| ● 時代 |
: 唐時代 |
| ● サイズ |
: 高さ 41,5cm |
| ● 価格 |
: \  |
唐代官女の優美を極めた姿を良く示す俑。長いショールが手にかかり、釣鐘形の衣裳の下から爪先の上がった沓が現れ、髪は高く結っている。現存する類品から推して、唐代女性の流行は、衣裳や髪の形が非常に変化に富み、且つ優雅なものであったことがわかる。藍彩の衣裳は白抜きぼかし、上衣は緑釉、その上に褐釉のショールを被っており華麗豪華である。手に花を持つ。三彩女子俑に動きのある形態は少なく、本品の如くの動態表現する品は稀少。陶俑の副葬にあたっては、天子、貴族、官僚の死にあたって官署から供給・下賜されたと考えられている。又、三彩俑は灰陶俑の2割程度が普通であり、三彩の占める量はそれ程多い数で無いと知られる。1300年余を経ても無傷で、ここに存在する不思議さ、幸福さを感じさせてくれるのがこのような品であろう。気品有る美しい顔を傾けて鷹揚と立つ姿は絶頂に達した世の太平を謳歌し繁栄を享受した当時の人々の心情を象徴するかのようである。豊満な女性像が有る一方、本品の様にやや細身の女性は宮廷に仕える官女と考えられている。
唐の墓の造営は、時の権力と産業を集中した大事業であって、そこに動員される人々の数と技術・費用は今日のビル建築や造船の比ではなかった筈であり、このような大俑が列をなす墓に埋葬される人であれば身分も高く、その葬儀は時間をかけて準備された大事業の頂点をなす盛大さであった。
藍釉の藍は、中央アジアを越してペルシャのものが中国にもたらされたものであって、一段と高級品に使用されており、大型・小型品共優品であるのが普通。沈静した唐三彩藍釉の魅力は深い。
香港著名収蔵家旧蔵品。 |
| ● 時代 |
: 唐時代 |
| ● サイズ |
: 高さ 15,5cm |
| ● 価格 |
: \  |
この形は南朝の斉代に始まった寿命の長い造型であって,盛唐時代にかけて頸がもっと細長く,胴も長卵形となっていわゆる王子瓶の形にゆきつく。浄瓶と呼ばれる頸に鍔のついた肩に小壷状の注口を持つ水瓶もこの類の一変形と言える。(参照:CW-030)
本品は初唐頃の例。藍釉を流斑紋で表現しており、色釉の分布・にじみ・流れなどすっかり陶工の計算済みの結果であって、美麗である。三彩の形・彩色はみな西方伝来のものであって、三彩そのもののポリクロミズムも、ササン朝ペルシャの染色とか色ガラスに基づいているのであろう。ササン朝は太宗の貞観15年(641)に滅んだけれども、その文化は淘々として中国に入り、その後も長く唐文化に影響を与えた。ササン朝の古銭が中国のあちこちで発見されているのもその現れ。
唐三彩の器物の中にはミニチュアの作品があって小型ながらも精巧で気品があることにより好奇者の間では特に珍重され、小品ながら市場価は高い。本形状は響銅でも隋・唐時代に作られており、それらは蓋を伴なうのが普通である。
響銅のものは、もとは飲料や手洗いのために水を入れる日常器であったものが、仏教儀式に取り入れられ仏具として確立していく。スカイブルーの藍釉、美しく膨らんだ卵形、腹部線のなんと美しいことか。珠玉の作品である。胴中央に1本、肩部には2本の筋文が引かれている。
唐代の貴族はシリアのガラス、ペルシャの金銀器・錦、東ローマの七宝など西方文物に取り巻かれており、唐三彩というのはこのようなコスモポリタン豪奢趣味から必然的に生まれてきたといえる。
近時宝鶏近郊墓よりの出土品。 |