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CK-089

緑釉犬
● 時代 : 後漢時代(1〜3世紀)
● サイズ : 高 22.5cm × 横 32cm×奥行 14cm
● 価格 : \ 問い合わせ

生まれたばかりの子犬を銜える妊娠犬を表わす。体表には箆刻みが施される。漢代の壁画の中には、馬や羊などと一緒に犬が描かれていることが多く、家畜として用いられた。全体に薄く緑釉が掛けられている。

参照本 : 平凡社版 中国の陶磁@ 古代の土器
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CK-087 CK-088

黒陶重圏文蛋形壺

彩陶人頭双耳壺
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高 42cm × 横 46cm×奥行 32cm
● 価格 : \ 問い合わせ

繭形壺は秦と前漢初期にかなり流行した。その器形は口が小さく、頸は短く、腹部は横向きの楕円形を呈し、下に圏足が付いている。朱と白色で雲気文を描いた彩陶・灰陶が多く、黒陶は稀少。
2本の筋文を均等に巡らし、全体を光沢が出るほどに磨いてあり、漆黒を呈する。新石器時代に登場した黒陶は主流にこそならなかったが、脈々と引き継がれてきた。その光沢と風合いには威厳があり、青銅器が衰退した時代にもその色や器形を参照した陶磁器が多く作られた。青銅器という精神文化は伏流水のように中国歴代の工芸に影響を与え続けた。
本品は酒を蓄える容器で、礼器か。一説には城の周囲の土中にこの壺をたくさん埋め、壺に反響する音で敵が攻めてきたことを察知するいわゆる「地聴」の道具だとするものがある。
台北故宮博物館に青銅器を模して壺の胴体に長い乾隆帝の題識が刻み込まれた同品が知られる。。出光美術館に類品納入。
● 時代 : 新石器時代(前3000〜前2000年)
● サイズ : 高 35cm × 胴径 33cm
● 価格 : \ 問い合わせ

人頭形の蓋を伴なった彩陶壺。身と蓋との合い口部分は鋸歯形に切っている。蓋は人面を正面に配し、顔の左右には耳を取り付けている。蓋と身の文様は連続しており、成形時に蓋と身を一緒に施文し、その後切り離し、別々に焼成したもの。
身の胴下半部には幅広の把手が左右に付いている。かってこのような人頭形の蓋を伴なった彩陶壺は遺例がほとんどなかったもの。

参照本 : 出光美術館 館蔵名品展 第2集
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CK-085 CK-086

黒陶鷹形鼎

黒陶高脚杯
● 時代 : 新石器時代(龍山文化)
● サイズ : 高 14cm × 横 13cm×奥行 10cm
● 価格 : \ 230,000

鋭い嘴、大きく見開いた眼、大地に踏ん張った逞しい脚、生命力に溢れた造形。
これに先立つ仰韶文化廟底溝期(約5000年前)の大型品が知られる。(参照:CK-060)。
器底は卵の殻のように薄く、漆黒を呈する。

参照本 : 平凡社版 中国陶磁@ 古代の土器
● 時代 : 新石器時代(龍山文化)
● サイズ : 高 21cm × 口径 8.2cm
● 価格 : \

全体の器壁は1.5ミリ以下にまで削られ、卵の殻のように薄く軽い。山東省の龍山文化は、かって「黒陶文化」と呼ばれた。漆を塗ったかのように艶ややかな黒陶は、正しく山東龍山文化を代表する土器である。還元焔焼成時の最終段階において、燻しながら炭素を土器に浸透させることで、器壁の芯まで漆黒に発色できる。轆轤回転と還元焔焼成を駆使して作られた龍山文化の黒陶は、中国の土器作りの歴史上、間違いなく頂点であった。
日本では縄文土器が作られていた時代、中国では均整のとれたシンプルで優美な器形と美しい色が追求されていたことがわかる。しかし前200年頃、龍山文化が終焉を迎えると黒陶も急激に衰退し、やがて消失した。
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CK-083 CK-084

彩陶旋渦文罎

黒陶羊形壺
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高 22cm × 胴径 16.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

馬家窯文化・半山類型。
4組の連結した渦巻文が主文様として描かれる。こうした連結する渦巻文は原始社会の人々が黄河の激流を表現しているかのようである。よく磨かれ全面に光沢があり、文様は流れるように淀みなく艶やか。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 22.5cm × 横 38cm×奥行 16cm
● 価格 : \ 問い合わせ

羊が寝そべる形状を円筒形胴と背上に突出る円筒とで形成する。酒祀用の酒器と考えられる。新石器時代の大モン口文化期には鳥や獣の形の土器が見られ、また西アジアの新石器時代の土器にも鳥型や瘤牛型のものが有り、これは牧畜の発展と何らかのかかわりがあるのであろう。

参照 : CK-067
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CK-081 CK-082

黒陶双耳壺

灰陶獣足円硯
● 時代 : 前漢時代(BC500〜AD100)
● サイズ : 高 33.5cm × 横 38cm×28cm
● 価格 : \ 問い合わせ

ギリシャの黒陶壺を思わせる形。球形の胴の四面に円形の窪みを付け、把手は胴の曲面からそのまま伸びて菱形の口の左右に取り付いている。口頸部には櫛描き文が施される。さらに把手に2個づつ円形、中央部に一個づつの突円形鍍金を、正面稜線中央部に表裏一個の乳頭形鍍金金具を貼り付け、口内縁部は朱彩を施す。この作品の最上手品で遺品は稀少。この形の黒陶壺は四川省の漢墓からのみ出土し、四川省理番県を基準遺跡とした理番文化の特徴的な黒陶。発掘者によれば、地下2〜3メートルの箱式棺からオルドス青銅器・漢の土器などと伴出するという。卵殻黒陶高足杯とともに中国陶磁愛好家が入手、渇望したのはつい20年余前のこと。理番は成都の北方100Kの地点。理番文化を残した人々が葬法から非中国人であって、生活の基礎は中国の影響を受けて農耕におきながら、中央アジアに繋がる土着の文化を保持し続けた中国辺境民族の一つであったことがわかる。
1920年頃から盗掘が行われた成都の西北・雑谷江の渓谷は、今回の大地震で壊滅的被害を受けたであろう。

参照 : CK-032
参照本 : 平凡社版 中国の陶磁@ 古代の土器
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 15cm × 横 21cm
● 価格 : \ 70,000

石製実用硯を倣した明器。乳頭型被蓋には玉取龍を、身部は団花鳳凰文を貼花し、3足の熊足が付く灰陶硯。

参照 : WS-074CK-080
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CK-079 CK-080

黒陶れき

灰陶加彩円面硯
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高 19cm × 横 14.5cm×9.5cm
● 価格 : \

龍山文化。
嘴状の注口、紐状太い把手が付き、袋型の短い脚が3本付く。獣形を思わせる形。突状線・円鋲状小突起が装飾される。器壁は薄く作られており、水や酒を温めるのには熱効率の良い、実用性の高いものといえよう。皮革製品の写しと考えられる。
黒陶のこうした器は、大モン口文化期に始まり、山東龍山文化期に発達した。白陶でも同様な器が作られているこの形状は、龍山文化期の特徴をよく示すものといえよう。漆黒色の器色は、すでに窯に入れてかなりの高温で、かつ還元焔で焼成する技術が獲得されていたことを示している。

参照 : CK-006
参照本 : 世界陶磁全集I 中国古代
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 6cm × 径 16cm
● 価格 : \ 80,000

全体に白泥が塗られ、朱彩を施された三足の熊で支えられる。

参照 : CK-050
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CK-077 CK-078

陶胎彩漆壺

黒陶高脚杯
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 19.5cm × 胴径 15cm
● 価格 : \ 250,000

灰陶壺全面に黒漆を厚く塗り、朱・緑色漆で装飾する。頸部の雲文胴部中央の鹿と瑞雲文を主要文様とする。殷周の漆器における朱・褐・黒色の3種の色とする基礎上、黄・緑・青・白・金・銀などの色が加わった戦国時代は、その図案の模様の一層多様化。芸術性の高い漆絵が造られた。古代の人々は赤・黄・青・黒・白を「五色」と呼び、色とりどりの世界は全てのこ五種類の色の変化によるものであると考えた。

参照 : DK-391DK-343WS-101WS-087WS-082WS-077
● 時代 : 新石器時代(大モン口文化、前30〜25世紀)
● サイズ : 高 21.5cm × 口径 8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

金属器を思わせる鋭い器形で、黒光りする肌の黒色土器。極めて薄い器壁で杯の口縁は緩やかに外反し、中央部の突状部を含む3段の脚部を持つ。脚部には円形・葉形の透かし窓が開けられている。成形は器を回転させて行われており、漆黒色の器色はすでに窯に入れてかなりの高温、かつ還元焔で焼成する技術が獲得されていたことを示している。
大モン口文化の遺跡は山東省から江蘇省北部で発見され、新石器時代最晩期の龍山文化に先行する文化。

参照 : CK-051CK-052
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CK-075 CK-076

緑釉酒尊

灰釉耳杯
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 23.5cm × 胴径 19.3cm
● 価格 : \ 80,000

蓋が博山形になった酒尊。円筒形の器の側面には獣環や神像・走獣などが浮彫りで表わされる。3足の熊足で支える。円形の青銅製の酒尊を写した倣銅陶器。後漢時代の鉛釉陶器はこうした青銅器の写しや人物・家屋などを象ったものが殆どで墓葬を華やかに演出している。緑釉の変化も少なく往時のままの色を保っている。我国では従来土中変化の銀化したものを好み、一段上に賞玩してきたが、近年は世界の趨勢でキューカンバーグリーンが好まれるようになっている。実用器としては銅器や漆器などで造られ、鏡・白粉・紅・櫛・刷毛などを入れる小箱が組み込まれたものが一般的。漆器では食物を入れたものもある。つい20年余前まで漢緑釉の我国将来品は銀化作品が殆どであって、キューカンバーグリーン作品を中国から運び込むと、本物と信じてもらえない時期もあった。

参照 : CK-049DK-217DK-419
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 3.8cm × 横 8.7cm×奥行 7cm
● 価格 : \

越州窯系。
前漢代に停滞を見せた灰釉陶器も、前漢後期から後漢に再びその生産は復活する。長辺に耳形の把手が付いた酒杯の実用器。漆器が主であるが、玉器・銅器などにもその形はある。剽げた何となく愛敬の有る形をしている。中国で最も早い正真正銘の磁器(越州窯青磁)が後漢時代誕生した。古くは羽觴と呼ばれた。

参照 : CK-029CK-028CK-027
参照本 : 平凡社版 中国の陶磁@ 古代の土器
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CK-073

CK-074


彩陶双耳壺

黒陶獣形器
● 時代 : 新石器時代馬家窯類型(前26〜前23世紀)
● サイズ : 高 14.5cm × 胴径 16cm×奥行 13.5cm
● 価格 : \

手を広げた人形文と円圏の中に斜方格文を黒・褐彩で描く。中国の土器が8千年前に遡るのに対して、我国の縄文土器は1万2千年前に発生していた可能性があるが、その後の両国の陶磁史は常に我国が中国の影響下にあった。
● 時代 : 新石器時代(BC4100〜2300)
● サイズ : 高さ 12cm × 横 18cm×奥行 9cm
● 価格 : \ 180,000

山東龍山文化。
踏ん張った三足で、胴面三ヶ所に紐穴が付き、大きく口を開ける豚に似た獣の注水器。よく磨いてあり薄く精良に作り上げている。安定した造りで力強い。商西周時代の礼楽の器である青銅彜器の用水・酒器である「(い)」の原型といえる。
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CK-071

CK-072


灰釉鴟きょう形容器

白陶キ
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 26cm × 横 21.5cm×奥行 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

参照 : CK-059
● 時代 : 新石器時代(大モン口文化)
● サイズ : 高さ 16.5cm × 横 15.5cm×14cm
● 価格 : \ 問い合わせ

山東省大モン口文化後期の典型的な土器。白陶はカオリン土を用い、還元炎で焼成される。算盤玉形の胴には袋形の短い脚が3本付き、注口は嘴形で把手は太い紐状となっている。器壁は薄く作られており、水や酒を温めるには熱効率の良い実用性の高いものといえる。全体の器形はなんとも可愛らしい印象を与える。
白い発色は、鉄分の含有量が少ないカオリン土などを焼成することで得られる。後世の白磁もカオリンを素地として用いたが、白陶は無釉で焼成温度が低く器表が焼結しない点、技術的に白磁と大きな隔たりがある。

参照 : DK-131CK-033
参照本 : 悠久の美 中国国家博物館名品展
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CK-069

CK-070


緑釉壺

緑釉熊足倉
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 11cm × 胴径 13.7cm
● 価格 : \

漢代の鉛釉陶器のほとんどは墓葬の副葬用品として製作され、実用器としての製作はなかった。酸化銅を呈色剤とする緑釉は青銅器を倣した陶器に金属的な質感を求めたと考えられる。幾分銀化しているが、往時の鮮やかな緑色。重ね焼きした三箇所づつの目跡が口縁・高台に見られる。

参照 : CK-008CK-018
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 24cm × 径 22cm
● 価格 : \ 問い合わせ

倉庫を表現したもので、圏鈕のある傘形蓋が付く。頂部から蓋のへりまで傘形状の瓦葺屋根が突起している。倉体は筒形で、平底を三本の熊足が支えている。器全体に深翠緑釉がかかっており、絢爛たる光彩を放っている。この種の緑釉は前漢時代に現れたが、後漢に入ってから盛んに焼成されるようになった。銅を含んだ鉛釉料であり、摂氏800度の酸化焔焼成で、呈色した低温釉。欧米では喜ばれるキューカンバーグリーン(きゅうりの緑)。
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CK-067

CK-068


黒陶羊形壺

木菟土器
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 26cm × 横 30cm×奥行 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

円筒形の胴に4足が付き、口を大きく開け注口となる酒器。頭上と目は円形に穿たれ、大きな耳が付けられている。実用器であり、また芸術品である。
山東省大ブン口文化の卵殻陶を源流とする黒陶。
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 15cm × 横 9cm×奥行 10cm
● 価格 : \

斎家文化。

参照 : CK-001
参照本 : 紀元前中国陶瓷
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CK-065 CK-066

騎馬人物俑

灰釉鳥鈕香炉
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 29.5cm × 横 24cm×奥行 12.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

馬に乗った人物(恐らく子供)が馬の鬣を握っている。鞍は有るが鐙は無く、造りは稚拙で素朴。
緑釉は900℃程でガラス化する低火度鉛釉であり、墓中で雲母のように層状に変化しやすく、層の間に空気が入って銀色となる。全体均一の銀化が美しい。後漢時代になると貴族や将軍たちの墓に陶俑を副葬する風習は、陶塑芸術に大きな影響を与え、このため題材は広がりを持ち、この世の現実生活を反映させることに一層の重きが置かれるようになった。こうした中で井戸や豚小屋などを始めとする現実生活の全てが陶塑の題材となり、当時の社会生活や各層の生活の一齣が表現され我々の眼を楽しませてくれている。
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 11.5cm × 径 12.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鉄分を含んだ素地を高火度で焼成。表面の素地が赤褐色に焦げ、蓋部には灰釉が掛かる。博山を表しているのであろう。蓋部は大胆に葉脈も刻された二重蓮弁が刻され、鳥鈕との間に香煙が出る透かしが施される。受台身部と合口裾部には帯状に菱文が印刻される。戦国時代に至って、生活水準の向上により、未だ上層の人々に限られたことではあるが、座右に置き身辺を照らす灯火器と共に、香炉の遺品が俄かに増えた。これに焚く香は漢の特産の絹などと交換に、遥か西方から輸入されたもの。漢代の博山炉は銅器や緑釉陶が大部分で、灰釉陶例は稀少。

参照 : DK-209
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CK-063 CK-064

彩陶双耳壺

雲気文瓦当
● 時代 : 新石器時代馬家窯類型(前26〜前23世紀)
● サイズ : 高 16.5cm × 径 15.5cm×奥行 18.5cm
● 価格 : \ 150,000

半山類型。
仰韶文化は始め中原地域で発達するが、やがて今の甘粛省方面にも波及する。半山類型は馬家窯文化の一つの類型。黒・紅の2彩で、斜格子文・鋸歯文の弧線を描き、極めて斬新な意匠となっている。明るい褐色の胎土を用いている。彩陶が最初に日本に持ち込まれだした1950年後半当時、家一軒分の価格だった品が、その後大量発堀のせいで驚く程の低価格となった。
● 時代 : 前漢時代(紀元前2〜1世紀)
● サイズ : 径 14.5cm × 厚み 1.5cm
● 価格

漢時代には円を直交する線で四分割し、その中にアルファベットのCやJのような形の雲気文を配した軒丸瓦が広く用いられた。こうした屋根瓦を用いることによって天地の気が調和し、国家と人民によって幸せが齎されることを願った。瓦は中国では西周時代(前1100頃〜771)から今日に至るまで作られ続けている。
同品は始皇帝陵からも出土しており、裏面には「昭和53年4月15日 兵馬俑坑ニテ 秦阿房宮瓦」と朱書き。著名な中国文学者 上村幸次氏旧蔵。

参照本 : 秦の始皇帝とその時代
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CK-061 CK-062

黒陶馬

朱雀文瓦当
● 時代 : 前漢時代(紀元前3〜1世紀)
● サイズ : 高 42cm × 横 47cm×奥行 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

首と顔は一体に作るが、首と身体とは柄穴で繋ぐ、堂々たる身体つきの馬。陶胎でこのように動物や器物を作り墓に副葬する例は秦の始皇帝の兵馬俑が著名であるが、その等身大の俑はその一時だけで姿を消し、以後は小型化して存続する。本形態馬の灰陶加彩はまま見られるが、黒陶は貴重な例。大モン口文化期に始まり、山東龍山文化期に発達した黒陶は焼成時、窯の中の還元効果を利用して炭素を器胎の中に吸収させることで堅牢なやきものとなる。四足の付くべき身体部にも柄穴があき、もともとは四本の足もあったわけである。同形の小型品は首も一体で作られている。

参照本 : 中国陶磁名品図録 戸栗美術館

 

● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 径 16cm × 厚み 2.2cm
● 価格 : \

中国古来の四方の神。東の青竜・西の白虎・北の玄武(亀と蛇が絡み合ったもの)・南の朱雀(鳳凰)の四方を象徴する動物を言う。朱雀は鳳凰に似ており、実際上は孔雀とされる。
四方の正座を動物に見立て、それに古代中国の物質論・宇宙観である五行思想の色を配した観念とされる。戦国〜前漢時代に成立し、後漢にかけて流行した。鏡・画像石・セン・瓦当・墓誌・古墳画などのモティーフに用いられ、六朝〜隋唐時代以後、朝鮮半島・日本に及んだ。画像瓦当は四神瓦が代表的であるが、他に鹿や馬の動物から魚や蛙など様々有る。建物に悪霊や不祥が入り込むのを防ぐ辟邪の役割を担わせた。
黒くなっているのは窯の中の還元効果を利用し、炭素を気体の中に吸収させることで堅牢となる。漢代の瓦当の特徴は、中央に大きな円柱があり、辺輪は幅広く整然としている。

 

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CK-059 CK-060

灰釉鴟きょう形容器

黒陶鷹形尊
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 27.5cm × 胴径 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

身の胴部には前後には鳳凰が、左右下には足が貼花され、体表には箆による羽毛が刻される。蓋部は鋭い嘴を持つ頭部となる。合口部上下には弦文が数線施されている。全面にたっぷり灰釉が施され美しい。
自然釉に始まる灰釉は後漢時代には浙江省の北部を中心とする越州窯で青磁という美しい釉薬として先ず完成される。鴟きょうは梟を祖形にした空想の怪鳥で商や西周の青銅器のモチーフにも使われれている。中国美術品の圧倒的多数は墓で発見されている。立派な墓を作り、そこに多くの器物を供えることが中国の伝統であり、死生観である。そうしないと死者の魂が生者の禍をもたらすという観念が新石器時代以来、常に存在することによって、常に美しいものが大量に必要とされた。そのお陰で今の我々はかような美しき品を見ることができるといえよう。

参照 : CK-046

● 時代 : 新石器時代(仰韶文化)
● サイズ : 高 28cm × 横 30cm×奥行 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

イヌワシを模した鋭い嘴、大きく見開いた目、大地に踏ん張った逞しい脚、実に生命力溢れた見事な造形の酒を入れた器。黒陶は龍山文化を代表する土器として名高く、本品は初期の作品。丸々と愛らしいフォルムは思わず手にとって見たくなるような作品である。三本足で立つことから太陽を象徴する三足烏の先蹤とする見方もある。今まで唯一、中国国家博物館の著名な同品は、仰韶文化廟底満期(約5000年前)の女性の墓に副葬されていたことが知られており、その女性が集団の中で特別な地位にあった被葬者のものと考えられており、本品も同様であろう。
5000年余前の作品とはおよそ考えられないデザインといえよう。日本での展覧は幾度かされ、いつも展覧会の人気作品。

参照 : CK-047
参照本 :
平凡社版 中国の陶磁@ 古代の土器
世界陶磁全集I 中国古代
中国 美の粋 中国歴史博物館名品展

● 別角度画像 → 後・側面蓋部底面 ● 別角度画像 → 後面拡大内部底部正面

CK-057 CK-058

灰釉鏤空長頸瓶

彩陶双耳壺
● 時代 : 後漢時代(AD1世紀)
● サイズ : 高 22.5cm × 胴径 15.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

肩部の左右には鬼面を貼花、肩部・胴部の間を山形状に透かし彫りする長頸瓶。鬼面部には波状文を、山形透かし彫り部には3本の堆線を、下部には縦線を櫛目で施し、灰釉をかけている。鏤空の刻みは鏨の刃を斜めに入れ力強い。類品を見ない形状。
原始青磁、我国でいう灰釉の磁器は殷時代に始まり、春秋戦国時代になると長江流域ならびに南中国で広く焼造されるようになる。なかでも浙江省一帯では製作の灰釉が焼造されその技術、櫛歯状の道具を使って表わされる模様は、やがて起こる六朝の越磁に受け継がれていく。
● 時代 : 新石器時代仰韶文化馬家窯類型
  (BC5000〜2500年頃)
● サイズ : 高 21cm × 胴径 16cm ×奥行 13.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胴部に鋸歯状の突帯飾りのある把手が付く。文様は頸部と胴部に分かれ、頸部は水玉模様を巡らす部分と数条の平行線文で、胴部には中心に天を配する円形を主軸に渦巻く文様が器身全体に描かれている。この種の文様は馬家窯類型の彩陶に盛行したもの。

参照本 : 世界陶磁全集・10 中国古代
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CK-055 CK-056

彩陶手付杯

彩陶壺
● 時代 : 新石器時代甘粛仰韶文化馬家窯類型
  (BC5000〜2500年頃)
● サイズ : 高 24cm × 横 21cm ×奥行 16.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

頸部がやや細くなるが、全体としては筒状の器身をしており、今日のビールジョッキ形を呈している。把手の上端は突出し、円孔があけられている。胴部下方の前面には先端に顔を描いた人面を付けた円鈕状の小突起が付いている。胴部は格子文・菱形状文・鋸状文が、口縁から頸部にかけては格子文、口縁内側にも波状文が描かれる。彩陶は正確には彩文土器と呼ぶべきであるが、中国には土器の名称が無く陶器(彩陶)とされる。
● 時代 : 新石器時代仰韶文化馬家窯類型
  (BC5000〜2500年頃)
● サイズ : 高 20.5cm × 横 15.5cm ×奥行 13.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

中国では前1万年ぐらいから農耕が始まり、土器を造る様になっていた。そして前1600年頃には青銅器が登場するまで、5000年間ほど続いた新石器時代に彩陶や黒陶などの土器の文化が花開く。土器の表面には顔料で絵付けをして焼き上げたもので、前5000年から前2500年頃にかけて盛んに造られた。すでに轆轤の技術によって均整のとれた器体をつくり上げ、ダイナミックな文様を描いて表面を美しく磨き上げることをしていた河南省の仰韶文化は彩陶文化の代表的存在。それ以外にも紅山文化や大モン口文化など、地方ごとに独特の彩陶文化が展開していた。様々な文化の名が交錯するのは、中国が古代から地方色豊かであったことを示している。
ただし古代人はこうした彩陶を日用品として日常的に使っていたわけではなく、普段の生活では無文の土器を使用し、彩陶はあくまで副葬品や祭祀用であった。その不思議な文様群は単なるデザインとしてみても充分に魅力的ではあるが、むしろ天や神・太陽や光・豊穣と繁栄・死者の平安と永生といった聖なる物に係る表象として見るもの。
胴部には鋸歯状の突帯飾りのある把手が付く、良質な胎土を用いた紅陶の壺。繁縟な中にも馬家型特有の軽快さと奔放さが看取される文様。
● 別角度画像 → 側面後側拡大底面 ● 別角度画像 → 側面後側拡大底面

CK-053 CK-054

褐釉人物騎馬

彩陶裸体双性浮彫壺
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高 22.5cm × 横 26cm ×奥行 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

片足を上げ、嘶く姿態の背に抑えようとする長衣を着た人物が乗る。酸化鉄を呈色剤にすると褐色に発色し、褐釉が古く、緑釉は新しいと考えられている。青銅器写しの陶器が多く、本作品のような当時の生活風俗を写した品は稀少。
後漢時代の鉛釉陶器は、緑釉・褐釉の人物・家屋などで墓葬を華やかに演出している。上げた足が中央部で折損。
● 時代 : 新石器時代・馬家窯文化期(BC2500年頃)
● サイズ : 高 46cm × 横 26cm
● 価格 : \ 問い合わせ

全体に赤絵具で塗り、首部には人面を胴に女性器持つ人体装飾文を貼付けで飾る。男女両性複合体を表現する。日常の生活用の土器ではなく、副葬の為に特に用いられた作品。中国で初めて彩陶が発見されたのは、1923年J・G・アンダーソンによって河南省仰韶村においてであった。オリエントにおける彩陶の盛行を知った彼が中国への伝播経路を求めて黄河を上流に遡り、西方甘粛省への調査旅行に旅立ったのは当然といえよう。甘粛省内において、斉家・仰韶・馬廠・辛店等いわゆる「甘粛六期」の編年を確立した。
同類品が中国国家歴史博物館蔵であり、現在までに発見された唯一最古の人体浮彫り作品と重視されているが、又ここに一つ現れた。
参照本 : 中国歴史博物館 中国通史陳列
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CK-051 CK-052

黒陶高脚杯

左から A.黒陶手付壺 B.黒陶高脚杯 C.黒陶双耳蓋付壺
● 時代 : 新石器時代(BC4100〜2300)
● サイズ : 高 18.5cm × 口径 6.8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍山文化。
山東龍山文化期の典型的な土器。器胎は卵の殻のように薄く、漆黒を呈する黒陶のこうした器は大モン文化期に始まり、山東龍山文化期に発達した。白陶でも同様な器が作られ、いずれも生成された素地で、日常の生活器というより祭祀のために用いられたものと考えられている。新石器時代後期の洗練された造形感覚を示す土器。研磨された黒い光沢が美しい。

参照 : CK-026CK-011
● 時代 : 新石器時代(BC4100〜2300)
● サイズ : 下部解説内参照
● 価格 : \ 問い合わせ

龍山文化。
A.揆形状高台上丸壺の肩部に一ヶの取手が付く。
  高 13cm × 胴径 10.7cm
B,足部に3日月・円形の透かしを施す。
  高 17cm × 口径 7.2cm
C.甲盛り状被蓋を伴い肩に双耳が付く。
  胴面には3本の刻線が施される。
  高 13.5cm × 横 11.7cm ×奥行 10cm

参照 : CK-026CK-011
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CK-049 CK-050

緑釉雲気文博山奩

灰陶加彩円面硯
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高 19cm × 径 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋が博山形になった酒尊。円筒形の器の側面には獣環が貼花、山型雲気文が櫛状線刻で2段に渡って施される。円形の青銅製の酒尊を写した倣銅陶器。後漢時代の鉛釉陶器はこうした青銅器の写しや、人物・家屋などを模ったものが殆どで、墓葬を華やかに演出している。3足は熊。
博山には3頭の獣が見られる。博山とは中国の東方海上にあり、仙人の住むといわれる蓬莱山を形どったもの。漢代鉛釉陶の数量の多さに対して、その窯が現在も全くわかっていないのが不思議。その性格からみて豪族が集まっていた西安市やとりわけ洛陽市の周囲に窯が発見されてしかるべきであろうが。
また後漢王朝の滅亡した220年を境として、ぱったりと鉛釉陶の消息が絶えるのは後漢王朝の後を襲って建国した魏の薄墓令によるものと考えられる。蓬莱山は神仙仙境を追い求める道教思想を表している。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 5.7cm × 径 14cm
● 価格 : \

硯面は三足の熊で支えられ、蓋上には鹿が陽刻される。全体に白泥が塗られ熊足には緑・朱彩が、鹿の体表には朱彩が加えられた華麗な硯。
墨が幾分残り、使用された痕跡が認められる。硯の初期形態資料として貴重。

参照 : WS-056 、 CC-153
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CK-047 CK-048

黒陶鷹形鼎

加彩牛俑
● 時代 : 戦国時代(BC476〜BC221)
● サイズ : 高 8.5cm × 横 13.5cm× 奥行 8.5cm
● 価格 : \

類品は新石器時代(仰詔文化)中国歴史博物館蔵の作品「大型黒陶鷹形鼎」が著名作品。体表面には櫛描き状線条文でもって毛並みを表現している。鋭い嘴・大きく見開いた目・大地に踏ん張った逞しい足。古代人が畏敬をもって接したことが知れるのは鴟きょう(フクロウ・ミミズク)が冥界において死者を守ると考えられたのと同様。殷・周以来漢に至るまで、庶民は灰色の粗末な陶器で日常の用を足していたものであって、上物は殆ど漆器が占めていたと考えられる。
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高 12.5cm × 横 20cm× 奥行 7.5cm
● 価格 : \

灰陶の地全体に墨彩を、目・鼻・口・面繋・首輪には朱彩を施す。腹筋まで表し、生き生きとした眼の表情など、写実的造形力は見事。農耕技術に占める牛・車を引く牛の役割は漢時代から重要なものがあった。画像石や古墳・壁画に牛車が描かれているし、牛車の明器は六朝時代になると豪華な作品が現れる。
● 別角度画像 → 裏面底面上部参考本 ● 別角度画像 → 裏面底面拡大

CK-045 CK-046

灰陶加彩胡人楽舞文扁壺

灰釉鴟きょう形容器
● 時代 : 北斉時代(AD6世紀後半)
● サイズ : 高 20.3cm × 横 16cm× 奥行 8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

肩に鈕を通す耳のついた扁平の壺。シルクロードを旅する隊商が使った水筒の形を写したもので、隋・唐時代の駱駝俑には鞍の脇に同形の水筒のミニチュアが貼り付けられていることがある。片面づつ型で作って張り合わせたもので、両面に全く同じ胡人(ソグド人)の文様が型押しされ、蓮花座の上で胡騰舞を演ずる舞手を中心に、左右に2人ずつ琵琶・横笛・シンバルなどを奏でる楽人が配される。胡騰舞は胡旋舞と並ぶ中央アジアの代表的な舞踊で、胡旋舞が回転動作を主として男女共に演じたのに対し、跳躍動作が中心で舞手は男性のみに限られた。ソグデイアナの石国(現中央アジア タシュケント)で生まれた舞踊といわれる。胡人の舞は南北朝頃に中国に伝わったが唐時代に入ると大流行し、玄宗皇帝との故事で有名な楊貴妃や安史の乱を興して唐王朝の滅亡を危機に追い込んだ安禄山などは胡施舞の名手として知られている。褐釉の掛かる同形品が知られている。本来は紅・緑色で華麗な彩色が施されていたと知れる。西方産の銀器などが祖形になったのであろうが、良く時代の雰囲気を伝えている。

参照 : 華南博物院蔵
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高 28.5cm × 横 21.5cm× 奥行 23cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鴟きょうとはフクロウやミミズクの類を指す。フクロウには普通「悪」あるいは「凶」の意味があるとされる。フクロウの類は夜行性で暗闇で目が聞くと共に耳が聡く、肉食で性格が猛々しいからであろう。しかし逆にこの猛禽の力を得れば悪を征し得るという観念が発生した。漢代にはフクロウ形の容器が墓に納められており、又フクロウが他の瑞獣と共に棺に描かれ墓セン・画像石にも表され死者を守ると考えられたのであろう。
鴟きょう形の銅器は殷墟婦好墓の大型鴟きょう尊を初めとして商代後期に見られる。しかし西周時代以降は例がなくなり、前漢時代になると陶製鴟きょう形容器が再び現れる。フクロウについての観念の変化を反映していると考えられる。胴はほぼ球形、前足と大きく広がった尾羽で支えられ左右には獣環が貼花、体表面は荒々しく羽毛を線刻する。頭は突出て大きな半眼球を貼花、頭毛を線刻する落し蓋。灰釉が流れ幾筋もの溜釉を作って美しい作品としている。獣環も辟邪の神の顔を意味している。
先秦時代から漢代に掛けて流行した六博(参照:DK-130)においてはフクロウを大勝と称し貴び、或いは又雄なるものといわれていた。類品が市場に発表された最初は、2005年ニューヨークサザビーズ$21,600(約250万)で落札された。

参考本
参照 : CK-013GK-443GK-407
● 別角度画像 → 裏・側面底面拡大 ● 別角度画像 → 裏・側面上面拡大底面

CK-043 CK-044

灰釉柑子口長頸瓶

灰釉双耳壺
● 時代 : 前漢〜後漢時代(BC1〜AD1世紀)
● サイズ : 高 17.5cm × 胴径 12.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

漢のこの種の長頸壺としては小振りの作。粘っこい灰白色の粘土を使って重厚味のある形に仕上げている。その量感がこの瓶の魅力であり、漢ならではの荘重な趣を呈している。
素地肌は全体にわたって紫褐色に焦げており、膨らんだ胴上面に暗黄色の灰釉が濃淡を作って降りかかり、流れた溜りが美しい景色としている。見るからに質実堅固な握りである。釉の流れた部分は鋭い線彫りで鳥文が刻されている。
華中から華南にかけて、このような灰釉作品は出土するところから、浙江省あたりの作品と考えられる。

参照 : CK-020
● 時代 : 前漢〜後漢時代(BC1〜AD1世紀)
● サイズ : 高 19.5cm × 胴径 16.3cm
● 価格 : \

粘っこい灰白色の粘土を使って肉取りのあつい重厚味のある形に仕上げた量感のある壺。漢ならではの荘重な趣を呈す。
素地肌は全体にわたって紫褐色に焦げ、意識的に掛けられた灰釉が美しく溶けている。左右には2ヶの突状円球を伴う獣面環が貼花され、肩部の弦文を挟んだ2面にはぐるりと鳥文が線刻されている。中国では早くも商(殷)時代に青磁釉(原始青磁)が施用されているが、漢時代の人々はこの自然釉の作用を知っていて、自然釉を模して灰釉を用いたと知れる。かっては酒・水・穀物などを入れた実用器。

参照 : CK-020
● 別角度画像 → 側面底面口縁部拡大 ● 別角度画像 → 側面底面口縁部拡大

CK-041 CK-042

青釉住居

灰釉把手付壺
● 時代 : 西晋時代
● サイズ : 高 18.5cm × 横 14cm
● 価格 : \

呉の時代からの積極的な開発により、南方の経済と生産はたゆまず発展し続けた。荘園の生産規模と水準は大きく、大量の人々を抱えていた。塀を巡らし四隅に角楼が作られ、中央には3層の望楼が乗せられた。青磁釉が掛かる住居模型3方には人物俑が、望楼内には2匹の犬が置かれている。壁・瓦屋根には細かな線刻が施される。
素朴な造りにも豪族の豊かな生活を楽しんだ様、死後も同様な生活を送れるようにとの祈りもうかがえる。一般に大型住居模型が多く、これ程の小品は稀少。建築物のミニチュアが陶器で作られ、墳墓に副葬され始めたのは前漢時代頃からで、後漢時代になると大型の楼閣が黄河流域の華北地方で盛んに作られるようになった。中国建築史を辿る上で近年見直されている資料でもある。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高 24.5cm × 横 18.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

杯(し)といわれる器形に蓋が付く。板状の把手は乙字形を呈し、鼓腹の胴部には縦の筋刻文が施される。珍しいことに羽ばたく4羽の鳥が貼花された蓋を伴う。神鳥を表わしているのであろう。蓋・胴肩部には自然釉が掛かる。
この種の器形を持った灰釉は戦国時代の印文陶文化圏で盛行した。本来は銅器を写した品と考えられるが、未だ類品銅器は見られない。
● 別角度画像 → 底面内部近接 ● 別角度画像 → 底面後側上部蓋部

CK-039 CK-040

彩陶舞踏文盆

褐緑釉人物文れん
● 時代 : 新石器時代(BC3000〜2000)
● サイズ : 高 11.5cm × 径 37cm
● 価格 : \ 問い合わせ

宋日文化。
今から6000年ほど前、中国の新石器時代はその繁栄期を迎えた。黄河流域中原地区の仰韶文化、やや遅れて馬家窯文化、山東地区の大?口文化、北方地区の紅山文化等それら全ての遺跡からは大量の土器が出土している。盆の内側に15人の人物が手を繋ぎ舞踏している姿を描いた宗教的図柄。彩陶は成形後に鉄やマンガンで彩画してから焼成されている。
現在では、かってアンダーソン博土をはじめヨーロッパ研究者が唱えた中国の彩陶起源「彩陶=西アジア紀元説」が否定され、「彩陶=中国自生説」が証明されている。
宋日文化は青海省同徳県宋日であり、本作品にもどこか西アジアの新石器時代彩陶につながる雰囲気がある。

参照 : CK-035
● 時代 : 後漢時代
● サイズ : 高さ 29.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

全体に濃い褐釉を掛け、部分的に緑釉を乗せる。れんの本体は型押しで動物文をあらわし、蓋上部頂上には座して考える姿態をする人物を乗せた珍しい形状である。れんは本来宴席の酒器に用いられる形であって酒尊ともいう。本品は勿論実用器ではなく、墓中に納める明器。一般的に蓋は神仙の棲む博山を模った蓋が付く、いわゆる博山れんが普通である。本体には鬼面の間に2頭と3頭の瑞獣、蓋部人物の下には樹下4頭の瑞獣が貼花されている。れんを支える三つ足は熊足。抜けが良く釉調も美しい。
緑釉は鉛を溶媒剤に使った低火度の鉛釉の一種で、胴を混ぜて緑色の発色を得たもの。始源は戦国時代まで遡るが、後漢になって流行した。鉛を使っているだけに色釉に艶があり、深い緑釉はなかなかに赴き深い。素地が赤い紅胎であるのも後漢の緑釉陶の特色。類品をみない珍しいれんが出土したものであり、古代人の発想の豊かさには驚く。実用性よりも装飾性の強い鉛釉陶は明器にはぴったりの属性をもっていただけに、一度その趣向が富裕層に迎えられるや爆発的な人気をかちえ、各種の動物や人物・楼閣・竈等が緑釉陶で造られた(褐釉陶は緑釉陶に比べ稀少)。緑釉鼎 上に同形人物が乗る類品が知られる。

参照本 : 東洋陶瓷鑑賞録
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CK-037 CK-038

彩陶魚文盆

彩陶双耳壷
● 時代 : 新石器時代 仰韶文化
● サイズ : 径 38,5cm × 横 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

初期の彩陶文化である半坡遺跡の品。
仰韶文化半坡類型はBC5000〜BC4000年ごろ、下限は大?口文化BC4000〜BC2300年頃と約3000年余りの長い期間作られた。
内面底には、同心円と三角形状模様を、側縁には太陽と思われる丸円と3匹の魚を、外側縁には大きく同様の魚を2匹描いている。仰韶文化の彩陶鉢には魚が描かれることが多いが、これは当時の人々の信仰と関係すると考えられている。日用品でなく、儀式に用いられたものと想像される。大型の土器であるが、歪みがなく紋様も丁寧に描かれ、当時の土器製作技術の高さを示す優品である。

参照 : CK-005
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 29cm
● 価格 : \ 150,000

馬家窯文化。
中国では前1万年ぐらいから農耕が始まり、土器を作るようになっていた。そして前1600年頃に青銅器が登場するまで、5000年間ほど続いた新石器時代に彩陶や黒陶などの土器の文化が花開く。前5000〜前2500年頃にかけて盛んに作られた。こうした彩陶は日常用に使っていたわけではなく、普段の生活では無文の土器を使用し、彩陶はあくまで副葬品や祭祀用であった。その不思議な紋様群は単なるデザインではなく、天や神、太陽や光、豊穣と繁栄、死者の魂の平安と永生といった聖なる物に関わる表象として見るべきであろう。中国悠久の歴史に思いを馳せる文物と言える。
黒・褐色釉の彩色も美しく彩画の筆致は伸びやかで、一筆一筆には後世にいう筆意すら感じられる。既に筆状の工具を用いた着彩がなされていたとわかる。大器ながら極めて薄い造り。

彩陶は1923年、J・G・アンダソンによって河南省仰韶村で初めて発見された。
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