、一朝一夕に完成したわけではなく、古代からの技術と感性の積み重ねの結果として生まれたものということが理解できる。アンダーソン土器は、甘粛省の蘭州博物館には2000点余有る。
陶磁器は中国古代の重要な発明の一つであって、人類の文明史に傑出した貢献を果たした。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 20cm × 横 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

戦国時代、原始青磁の器形は青銅礼器の金・鼎などを写して作られることが多かった。この鼎の形は珍しいものであって、正面に頸をもたげた獣首をあらわし、後部には尾をつけ、側面に双耳・下部には小さめの3本の獣足で受けている.。胎は硬く焼締まり、釉色は深い青褐色で光沢を持っている。
非常に稀少な品であって、上海博物館に同手品が早くから知られるが,それ以上に優品。
殷(商)・周時代においての原始青磁の出現は、中国陶磁史にとって極めて大きな成果であった。中国東南部と南部の土着民越人の作品。幾何紋の施された陶は百越文化の重要な目印。水辺に生息する蛇の形状と斑点を簡略化して描いたもの。

春秋前期にその生産技術は非常な高まりを見せ、それが戦国時代にはいっそうの質的向上を見せた。胎土、釉、窯は古越磁にきわめて近いものであり,成熟した磁器の前段階といっていい状況が戦国期にはあった。
香港著名収蔵家旧蔵品。

参照本 : 平凡社版 中国の陶磁@ 古代の土器
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CK-033 CK-034

紅陶袋足キ

緑釉船
● 時代 : 大モン口文化 新石器時代
● サイズ : 高さ 21cm×幅 21cm
● 価格 : \ 問い合わせ

大モン口文化。山東省出土。
温酒・水器。流は先端が尖り長く、頚部は長く扁平な帯状の把手が付き、三つの袋状の足がある。
この器種は大モン口文化の特徴的器物。キの形状は、鳥に似ており、東夷族が鳥をトーテムとしていたことを表わしている。三つの太く大きな袋足は絶えることなく滋養をもたらしてくれる母親の乳房を思い起こさせる。
中に水や酒を入れ、脚の下に火を入れて温める器として用いられたものであろう。
横四囲をめぐって付けられた波状突起両側面に2ヶ付けられた取手など普通形状と相違した珍しい形。無傷も嬉しい。
● 時代 : 東漢時代
● サイズ : 長さ 66cm
● 価格 : \ 問い合わせ

広東広州墓出土。
平底で3室に分けられた船室が有りl、後方は2層となっている。操舵に1人、後室に1人が船員で中室に居る2人が客人かと思われる。船首には碇も有る。
当時14〜15米・500t程度の船であると資料より類推されている。
相当な豪族の持船であったのであろう、副葬品としての建物・豚舎はまま見られるが船は稀見。灰陶船は中国歴史博物館・広東省博物館蔵品が知られる。銀化も均一に美しく変化している。
中国南方古代造船重要史料であるとともに、「南船北馬」をその通り表わす品。
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CK-031 CK-032

双獣生命樹半瓦当

黒陶双耳壷
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 9cm×幅 17cm
● 価格 : \

生命樹をはさんで獣がシンメトリーに陽刻されている。漢時代となると、円形瓦当となり吉祥句が書き連ねられる。最古の瓦は西周初期の棟瓦、末期には平瓦の使用例も知られる。半瓦当を付ける事が始まったのは、戦国時代の河北・山東地方。王侯貴族の邸宅や祠堂の屋根などは、かなり一般的に用いられる至ったものと推察される。瓦は採拓も楽しいもので、本品のように堅く焼締められ、図柄の抜けの良いものは美しくし上がる。

※参照 CK-021、CK-022
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 26cm
● 価格 : \  

ギリシャの黒陶壷を思わせる形。
球形の胴の四面に円形の窪みをつけ、把手は胴の曲面からそのまま伸びて菱形の口の左右に取りついている。口頚部には櫛描き文が施される。この形の黒陶壷は四川省の漢墓からのみ出土し、四川省理蕃県を基準遺跡とした理蕃文化の特徴的な黒陶とされる。中原にはない特殊な器形である。
かっては極めて稀品であったが、ここ新中国の発掘により出土したのは龍山文化の黒陶高足杯と同様。洗練された造形感覚は素晴らしい。灰陶が多く、本品の如く研磨漆黒の品は少なく、特に喜ばれる。
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CK-029 CK-030

灰陶朱彩耳杯

緑釉豚舎
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 5cm× 横 14cm×11,5cm
● 価格 : \

杯の内面にはたっぷりと朱が塗られている。
当時湖南方面でしきりに作られていた木地彩漆の器に倣ったもの。外面を黒漆地とし、内面に朱を塗ったものの写し。
数枚の耳杯を収納する漆盆もあって「 ホウ」と呼ばれるが、この中に収納され且つ余程墓の保存状態も良かったところよりの出土品。

耳杯は戦国時代には幅広でやや深めに作られ耳が上向きに付き、時代が下がるにつれ長楕円となり、後漢末から六朝初期に至ると、上面に反りがつけられる。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 23,5cm×幅 23cm×奥行23,5cm
● 価格 : \ 300,000

銀化が極めて美しい状態。
立派な瓦屋根が葺かれ、堅固に造型された囲塀には矢来模様を刻んでいる圏内には豚が一匹と羊が2匹、そして正面扉におそらく飼をやろうとする人間が佇むのが珍しい。商品経済が浸透した前漢時代の半ばから、人口の大半を占める自営農民達の間に貧富の差が出始め、富める者は土地を買い占め没落した農民を使って荘園を営んだ。豊穣な田畑からあがる収益は、彼らの懐を潤わせ、邸宅付属としてこのように立派な豚舎も維持する事ができたのであろう。ほのぼのとした当時の暮らしを彷彿とさせる明器であって建築史上においても貴重資料。2000余年前のもの。
作り手が暮らした社会の情景が色鮮やかに浮かびあがってくる遺物といえよう。
豚は性質が従順で多産、尚且つ短期間で成長する為家畜として最もふるくから飼育されてきた。
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CK-027 CK-028

緑釉耳杯

灰陶耳杯
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 4cm× 横 13,5cm×幅 9,5cm
● 価格 : \

戦国時代になってこの形「羽觴」「耳杯」と通称された飯器が広く使われる事となり、唐時代まで継承された。玉・ガラス・漆・銀・銅・陶とあらゆる材質の品が作られる。緑釉をかけた耳杯は明器であって、所有物の代替品として副葬された。
戦国から漢時代にかけての数々の耳杯の遺例・種類の多さから、いかにこの器が当時の生活と密着し・普及したものであったかという事を物語っている。微妙に変化する銀化と緑との対比が美しい。
觴とは「さかずき」のことで、雀の形を写したところからきた名称と言われ、耳は羽と言うことになるが、これは酒杯を飛ばす、つまり「やりとり」をする義に起因する。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3,5cm× 幅 13cm
● 価格 : \

副葬品として作られた明器。
青銅器に同類品が知られるが、見込み部に陽刻で鳥の文様がくっきりと表わされる。器面に印文を刻す技法は春秋時代の灰釉陶器に始まる。

霊鳥である鳥は、魚を取る鷺の図を描いた新石器時代の加彩甕に始まって、漢時代にもまま見られる。大型は汁物を入れ、小型は酒杯として用いた。

※ 「彩画鳥魚石斧文甕」 新石器時代(仰韶文化)
  中国歴史博物館蔵
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CK-025 CK-026

緑釉貯水池

黒陶高脚杯
● 時代 : 東漢時代
● サイズ : 高さ 7cm× 横 25cm
● 価格 : \ 300,000

被葬者の明器として楼閣・井戸・豚舎等、緑釉陶で造られ生前の生活を復元した品が出土するが、貯水池は珍品。当時すでに水田を設け水産物を養殖していたと思われる。魚と貝が稚拙な手造りで貼付けられ楽しい情景としている。水田・農田に魚・蛙・亀等が表された品が1978年陝西省の墓より出土しているのが知られる。
明器は、被葬者の生前の生活の力を示すとともに、死後の世界にそっくりそのまま持ち込もうとしたのであろう。銀化が全体均一の美品。墳墓の中に、副室が設けられ明器の一群を副葬するようになるのは後漢後期。春秋時代の青銅器の水盤にも池の様子が表現され、立体的な水鳥が浮かび、魚が泳ぎ、蛙・イモリまで浮き彫りで表現され、水を張ると池となる品が知られる。
● 時代 : 新石器時代(BC4100〜2300)
● サイズ : 高さ 22cm
● 価格 : \

大モン口文化。山東省出土。
器胎は卵のように薄く、漆黒を呈する。黒陶のこうした器は大モン口文化期に始まり山東龍山文化期に発達した。
白陶でも同様な器が作られ、いずれも精製された素地で、日常の生活器というより祭祀のため用いられたもの。胎の厚さは1〜2ミリ程で極めて薄く、器壁もほぼ均一のこのような洗練された造型感覚には驚く。海外では「エッグシェル・ポタリー」と呼ばれる。

高脚上の七宝文を連ねた素朴な透孔を5列配したデザインも4〜5千年前の作品とは思えない魅力的な造型。
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CK-023 CK-024

加彩駱駝俑

青磁壷
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 23cm× 径 23cm
● 価格 : \

唐代には長途の出行の用に欠かせぬものとして、鞍馬とともに数多くの駱駝の像が作られた。
長い睫の下にある半眼の形、良く開閉する鼻孔、砂に沈まぬ軟らかい足など砂漠に適した特徴を捉える観察力、鞍上に乗せられた鳥、兔、芝垣等の写実的造型力は見事と言う他ない。
駱駝に施された暗褐色と鞍の白泥色の対比も美しく寸法的にも愛玩に足る大きさが好ましい。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 5,5cm
● 価格 : \ 40,000

青銅器の鐘を写した灰釉陶器、ミニチュア。力強く膨らんだ胴部と下部に広がるバチの形の高台が小品乍ら、力強く魅力有る。
胎は白色の精良な素地で、全体赤褐色に発色。

漢代の灰釉壷は江蘇・浙江地方が最も多く、前漢後半より後漢前期が中心。原始美術としての力強さや逞しさに溢れているだけでなく、後世の美の源流となっている。
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CK-021 CK-022

双獣樹木文瓦当

饕餮文半瓦当
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 7cm× 径 13cm
● 価格 : \

生命樹下、双獣がシンメトリーに陽刻される。典型的な戦国時代のいわゆる半瓦当。この時代は宮殿をはじめとする大建築のみに瓦は用いられていた。かつて漢時代の円瓦当と共に、発掘品も少なく、貴重なものであったが、近年出土するよ うになった。漢時代のものは十字で4区に区分けしたなかに、動物・文字文を配し、高句麗の瓦に影響を与えた。古代瓦は収集アイテムの一つとなっている。山 東省斉国の出土品。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 10,5cm× 径 21cm
● 価格 : \

中国の屋根瓦は凹曲した瓦と凸曲した瓦を交互に組み合わせて葺かれるが、その凸曲した筒瓦の先端を瓦当という。日本の軒丸瓦に相当する。

この時代の瓦当には、双獣文・ 饕餮の面が表され、屋内をめでたい所とするとともに、辟邪の意味がこめられていた。この形式の饕餮文瓦は河北省、燕の都址から発見されている。春秋初期に200前後あった国家が戦国時代には僅か7ヶ国となり、燕もその一つ。
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CK-019 CK-020

緑釉井戸

灰釉双耳壷
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 25cm× 径18cm
● 価格 : \

当時の生活を彷彿とさせる建物の中でも井戸は多様な造型があり楽しい。鈞瓶が井戸枠に来る。本品の素晴らしさは緑釉の見事な釉色。今窯からあがったばかりの状態で美しい。我国では花写りが良いので花生けとして好まれる。
墓葬を華やかに演出する後漢時代の作品。欧米では本品のようなキューカンバーグリーン、いわゆる「胡瓜緑」が絶対的に好まれる。底面は露胎で漢時代緑釉器特有の紅褐色。下のCK-018の 緑釉獣環耳壷と同室墓より出土。
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

この手の灰釉双耳壷は大きな品が多く小品は稀少で特に望まれる。副葬品として 多く出土するが実用の生活器としてかなり用いられた可能性が有る。
釉薬の見事 な幾筋もの流れ釉は意識的に計算された美意識の基に造られている事がわかると共に高温に固く焼締まった赤膚に美しく映える。造型の締まりも漢時代に相応し い厳しさを持ち、愛玩に足る美品である。
同時代の代表的「緑釉壷」とは又違った 魅力を放ち日本の3〜4世紀に造られて好者に喜ばれる須恵器と共通する日本人 好みの味わいが有る。
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CK-017 CK-018

緑釉羊圏

緑釉獣環耳壷
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 22cm× 径21cm
● 価格 : \

飼育小屋に鴨3匹、羊1匹。普通猪が多い中珍しい取り合わせ。当時の生活の暮らしを具体的に彷彿とさせる楽しさが有る。
猪圏、鶏舎、鴨池など、いずれも地主など農事にかかわった人の墓に埋納された明器。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 49cm× 径 42cm
● 価格 : \

戦国時代、鉛釉陶を生み出した中国陶磁器は色彩豊かな焼物を造り出した。前漢時代後期、鉛釉陶器は著しい発展を見せ、後漢時代墓室への副葬品として主に生産された明器はいわゆる仮器であり、銅器や漆器の実用の器を焼物に写したもので、この壷は青銅の鐘を写したもの。
風化による銀化は殆ど見られず、鮮烈な緑釉が極めて美しく当時の技術の高さを示すと共にこれ程の大きさの品は初見。突起筋文、櫛目文。大きく貼り付けられた鬼面も一層の魅力を増している。
香港有名収蔵家放出品。
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CK-015 CK-016

緑釉耳杯

緑釉猪圏
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 4cm× 幅 14.cm×奥行11cm
● 価格 : \

口縁の両側に耳がついていることから日本では一般に耳杯と呼んでいるが、中国では羽觴という名称も残る。「觴」とはさかずきのことで、雀の形を写したところからきた名称と言われ、つまり耳は羽と言うことになるがこれは酒杯を飛ばす、つまりやり取りをする義に起因する。もとは金属器や漆器にあり緑釉陶は墳墓に副葬するものとして作られた。薄く褐釉を掛け上に緑釉を高台裏まで全面に流す上手品。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 23cm× 径 22cm
● 価格 : \

豚や羊は粗食に耐え、人間の排出物をも処理してくれるので、飼育小屋は厠に接して作られた。華北は土地が乾燥し、雨も少ないので屋根は無く、一隅に廂をつけるだけ。然し多雨地域の華南では高床(住居の床下を全て猪圏としている。
漢の高祖の妾であった呂太后が、正妻の手足を切って厠に置き豚女と称したのもこうした猪圏の様式から生れた。人が死ぬと冥土で地上と同じ生活をすると思い明器というミニチュアの家や井戸、家具などを土偶にして副葬した。
奔放な成形法であるが、神経の細かな造りが漢の緑釉のみが持つ時代の味わいを秘めており、銀化状態は素晴らしく見事という他は無い。番犬がいるのも珍しい。壷・瓶などに無い魅力がある。
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CK-013 CK-014

褐釉鴟きょう

加彩壷
● 時代 : 前漢〜後漢時代初期
● サイズ : 高さ 20,5cm× 幅 7,5.cm
● 価格 : \

鴟きょうは殷代の青銅器にすでに見られ、その姿は特別の意味を持った。鴟きょうの祖型は梟で、暗闇の中を自在に飛び回るところから神格化された。首と胴体が別々になり胴体は容器となる尊型も有るが、本品は鴟きょうそのままの姿。
漢代の墓葬に欠くことのできない副葬品だった。本品は古い時期の墓葬に多い褐釉がたっぷりとかかり、また珍しい事に戦前からの伝世品で一味違う。単純化した造り乍ら、力強い古代彫刻の魅力を持つ。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 40cm× 径 31.cm
● 価格 : \ 問い合わせ

漢代の加彩陶器の画題は神仙図が多いが、本品は弓を射る馬上人物・神獣が前後に大きく薄朱・紫・黄色・で描かれ雲気が全体を取り巻いている、極めて大型の壷。これほどの加彩壷が残存するには墓室での状況が余程好条件でないと残らない貴重なもの。前漢時代の壁画墓の画題と共通していることが興味深い。
青銅器を模し鐘といわれる緑釉壷と同形状。華北の加彩陶器のモデルが青銅器、華南のそれは漆器であったと考えられており、馬王堆からは多くの加彩陶器が出土し世界の注目を集めた。
加彩陶器は葬儀の為、特に用いられた祭具と考えられる。
● 別角度画像 → 後姿 斜視 底部 ● 別角度画像 → 後側 底部

CK-011 CK-012

黒陶高脚杯

灰陶しきょう土器
● 時代 : 新石器時代後期
● サイズ : 高さ 19cm× 口径 7.cm
● 価格 : \

龍山文化。黒色磨研土器の代表的器形であるワイングラス形。上部の杯部と下部の脚部を別々にロクロ引きして結合。厚さは、0,5〜1,0ミリメートル前後で極めて薄く、卵殻土器ともいわれる。薄い黒陶は欠け易く、割れ易いので素地上に細かな粘土を用い、低温度でよく焼き締めるよう工夫されている。脚部のすかし模様、全体の造型は洗練された感覚を示す。
● 時代 : 新石器時代後期
● サイズ : 高さ 24cm× 口径 10.cm
● 価格 : \

胴部の櫛目が力強く、おおぶりながら、造形力の確かさが魅力。日本の土偶に通じるものが有る。馬家窯文化馬廠類型。「しきょう」とは、フクロウ・ミミズクの類を指す。肉食で性格が猛々しい事をもって悪を制しうるという観念から造られたと思われる。漢代になるとフクロウ形の容器が墓に埋められ、棺にも描かれていることから、冥界において死者を守ると考えられていたのであろう。土は暗灰色。BC2000年頃の品なのでほぼ4000年前となる。
● 別角度画像 → 底部 ● 別角度画像 → 後姿 底部

CK-009 CK-010

青磁豚圏

灰陶農舎
● 時代 :西晋時代
● サイズ : 高さ 3cm× 径 16.cm
● 価格 : \ 150,000

越州窯製。二匹の子豚と親豚の三匹が皿上に。越州窯で盛んにこの時代造られた、犬・豚 ・などの明器。陶工の楽しんで造った自由な世界が楽しい。鉄班が飛ぶ上手作。
● 時代 :漢時代
● サイズ : 高さ 19cm× 横32cm× 奥行24cm
● 価格 : \

後漢時代多く造られた豪族の農舎の明器、素焼き。中には子豚が親豚に添乳。周りには人・犬・鳥などにぎやかで楽しい。動物類は全て外れる。緑釉でも造られている。

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CK-007 CK-008

灰釉双耳壷

緑釉獣環貼文壷
● 時代 :前漢時代
● サイズ : 高さ 30cm
● 価格 : \

扇の突状内は龍が勢い強く刻されている。灰釉がバランス良くかけられ力強い。造形力は前漢時代独特のもので、青磁釉の始まりといえる。花写りが良く花器となる寸法。
● 時代 :後漢時代
● サイズ : 高さ 28cm
● 価格 : \ 250,000

両側の鬼面、肩部の虎。珍獣は肉厚の貼り付け。印刻。狩猟文は普通に見られるが、動物文だけは珍品図柄。内側も黄釉、高台内も総釉で上手品。山東省出土の独特の品。

CK-005 CK-006

彩陶魚文瓶

白陶れき
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 19cm× 胴径 15cm
● 価格 : \

仰韶文化。墨彩で胴一回り鮮やかに大きく描かれた魚が紅陶地に映え美しい。この魚文は、盆には有るが瓶は希少。魚、人面魚は初期彩陶に多く描かれる。
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 27cm× 胴径 27cm
● 価格 : \ 180,000

山東省黄河下流域諸山、大文口文化に特徴的な器形。把てのねじりが全体の造型を一層引き締めている。花生けに使うと楽しい。水を沸かす容器として用いられた。

CK-003 CK-004

彩陶手付片口瓶

双耳土器
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \

渦文が黒赤色顔料で描かれる。半山類型の彩陶は器形もよく整っていて魅力的である。
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 11,5cm× 径 10cm
● 価格 : \

ギリシャ的器型で双耳の形・土色も美しい。4000年余前。斉家文化。

CK-001 CK-002

木菟土器

黒陶杯
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 15cm
● 価格 : \

木菟の特徴を捉えた4000年余前の土器。単純化された素朴な表情が楽しい。斎家文化。
● 時代 :新石器時代
● サイズ : 高さ 11,5cm× 径 10,5.cm
● 価格 : \

龍山文化。山東省出土。
器胎は卵の殻のように軽く薄い漆黒。祭祀用といわれている。下胴部は透かしが見事。この手の黒陶はここ20年来中国発掘での新資料。
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