商時代には南方のみならず黄河流域にも象が生息していた。文献の中には「殷人は象を服す」という記載があるが、「象を服す」とは象を飼いならして養殖していたことを言う。統治者の間では、象牙製品を所持することが一種の流行になっていたので象牙の需要は大きく、狩猟によって得られる象牙のほかにも養殖された象から取られた象牙も供給されていたし、銅ゆうの銘文の記載によれば象の舞があり、象に踊りの訓練もさせたとある。
玉は自然界の精華として、人と自然界が交わり合うことの出来る霊妙な存在であり、統治階層が玉器を副葬することは礼制度の一部であり、この時代玉は黄金よりも貴重であった。
黄金は富貴な等級を表わすだけであったが、玉を使用するには青銅器同様、厳格な等級制度があり、犯すことは許されなかった。使用する道具は鋸や糸鋸で、解玉砂を媒体とし、水をつけて切断。回転させ磨きをかけ、艶出しには獣皮の袋の中に水を加えた解玉砂を入れて磨きをかけた。一つの品が出来上がるには短くて10日から半月、長くて1年を費やすという状況であった。
新疆ホータン白玉製。全体白濁色化。
参照 : GK-652 、 GK-262 、 DK-466 |