三彩  Page6Page5Page4Page3|Page2|Page1
CS-060 CS-061

白釉馬

三彩騎駝胡人
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 14cm×横 17cm
● 価格 : \

転げ背中を掻くような仕草をする躍動状態を的確に捉えた馬俑。唐時代の白磁彫塑は三彩に比べ極めて遺品は少なく、胡人が水瓶を抱える人形尊が代表例として知られる。主として三彩陶塑は釉品が多く、形姿や表情ともに生き生きとしており、秦・漢以来、中国彩塑の伝統となっている写実性を保持しつつ、また一方で創造性を発揮し、浪漫的色彩に彩られた盛唐の気風を浮き出させている。他に類を見ない。
CS-045 と同墓より近時洛陽郊外墓出土。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 24cm
● 価格 : \

駱駝の上に楽器らしき品を抱える胡人(ソグド人)が坐す。鞍敷の両面に魔除けであろう鬼面が大きく装飾されている。駱駝は首を捻り威嚇する動態であり、胡人の愛すべき表情と共に魅力ある造型を成している。
駱駝・馬俑は大型品が多く、小型品は稀少。西方との往来は唐代に限ったことでなく、既に春秋・戦国の頃から西域の文化がもたらされ西へ東へと文物が動いた。彼等にとって駱駝は必需の家畜であり、北魏墓には灰陶加彩駱駝が副葬されている。西安・洛陽の唐墓には、こうした胡人の乗る駱駝俑が多く副葬されており、唐代の長安の町では実際にこのような胡人が駱駝に乗り、メインストリートを行き来しエキゾチズムを醸した。
このような俑が多数取り巻き埋葬される墓室・葬儀の有様というのはどのようなものであったろうか。大墓造営の壮大さがうかがえる。
8世紀初頭に始まる三彩にあっては始めてクレヨンやペンキや粘土を手にした人が驚きと喜びを持って嬉々として俑を彩る様が目に浮かぶようである。西安郊外の地下にはこのような豪華な細工物がまだ山の様に眠っているに違いない。唐代彫塑芸術の見事さが堪能でき、唐時代の国際的な情緒をも偲ばせる佳品である。
近時洛陽郊外墓出土品。

参照 : CT-017CT-019
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CS-058 CS-059

三彩共蓋丸壷

藍彩環耳杯
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 高さ 7,5cm×径 12cm
● 価格 : \

宝珠鈕を伴なった共蓋が有り、唐三彩が好んで使った蝋抜き技法に従って鹿の子班の文様が褐・緑・白の色調で品良く表わされている。この色釉は鉛ガラスの低火度釉であるだけに、艶やかな美しさが身上であり、工人の技の冴えが窺われる。
明器の副葬は被葬者に生前の生活を続けさせるような仕組みであり、又墓所に陳列する前には街路上に見せ回ることをした。特に安史の乱以降は厚葬が一層はなはなしくなり、心有る人が行過ぎとして非難したと唐の文献に記されている。金属器を模したであろう器形であって、中央に巡る名残の刻線が見事に膨らんだ曲線を引き締めている。
唐三彩には馬や人物・龍耳瓶などのような大作とともにこうした小品も数多いが、作行きは大作と変わらず丁寧で釉がけもしっかりしていることから愛好者も多い収集分野である。
唐朝は本当に偉大な時代だ。文化も国威も上がり、国も民も反映していたことがこんな品にも反映されている。近時洛陽郊外墓出土。

参照 : CS-033
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 5cm
● 価格 : \ 130,000

金銀製の把手付き杯をそっくり写した杯。総じて三彩の碗や杯は金属器をモデルにして形作られている。ササン朝ペルシャやローマ産の銀器やガラス器に親しんだ唐代貴族の死後の世界のために、特に作られた。西域からもたらされたコバルトによる藍釉点彩文であるのもエキゾチズムを醸す。胎土は白色を呈し、不純物が無く精良。

参照 : CS-018
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CS-056 CS-057

三彩馬

三彩貼花鶏頭壷
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 11,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

小品ながら鞍・杏葉などの装具で飾られ、蝋抜き白点をあちこちに。鬣・鞍には褐釉・緑釉を施す華麗な馬。首を傾げた一瞬の動きを捉え、目も生き生きと製作されている。
唐三彩小品は大型作品同様、丁寧で釉がけもしっかり作られた品であるため世界的に収集家が多い。ミニチュアは貴族の子女の明器といわれる。駱駝が長安とペルシャの往来を象徴するとすれば、馬は長安の大街を遊行し、郊外に狩を楽しむ貴人を蘇らせる。色の対比は新鮮であって優品であり珠玉の作品といえよう。浪漫的色彩に彩られた盛唐の気風を浮き出させており、三彩陶俑の高い芸術的価値を有している。
かってミニチュア三彩陶は数も少なく高価な品であったが、近時の発掘により入手しやすい値となると共に、1300年有余年の時空を超えて、愛玩できる幸せは素晴らしいといえよう。
近時洛陽郊外墓出土。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 29cm
● 価格 : \ 問い合わせ

龍形の把手が付き、一端には鶏首が飾られるこの形の天鶏壷は、南朝の古越磁に多く見られる器形であるが、隋代・陝西省西安市李静訓墓出土の白磁が著名。胴の下にはパルメット文の貼花が施され、胴面にミックス状で流れる三彩は極めて美しく、形状・貼花から見て初唐の三彩。白磁・三彩の一対の龍耳を持つ品は東京国立博物館蔵(重要文化財)をはじめとしてまま見られるが、天鶏壷は初見。胎土は白く緻密。鶏口先欠け修理。
近時洛陽郊外墓出土。

参照 : CC-033CW-028
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CS-054 CS-055

三彩駱駝

三彩刻花唐子文皿
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 14cm×16,5cm
● 価格 \

駱駝は古代シルクロード上の交通に重要な役割を果たした。人々は「砂漠の船」と呼び、西アジアや中央アジアの国々から隊商を組んで、遥々と砂漠を超え中国との往来を図るためには不可欠の交通手段であり、伴侶であった。東西交易の帰着点である長安・洛陽の街路では、悠然と歩む駱駝の姿がしばしば目にされ、中国の人々にとっても馴染み深い動物であった。
背に楕円形の絨毯を乗せ、双こぶの間には鞍を被せている。まさに地面に腹ばろうとしている姿態の口を開け、鳴く造型や表情は生き生きとして躍動感があふれている。俑の中でも駱駝は馬と共に唐時代では盛んに製作され、相当数の遺例が知られるが、本品の如く動きを的確に捕らえた品は稀品であり、高級三彩にしか用いられない藍釉であることも貴重と言える。藍・褐・白釉のハーモニーが極めて美しく、小品ながら印象的・魅力的な作品であり、他に類を見ない。三彩陶塑は一方において秦・漢以来中国彩塑の伝統となっている写実性を保持しつつ、一方では豪華絢爛な色彩の低温鉛釉を応用するという創造性を発揮し、ロマン的色彩に彩られた盛唐の気風を浮き出させている。唐代の無名の芸術家が当時の社会における生活を熟知し、動物の表情をとらえて、見事に表現できる高い彫塑技術を持っていたことが理解できる。
近時多数の優れた三彩・金銀器が出土した洛陽郊外墓出土。
● 時代 : 金時代
● サイズ : 径 16,3cm×高さ 2,5cm
● 価格 : \

鉛釉陶器としての唐三彩の伝統は途絶えることは無く、中・晩唐期の三彩として受け継がれ、11世紀になると遼三彩が作られた。そして三彩の技法は金時代に華北の磁州窯に継承される。いわゆる「宋三彩」がそれ。素地に白化粧を施した上に緑釉や褐釉を掛ける所は唐三彩と同じであるが、硬く焼締まり、実用の器として十分に使える焼物である。唐子が魚篭を持ち、魚を欲しがる鳥が舞う図柄を内面一杯に刻花で表わし、白・緑・褐釉の三色で魅力的な盤としている。手慣れ生き生きとした描線は生活感溢れる楽しい民画の世界を堪能させる。魚・兎をはじめ、動植物図柄が殆どであって新資料図柄。同種の三彩皿で元初の年号を墨書きで記した例が知られており、磁州窯系の窯で焼かれている。男児に恵まれることが今以上に非常に幸福とされた当時、その願いも込められているように思われる。

参照:CS-037
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CS-052 CS-053

三彩長頸瓶

藍彩家鴨
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 13,5cm
● 価格 : \

褐・緑・白釉が計算し尽くされたであろうミックス・筋状に流れ、美しい効果を演出している。三彩の発色も鮮やかで、三彩の技法に習熟した盛唐期の作品であって、銅製(サハリ)の金属的なフォルムを写し、洗練された姿となっている。混ざり合わない技法の蝋抜きとは対極のもの。
肩部との境、胴部との銅器のなごりの段が巡る。白化粧は施されていない。
近時洛陽郊外墓出土。

参照 : CS-035CW-038
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 15,5cm
● 価格 : \ 150,000

家鴨は真鴨の変種であって主に食用とされた。白抜きぼかしを何箇所か施し、全体に藍釉を、嘴は褐釉を施す。俑は唐墓の墓室を華やかに演出する為に無くてはならないものであり、主に龕の中に収められる。人物俑と共に馬・牛・猪・羊など整然と配列されているのが普通。家畜も多く副葬されたのは漢時代以来唐宋に及んだ。農耕が主産業であった中国では、地主に限らず貴族・官僚といえども何らかの形で農業と結びついており、こうした風習が持続された。
三彩の馬の様にとびぬけた精作は無く、型の合わせ目など造型上の処理も簡略になされるが、かえってそれが逞しさを見せることにもなる。家鴨の特徴を正確に捉え、二本の脚も力強く、今にも地面に落ちた穀物を啄ばみそうな様子をしている。藍釉であることによって高級貴族・官僚墓と知れる。
遠くペルシャの空を思わせるこの藍釉は、やはり西方伝来のコバルト顔料で呈色された。
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CS-050 CS-051

三彩双耳壷

三彩灯
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8,5cm×径 13,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

兎耳と言われる双耳は緑釉全体に白抜きぼかしを散在させ、褐・緑釉を流掛けしている。華やかでしゃれたセンスの壷。形状は響銅でみられる双耳に取っ手を付けた堤梁罐を写しており、肩・腰にみられる線刻は名残。双耳壷の大型品は今のところ知られず、小型品のみであるが、極めて数の少ないもの。ふっくらと張った典麗な形も美しい。

参照 : CW-003
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 29,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

油灯を灯す照明具。青銅器には戦国時代以来様々な器形が見られ、陶製の灯明具は近代に至るまで、最も一般的な照明具である。この三彩灯は相当に複雑な造型で、座・中盤・盞から構成されている。灯盞は小碗形で下部は迎蓮座に連結し、浅い器形の盤の中央に置かれている。柱は竹節状で、盞盤と覆盆形の座とつながり、中位下寄りを2組の仰・覆の蓮弁で飾っている。竹節には竹の根のような竹管文が飾られている。
座の上端には葡萄文の貼花が巡り、座は4組の獣頭形団花の貼花文で飾られ、四獣の間には小さい天王像の貼花が配されている。全体には紅釉・緑釉と蝋弾きによる白斑文が施されている。
優美で稀少な造型は当時の上流貴族の豪奢な生活を窺わせる。祖形は銅器であって、簡略な形態の燭台は遺品として知られるが、本品形状の銅器は見られない。胎土は白く・緻密である。1987年洛陽市墓より。
三彩灯として始めて同手品が出土(洛陽博物館蔵。高さ46cm)しているが、遺品は殆ど見られない稀品。近時洛陽郊外墓より出土であり、対の内1ヶは大きく破損の由。
唐初においては、金・銀・玉器の類を副葬していたが、盛唐頃からは主として唐三彩を副葬するようになる。
日本に唐三彩が始めて将来されたのは、壷中居の広田松繁氏が1925年(大正14年)三彩馬を運び今岩崎家静嘉堂に入っている。
理想美を求めてやまない貴族達の高貴な趣味がまるで匂うがように伝わってくる。
近時洛陽郊外墓出土。
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CS-048 CS-049

三彩雙魚穿帯瓶

三彩貼花文三足壷
● 時代 : 唐時代末
● サイズ : 高さ 16,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

長沙窯。
腹合わせの双魚が立った形の壷。今や龍門を登って龍となる鯉魚を意匠しためでたい形。鯉の両側面上下には鐶耳が付き、本来の水筒の吊り紐を通すしかけになっている。鐶耳の下には鰭をあらわし、魚体には鱗文が刻まれている。類似形状としては唐三彩にも雙魚扇壷の大小が見られる。薄黄釉の上に、褐釉と緑釉を流すのは長沙窯特有の釉掛けであって爽やかな感じとしている。長沙窯は瓦渣坪窯・銅官窯ともいい、湖南省長沙県の瓦渣坪にあった窯。唐時代末に始まり、筆で簡単な花文や鳥文・斑魚文を彩描した水注・皿等が知られる。我国にはほとんどこの遺品はもたらされないがインドネシア・フィリピンなど東南アジア方面には古くから輸出され多くの出土をみる。
長沙窯は唐から王代にかけて南方における重要な青磁窯場の一つであり、湘江を通って南京へ、もう一つは寧波へ船で運ばれた。製品としては、水注を主として鉢・碗・枕・小動物が多く、本品の形状は稀少。イスラム圏に向け彼らの嗜好を満足させる為、三彩陶器の色彩豊かな装飾法が影響したといえよう。

参照本 : 世界陶磁全集K 宋
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 16cm
● 価格 : \

一般に「フク」と呼ばれる器形。丸形広口の壷に獣足が3ヶ付く。胴面3ヶ所に大きく貼付けられた円形内にはよく見られる宝相華と相違する花文が付く。全体を緑釉。貼花部は珍しい紫釉と緑釉を施す意匠。
銅器を祖形とすると考えられ、青磁にも見られ、青磁の影響を受けた日本の猿投窯の緑釉陶器にも散見する。蹄形の三足は力強く横張の丸い胴部も地に付くほど膨らみ、美しい形としている。「フク」とは煮炊きをする釜の総称で三足の壷を「フク」と呼ぶのは現代になっての命名。唐三彩の「フク」は人気の高い器であったらしくかなり焼造された。
近時洛陽郊外墓出土。
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CS-046 CS-047

三彩馬

三彩蓋付き壷
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \

首をかしげ静止する馬。鞍を置き、体躯を杏葉と呼ぶ飾りをつけた馬絡で飾っている。鬣を綺麗に三花飾に刈り込んである(髪型にもファッションがあった)。鞍は白釉上に褐釉・緑釉を流し掛けし、全体に美しく藍釉を施している。中央アジア辺りに産する馬は血の汗を流しながら走る「汗血馬」といわれ貴重とされ重要視された。漢武帝が西域の汗血馬を入手するため李広利将軍を派遣して以来、良馬は歴代の上流階層の富貴のシンボルであった。実用に使用された馬を写したことはいうまでもないが儀仗用の姿を示しているのであろう。唐代の人々の馬に注いだ思いが結実した姿。唐三彩馬には汗血馬と、ずんぐりな東アジアの馬とがある。小品馬でもってこれ程手の込んだ生気に満ち溢れた精微な作行きの三彩馬は極めて稀少なものであり、一段と貴重な藍釉を使っている事も高級豪族の明器と知れる。又台底裏には「大唐貞観」の印刻がなされているのも(AD627〜649)制作年代が明確な資料で価値大である。627年太宗として即位した李世民は22年間在位したが、彼は後代の人から理想的君主としてその英傑さを称えられその治世は治めた元号の貞観を取って「貞観の治」と言われその後の皇帝の模範となった。太宗と臣下との問答を記した「貞観政要」は、日本でも戦国、江戸時代英雄藩主の間で読まれ政治に生かされたほどであった。その豊かな唐時代の経済生活を偲ばせる。※鬣を綺麗に切り揃えそのうち長いまま3ヶ所を残し、それぞれに束ねる。これを「三花」と称し、三花飾の馬は当時の宮廷や貴族の間で流行した。近時洛陽郊外墓より相当数の三彩・銀製品等が出土の内。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 10cm
● 価格 : \

唐三彩には馬や人物・龍耳瓶などのような大作とともに、こうした小品も数多い。いずれも実用の器ではなく明器であるが、作行は大作と変わらず丁寧で釉がけもしっかりしている。蝋抜き技法で白く丸文を残し、藍釉をかけ、宝珠鈕のみ褐釉をかけ心憎いアクセントとしている。肩部に線刻を施すことからも銀器の名残を残している。万年壷といわれる大型壷の小品はまま見られるが、この形は稀見。盛唐期の華やかさ、美しさ、斬新さに満ちた何とも魅力に満ちた珠玉の作品であり唐三彩小品収集家が多く高価なのも理解できる。銅器にはない焼物ならではの柔らかさを感じさせる。
近時洛陽郊外墓出土。
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CS-044 CS-045

三彩楽人俑

白釉馬
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 15cm×横19,5cm
● 価格 : \

藍彩の衣装は白抜き、両肩からつながる領巾というショールは褐釉、両髷は茶褐色の加彩、髪・眼・眉は墨彩、口には朱彩が施される。座して腰鼓を打つ。数体有ったであろう奏楽者セットの一つ。俑は唐墓の墓室を華やかに演出するためになくてはならないものであって、必要な三彩の明器は貴族・官僚の死にあたって官から下賜されたと考えられている。しかし王陵墓においても、三彩俑は騎馬俑・文官・武官・女官・動物等がほとんどの副葬品であり、楽人俑が入れられている事は稀少である。唐女子の鬢は多種形状有り、双髷をつくっているのは童女をあらわしており、顔つきも初々しく豊満であり唐美人の典型的顔(唐時代の女性の髪型には様々なものがあり、一人一人が異なる髪形であって唐美人俑にみることができる)。裏面には荒々しい手作りの跡が見られる。楽人俑は加彩が多く三彩は稀少。今から1200年余前(我国では天平時代)、やっと全国に国郡制が布かれたばかりの唐代には4〜5千万人以上の人口を持っていたというのであるから大唐帝国の名に相応しい大国であった。そして大国の首都は洛陽と長安であり、長安の人口は百万以上であったといわれている。ここには天子が住みこれをとりまく貴族・官僚が住んでいたわけでここに集中して発見される唐三彩は彼らに奉仕するために作られた器物に他ならない。長安の人々は春の訪れとともに、牡丹の花などを求めて屋外へと繰り出す。宴を張り歌舞・音曲に酒食を伴ない賑やかに催された。胡姫のダンスにあわせて玄宗自ら羯鼓を打ち、楊貴妃が琵琶を、玄宗の兄が玉笛を奏したという伝をみても、この時代の楽舞がいかに盛んだったかと知ることができる。6人以上の楽人と2人以上の舞人とのセットで出土することが暫々であり、その中の一つ。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 16cm
● 価格 : \

白釉馬。 転げて躍動する一瞬の動きを捉えた馬俑であって、唐時代の彫塑彫刻の優れた技がいかんなく発揮されている。嘶く顔の表情・ひねった体躯・駆け上げる足等迫真の出来といえよう。 唐代には馬を飼い慣らし、音楽に従って舞わせ宮廷の娯楽に供したと記録に残り、前足を上げた立馬俑も知られるが、本品はそのような舞い踊る姿体ではないかと思われる。

かつてこのような俑は知られておらず新出資料。
近時洛陽郊外墓出土。
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CS-042 CS-043

三彩壷

三彩皿
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 高さ 19cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胴が丸々とした壷であり、穀類などを入れて出土する例があることから万年壷といわれる。蓋は無い物が多いが、傘型の蓋を伴なった品も見られる。あらゆる壷の基本形とも見られるほど良く整った美しい姿で、何よりも胴の張りが素晴らしく世界の壷の中で最も美しい壷の一つと考えられる。
純白の素地に、裾を残して白化粧を掛けもう一度白釉を蝋抜きをし、緑・黄釉を流すという技法で、着物のしぼりのような効果を見事に表現している。混ざり合わないよう計算された効果が見事である。貴族趣味の真骨頂と言える。豊な美しい壷はかって作られた事が無く、唐文化の豊穣を象徴するものの様に見える。明器・土偶は埋葬される以前に地上の祭場で陳列され、また葬列中に並べられて衆人の目を引いた。いわば明器・土偶のオンパレードが行われていたわけで、ただ幽暗な墓所に閉じ込められ全然人目に付かないところに納めるだけではあれほど華麗な唐三彩明器の製作が盛んになるはずは無いであろう。人間の見栄の張り合いは変らない。

参照 : CS-023CS-005
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 14,5cm×高さ 2cm
● 価格 : \

鍔状の縁を持つ緑釉を主とする皿。中央には瑞雲に囲まれた宝相華文を印刻。茶釉を地とし、ところどころ霊芝雲とともに点彩状暈しとしている。宝相華文の白縁、縁の緑との色彩対比が美しく斬新なデザインは華やかでエキゾティシズムが横溢する。
器形は銀盤そのもの。隋代の作風を受け継ぎ、そこに金属器の気分を加えた三彩ならではの作品。
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CS-040 ▼ CS-041

三彩馬

褐釉鳳首水注
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 横 25cm×高さ 19,5cm
● 価格 : \

鞍・香葉・雲珠などの装具で飾られた馬は、王侯・貴族墓に副葬された作品であるが大型品が多く、本品のような小型は稀少。首を捻り、ちょっと休息する状態を的確に表現した工人の技は、皮下の血脈まであらわすほど馬体の美を求め、優れたモデリングと緑釉をあしらった爽やかな印象表現が際立っている。無傷であることも嬉しい。腹内には土塊が入ったままとなっている。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 横 25,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

二つの型を合わせて作られた扁壷形の鳳首水注。両面とも、中央部に大きく宝相華文の貼花を、地は魚子文で飾る褐釉一色の瓶。
鳳首の顔は極めて厳しく・力強い造型であり、いかにも金属器を彷彿とさせる。7世紀代にのぼる初期唐三彩であって、重要文化財東京国立博物館蔵「三彩貼花文龍耳瓶」、大阪市立東洋陶磁美術館蔵「三彩貼花文壷」と同時代の品。北朝からはじまる貼花装飾がここに一つの完成を見たといえよう。この後の鳳首扁壷の文様は片面が鳳凰文、片面は騎馬狩猟文の品が普通。

参照 : CS-002CS-013CS-026
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CS-038 CS-039

三彩皿

藍彩猪
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 10,7cm
● 価格 : \ 80,000

全体裏面にも黄釉を総掛け、上に緑釉を点彩し、中心には宝相華文を印刻。上に褐釉を飛ばしてエキゾチズムを漂わしている。

高台は3点の針目跡。現在では初期唐三彩(7世紀後半)と考えられている作品。
唐三彩は8世紀中頃の「安史の乱」で唐王朝が大きな打撃を受けた後急速に衰退する。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 6,5cm×横 9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

唐三彩のつくられたのは唐の二都。長安(西安)と洛陽の近傍の窯で、長安の土は微紅色、洛陽の土は白色を呈すると北京の古玩舗では昔から言っている。本品は蝋抜き技法で作られ、鮮やかなコバルトの藍釉・白との対比が強烈華やかで印象的。唐三彩は長安・洛陽の貴族たちの葬礼のために作られ、墓陵に副葬された。猪豚と呼ばれる身近な家畜であり食料であったことが偲ばれる。
唐三彩は1900年代始め、唐墓というタイムカプセルから1200年の眠りより覚めて忽然と地上に姿をあらわした陶器であって、1910年代に始まったコレクションは、ヨーロッパ・アメリカ・日本と野火の様に拡がった。特にその色合いの美しさが合ったのであろうアメリカの美術館には優品が収集されている。
型の合わせ目など造形上の処理も簡略になされるが、かえってそれが逞しさを見せることにもなり、又型どりそのものの上手さは唐代固有のものと言える。貴族・官僚といえども何らかの形で農業と結びついていることが分かる。明器泥像に対する彫刻としての価値、文化財としての重要性の認識はまさに近代、1907年羅振玉が瑠璃廠の古玩店で購入してからであった。1916年には「古明器図録」を出版している。日本ではこの頃会津八一が明器の蒐集を始めた。

参照: CS-022CS-015
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CS-036 CS-037

三彩馬

三彩刻花皿
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 8,5cm×横 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

三彩・陶俑の副葬は、官位によって数を制限されたと考えられており、王陵墓例えば永泰主墓では三彩俑・器が172点、章徳太子墓では三彩を含む陶俑が約600点と膨大な数の俑が副葬されている。しかし一般的には陶俑の中で三彩が占める量はそれ程多い数ではない。王侯貴族の乗り物として重視されたため明器としても大型馬が多く作られ、華麗な唐三彩の代表品であるが、本品のような小品は稀少。
黄釉と藍釉を淡くミックス状に流し、静かに佇む馬を的確に作品化しており魅力的。主としてミニチュアは貴族の子女の明器であって、本品も共にしたであろうポニーであろうか。
● 時代 : 金時代
● サイズ : 高さ 3cm×径 15cm
● 価格 : \

宋三彩といわれるもの。北方民族の契丹・女真あるいはモンゴルの好んだ図柄。蓮の下、対の鴛鴦を描いている。唐三彩・遼三彩の流れを汲む皿であるが、遼三彩を継ぎつつも前代を越える作品としている。
胎土は黄白色であって白化粧掛けを施している。この器形でもって、雲と鶴文・柘榴文・菊文・兎文・蓮文などの図柄が知れれるが、本品図柄は稀少。鴛鴦は夫婦の仲睦まじさを表わす鳥として一対で描かれる事が多い。
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CS-034 CS-035

三彩女子俑

藍釉長頸瓶
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 41,5cm
● 価格 : \

唐代官女の優美を極めた姿を良く示す俑。長いショールが手にかかり、釣鐘形の衣裳の下から爪先の上がった沓が現れ、髪は高く結っている。現存する類品から推して、唐代女性の流行は、衣裳や髪の形が非常に変化に富み、且つ優雅なものであったことがわかる。藍彩の衣裳は白抜きぼかし、上衣は緑釉、その上に褐釉のショールを被っており華麗豪華である。手に花を持つ。三彩女子俑に動きのある形態は少なく、本品の如くの動態表現する品は稀少。陶俑の副葬にあたっては、天子、貴族、官僚の死にあたって官署から供給・下賜されたと考えられている。又、三彩俑は灰陶俑の2割程度が普通であり、三彩の占める量はそれ程多い数で無いと知られる。1300年余を経ても無傷で、ここに存在する不思議さ、幸福さを感じさせてくれるのがこのような品であろう。気品有る美しい顔を傾けて鷹揚と立つ姿は絶頂に達した世の太平を謳歌し繁栄を享受した当時の人々の心情を象徴するかのようである。豊満な女性像が有る一方、本品の様にやや細身の女性は宮廷に仕える官女と考えられている。
唐の墓の造営は、時の権力と産業を集中した大事業であって、そこに動員される人々の数と技術・費用は今日のビル建築や造船の比ではなかった筈であり、このような大俑が列をなす墓に埋葬される人であれば身分も高く、その葬儀は時間をかけて準備された大事業の頂点をなす盛大さであった。
藍釉の藍は、中央アジアを越してペルシャのものが中国にもたらされたものであって、一段と高級品に使用されており、大型・小型品共優品であるのが普通。沈静した唐三彩藍釉の魅力は深い。
香港著名収蔵家旧蔵品。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 15,5cm
● 価格 : \

この形は南朝の斉代に始まった寿命の長い造型であって,盛唐時代にかけて頸がもっと細長く,胴も長卵形となっていわゆる王子瓶の形にゆきつく。浄瓶と呼ばれる頸に鍔のついた肩に小壷状の注口を持つ水瓶もこの類の一変形と言える。(参照:CW-030
本品は初唐頃の例。藍釉を流斑紋で表現しており、色釉の分布・にじみ・流れなどすっかり陶工の計算済みの結果であって、美麗である。三彩の形・彩色はみな西方伝来のものであって、三彩そのもののポリクロミズムも、ササン朝ペルシャの染色とか色ガラスに基づいているのであろう。ササン朝は太宗の貞観15年(641)に滅んだけれども、その文化は淘々として中国に入り、その後も長く唐文化に影響を与えた。ササン朝の古銭が中国のあちこちで発見されているのもその現れ。
唐三彩の器物の中にはミニチュアの作品があって小型ながらも精巧で気品があることにより好奇者の間では特に珍重され、小品ながら市場価は高い。本形状は響銅でも隋・唐時代に作られており、それらは蓋を伴なうのが普通である。
響銅のものは、もとは飲料や手洗いのために水を入れる日常器であったものが、仏教儀式に取り入れられ仏具として確立していく。スカイブルーの藍釉、美しく膨らんだ卵形、腹部線のなんと美しいことか。珠玉の作品である。胴中央に1本、肩部には2本の筋文が引かれている。
唐代の貴族はシリアのガラス、ペルシャの金銀器・錦、東ローマの七宝など西方文物に取り巻かれており、唐三彩というのはこのようなコスモポリタン豪奢趣味から必然的に生まれてきたといえる。
近時宝鶏近郊墓よりの出土品。
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CS-032 CS-033

三彩騎馬女子

三彩花文共蓋丸壷
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 38cm
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「豊頬美人」といわれる盛唐を代表する太り肉の女性が騎乗する女子の像。
魅惑的な女子騎行の風俗が陶像に写しとられたもので、美しくミックス状に流れる三彩もこの像の内容にふさわしい。ふくよかな顔の俑は玄宗の開元年間のころから目立ち始めより豊満な女俑が立俑でも作られるようになる。均斉のとれた安定感のある造形。華麗ともいえる装飾性。生き生きとした現実味のある表現に特徴がある。いわゆるパンクーニャンが騎乗する三彩は稀少であり無傷である事も価値を高めている。このように行動的な女性を表した作品があるのもおおらかで豊かな唐時代美術の特色である。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 7cm×横 11cm
● 価格 : \

唐三彩には馬や人物、龍耳瓶などのような大作とともに、小品も多い。いずれも実用の器ではなく明器。作行きは大作と変わらず丁寧で、釉がけもしっかりしている。盛唐期となると貼花文はすくなくなり、複雑な釉がけで文様を表現することがおおくなって、この壷では梅花文と鋸歯文を瑯抜き技法で白く残し、梅花中心には褐釉を飛ばし、地は藍釉をかけている。藍釉は唐代に新しく使われた色釉である。釉による装飾を完成した陶工による。
盛唐期の華やかさと美しさに満ちた品である。宝珠紐の共蓋、賞玩珠玉寸法であることも嬉しい。いかにも瀟洒な感じのもので、小品ではあるが愛すべき品。
唐三彩の影響で、勃海三彩や奈良三彩が生まれ、遼三彩・宋三彩に転化した。このような意匠は中国工芸にはそれまで無かったもので、染物の柄を思わせ、唐以前の文様が宗教的な意味の形態を持って用いられるのが常であったことを考え合わせると、このように純粋に装飾を目的とした意匠は、当時の人たちにとっても画期的なことであったと思われる。南瓜形の豊かな曲線美はいつの時代においても作られそうでいて、やはり盛唐時代以外には見ることが出来ない、優美なものである。
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