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▼ DK-494 ▼ DK-495

四獣八稜鏡

貼銀鍍金双鳳吹笙六稜鏡
● 時代 : 盛唐時代
● サイズ : 径 17cm×縁高 0.5cm、重量 640g
● 価格 : \ 150,000

円鈕を中心として四獣と蓮華文を、外区は蝶・花文を装飾する。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 16.5cm×縁高 0.3cm、重量 420g
● 価格 : \

円鈕の上部には綬を銜える双鸞、左右には鼓形椅子に掛け、笙を吹く人物、下部には花文を鍍金装飾する。 それらは銀板打ち出しの嵌め込みで、地には細密な魚子・花唐草文が刻されている。
図柄は類品を見ない。
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▼ DK-492 ▼ DK-493

彩漆鹿

金銅二仏並坐像
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 23cm×横 28cm×奥行 10.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

銅胎に黒漆を施し、体表には朱・黄・白色漆で瑞雲文を装飾する。角は漆を塗った銅製で取り外しできる。おそらく鹿角の霊力と関係するもので、暫々鹿が棺と共に出土することから墓主の棺を守る使命を担っていたのであろう。木胎は知られるが、銅胎は初見。虎と共に「寿千歳」の動物とされて長寿の仙獣でもあるし、角や生殖器は古来より漢方薬。
楚文化地域内で生活した貴族専用の置物。

参照 : 漆で描かれた神秘の世界 - 中国古代漆器展 -
● 時代 : 北魏時代(AD6世紀)
● サイズ : 高さ 21cm×横 12cm×奥行 6cm
● 価格 : \

通例の二仏並坐像は、二尊ともにそれぞれ光背を背負っているが、大きくは単一光背内に造られており、しかも二体とともに並坐するのが一般の形式である。それに対し、この像では両像半跏の姿で、それぞれ別個に光背を背にし、互いに少しづつ内側を向く。勿論このような半跏像並坐の形式の像も北斎代に下るとその例がある。光背の火炎は細銅線を貼付け、光背は2枚の薄板を合わせて形成されている。
この形式の優品として、パリギメ博物館蔵の煕平3年銘作品が知られるし、立像では天保8(557)年銘 北斉時代作品も有名。香港著名収蔵家旧蔵。

参照 : DK-044
参照本 : 中国の美術@ 彫刻 、中国の金銅仏
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▼ DK-490 ▼ DK-491

青銅双鳳双獣八稜鏡

青銅馬首剣
● 時代 : 初唐末期〜盛唐(7〜8世紀前半)
● サイズ : 径 20.5cm×高さ 1cm×重量 1300g
● 価格 : \ 問い合わせ

伏獣鈕の回りに2羽の鳳凰と疾駆する一角獣と馬が描かれる。その間には可憐な花をつけた植物とこれに戯れる蝶が見える。一段高い外周には飛鳥と草花が4ヶ所ずつ交互に描かれる。外縁は8箇所に稜角を設け、その間に内側に刳り込まれて全体が花弁のような形にしつられられ、中の文様ともよく釣り合いがとれている。文様的にも鏡の典型で分厚く重く作られている。
盛唐時代の鏡の文様は思想性が影を潜め、これに代わって人々の趣向を敏感に反映した写実性・装飾性に富んだ図柄が持て囃されるようになり、中国の鏡の最後の最盛期が始まる。
地の無紋部分が大きく取られるのも唐鏡の一つの特色で、蝋型の鏡胎の上に個々の文様の薄い蝋膜を貼り付けて蝋原型が作られるためで、そのために組み合わせを少し変えることによって様々な変化様式を作り出すことも簡単に出来るようになっていた。
唐代の貴族のスポーツは多様で広範囲にわたり、胡人と草原民族の武を尊ぶ気風に影響され、しかも社会が裕福で安定していたことから刺激的な競技、とりわけポロが盛んに行われ、狩猟も皇帝や貴族が喜ばれ人生の楽しみの一つと見られるほどであった。

参照 : DK-281
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 横 31cm×刃巾 3.3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

参照 : DK-376
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▼ DK-488 ▼ DK-489

青銅鍍金唐子鎮

銀鍍金双鳥文盒
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 4cm×横 5cm×奥行 4.6cm
● 価格 : \

如意を持ち太鼓を抱える童子に、厚い鍍金が施される。
日本伝来品。

参照 : DK-455DK-245
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 1.4cm×横 5cm×奥行 3cm
● 価格 : \ 180,000

こうした金銀器は宮廷や貴族の邸宅において日常に用いられたほか、朝廷や貴族の間の進奉用にも使われた。
参照 : DK-216

 

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▼ DK-486 ▼ DK-487

銅尊

青銅鍍金熊鎮
● 時代 : 商晩期(紀元前14世紀〜前11世紀)
● サイズ : 高さ 25cm×横 23cm×奥行 23cm
● 価格 : \ 問い合わせ

口を大きく開き、全体に4本の突稜を施し、頸部には蕉葉文、器腹には饕餮文で飾っている。
尊は酒を入れ、神前に供える容器であって、商中期に出現し西周中期まで作られた。錆色と白銅地との対比、文様の鋳上がりは極めて綺麗で、高い浮彫りや地文は全て非常に細かい雷文からなり、精密。鋳造の最高水準を示す。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 7cm×横 7cm×奥行 7cm
● 価格 : \

参照 : DK-028DK-048DK-178

 

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▼ DK-484 ▼ DK-485

貼銀鍍金鳥獣文六稜鏡

饕餮禽獣文じこう
● 時代 : 唐時代(8世紀後半)
● サイズ : 高さ 0.7cm×径 4.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

袖珍鏡などとも呼ばれる。今で言えばコンパクトに当たるような小型の鏡。分厚い六花形の周縁をした素文の鏡に文様を打出した銀板に金メッキを施して嵌め込んでいる。中央の鈕と鳥や獣は背面から鎚で叩いて銀板を延ばして浮彫風に浮かび上がらせたもので、地には魚々子と呼ばれる小円をぎっしりと打って敷き詰めている。

参照 : DK-385
● 時代 : 商代後期
● サイズ : 高さ 35cm×横 31cm×奥行 13cm
● 価格 : \ 問い合わせ

じこうのこうは元来角型の杯の意味だが、これは杯ではない。重々しい蓋を取り払って器の本体だけを見ると「い」という水指の形によく似ており、酒を注ぐ一種の銚子と考えられる。蓋の前端は、歯を剥き出した獣首を模り、獣首は巻角を持っている。蓋の背には伏龍、後端には牛首を付けている。それらの両側には顧首異獣が配されている。器身前部はきょう形に作っている。きょうは嘴が突出ており、中央に突稜が有り、器の前足はきょうの足の形になっている。きょう面の上下にはき文が、器身後部には饕餮文を飾っている。器体の後足は人面蛇身形である。
虎も蛇も猛禽もただの生き物でなく、その背後に不可測の力を持つものと思われ、したがって奇怪な動物の実在が信じられた。時代のあらゆる怪物を取り集めて凝縮し、その力を誇張した彫刻として見ると、不思議な必然性と活力を感じさせ、神話的色彩に富んでいる。器体裏底には4行10文字が陰刻される。類品は藤田美術館で重要文化財。

参照本 : 名宝清賞

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▼ DK-482 ▼ DK-483

青銅鍍金帯華蓋仏坐像

花文五稜鏡
● 時代 : 五胡十六国時代(後秦) AD 6世紀初期
● サイズ : 高さ 34cm×横 17cm×奥行 17cm
● 価格 : \

五胡十六国時代には、それまでの神仙世界と融合した仏像とは異なり、単独の礼拝像としての仏像製作が盛んになり、華北では本作品のような金銅仏が見つかる。仏は通肩に衣を纏い、裸定印を結び、一対の獅子の間に蓮華らしいものを配した台座に座す。台座の下には四脚座を設ける。頭光と身光からなる光背、大型の天蓋、四脚座の上面に蓮弁文を表わす。光背には左右の比丘、頂上には化仏と左右に飛天を拝す。本体と獅子座を一鋳し、光背・傘蓋・四脚座をそれぞれ別鋳する。ガンダーラ風の仏像と対の獅子は、他の作例とも共通する定型化した表現。中国の柄の長い絹笠や牀(寝床)を想起させる傘蓋や四脚座は仏像の形式の中国化を示している。
光背には「正光二年 ○己春正月朔日楊門村中書舎人力舎家平敬造佛像一區 願一坊平安」。正光2年はAD521年。
従来は別鋳で取付けられた附属物が失われて、その全体の形を知ることが出来なかったが、近時天蓋と四脚座を見えた遺例が見つかることにより、初めて本来の形式を推察することが可能になった。かって知られる類品よりはるかに大型品であり、鍍金もほぼ完全に残る貴重遺品。出光美術館蔵品の類品もこれに連なる作品。
モンゴル自治区フフホト収蔵家旧蔵品。

参照 : DK-447
参照本 :
出光美術館 館蔵名品選 第1集
シルクロード・仏教美術伝来の道
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 厚み 0.3cm×径 10cm
● 価格 : \ 45,000

深く鋭い稜角を持つ五稜花の外縁と、同形の突状線と内区には突状線花を装飾する。中唐を過ぎると、中国における鏡の製作は次第に衰えを見せ始め、外縁の形態も凹凸のはっきりとした稜形のものは少なくなり、本鏡のような深い刳り込みでなく、抑揚の無い六花形・八花形が多くなってゆく。
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▼ DK-480 ▼ DK-481

青銅十二支四獣鏡

鍍金魔かつ文五曲杯
● 時代 : 隋〜唐時代
● サイズ : 径 18cm×厚み 1.4cm、重量 960g
● 価格 : \ 問い合わせ

白銅製。
十二支の起源はバビロニアにあって、殷代にこれが伝えられたとされる。

参照 : DK-436
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 3.5cm×横 14cm×奥行 8cm
● 価格 : \

強い彎曲を持つ五曲の花形に成形し、銀板2枚を合わせ鍍金を施す。内底には火焔宝珠を呑み込もうとして小波か ら起き上がつた魔かつ魚を、外側は四面に区分けし、双鳥唐草文と鳥獣唐草文を整然と打たれた魚々子地上に表わしている。うねりを見せる器体の造形には力強さが漲っている。内面を主体とする各部の造形や素材の質感などは、通例の中国の金属器と異なり、地中海沿岸や西アジアの器物の特徴と一致する。唐時代に独特の形が異国趣味と合致したためかことに愛好され、玉製品やガラス・陶磁・金属などで作られた類品がある。曲面を基調とした安定感のある形姿は、装飾性と機能性を兼ね備えた唐時代の器物に特有のものであり、形に張りがあり、鏨が深く打たれた文様表現。力強くかつ整然と打たれた魚々子の列からみて、唐時代盛期最高位に位置付けられる作例といえる。
1970年陜西省西安市南郊の何家村出土の銀器に、これと類似した器がある。

参照本 : 大唐文明展
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▼ DK-478 ▼ DK-479

銅人物筆架

金貴石貼獅子花文青銅鏡
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 8.5cm×奥行 6cm
● 価格 : \

司馬温公(司馬公の尊称)の故事に基づく造形。ねったりとした赤褐色の宣徳銅で作られている。「司馬温公幼少の頃、庭で友童数名と隠れん坊をして遊ぶ。傍らに父君愛蔵の大瓶有り。友童の一人これに隠れんとして忽ち水中に落ち、正に溺れんとし大声を発す。温公躊躇わず足下の大石を握り、これを打ち破る。割れた瓶中より大水とともに友童出でて大声を上げて喜ぶ。温公の父君敢えてこれを咎めず。」の故事。人物・表情も適確に表現している。
日本伝来桐箱添。「司馬温公 筆架」。
箱印 「幽玄庵」(川路善八、遠州流茶人・小堀政優宗中に師事。京都下立売室町東入に住す。嘉永年間の人)。
司馬光は北宋の史学者・政治家。官として清廉で所有地を質に入れて妻を葬り、当時美談として伝えられた。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 径 9.5cm×高 1cm、重量 320g
● 価格 : \

背面の内区には金線枠内に緑松石・赤・橙瑪瑙を嵌め込んだ花文を。外区には同仕様の花文と金獅子を、一段上った縁には金小円を貼り巡らす極めて華麗な宝飾背鏡。
唐代は西アジアから流入した金銀貴石器の製作技術が頂点を極めた時期で、本鏡はその技術が鏡に導入されたもの。盛唐時代には単なる鋳造の青銅鏡には表現できない、一層の装飾性と色彩的華やかさが鏡にも求められた。素文の鏡の上に漆でもって貼り付けている。貴族階級の豪奢な生活に一層の彩りを添えていたことがうかがわれ、華やかな文化の実態を垣間見ることが出来る。類品を見ない優品。

参照 : DK-382
● 別角度画像 → 前部裏側拡大底面桐箱 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

▼ DK-476 ▼ DK-477

銀鍍金提梁脚付籠

青銅鴟きょう尊
● 時代 : 唐時代(9世紀)
● サイズ : 高さ 26cm×径 19cm×奥行 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

通気性の良い構造を持ち、茶葉を容れて乾燥させるのに用いられたといわれている。番の鴻(大型の雁)が何組も飛び交う様と、円文が連なった文様を表わし、鍍金を施す。「品」字を形成する3枚の花弁が足となる。同形状品が陜西省法門寺から1点、類品が1点、1987年西安法門寺跡より出土している。
当時の奇抜な造形感覚、唐代晩期の工芸品を代表する佳品。

参照 : DK-122
参照本 : 中国国宝展 2000
● 時代 : 商時代(前13〜12世紀)
● サイズ : 高さ 38cm×横 25cm×奥行 20cm
● 価格 : \ 問い合わせ

鴟きょうとはミミズクで、尊は酒の容器。この器種としては大型。頭の上の耳のように見えるのは羽角と呼ばれる羽。後頭部が蓋になっており、その上には小さな鳥と小型の龍が付けられている。胸前には蝉の文様、背後にも大きな饕餮文があり、把手の下にはミミズクの頭があるなど、全身に様々な文様が鏤められている。
鴟きょう尊は商代後期には時折見られる器種であるが、西周になると無くなる。商王朝の人と西周王朝の人では、ミミズクに対する観念が異なっていたのであろう。同品は安陽市婦好墓から1976年発見されている。
殷周時代青銅は「金」と呼ばれ、黄金と同じように貴重な金属であり、王や貴族以外は所有することが出来なかった。

参照本 : 悠久の美 中国国家博物館 名品展
● 別角度画像 → 裏側側面拡大上面底面内側 ● 別角度画像 → 裏・側面顔部拡大底面

▼ DK-474 ▼ DK-475

青銅鍍金亀鈕印章

青銅亀鈕印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 3.5cm×印面 2.7cm
● 価格 : \ 問い合わせ

亀鈕は斜線・円文が刻され、大きく力強い。印面共全体に厚い鍍金がなされている。官吏に任命されると職印と綬を拝受して、身に付ける。「印綬を帯ぶ」のは官に就くことであり、官を辞せば「印綬を解く」。公印はお上へ返戻し、その人が死去すれば生前使用した私印とかっての官職名を刻して一緒に埋葬した。
印面は「宣威将軍章」。

参照 : DK-335DK-313
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1.9cm×印面 1.6cm
● 価格 : \ 120,000

亀は目・足爪・甲羅の刻など精緻で幾分首を傾ぐ。
印面は「閑」。

参照 : DK-110
● 別角度画像 → 裏面後部拡大印面・印影 ● 別角度画像 → 裏面前後拡大印面・印影

▼ DK-472 ▼ DK-473

青銅鍍金亀鈕子母印章

青銅鍍金鳥鈕印章
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ2.1(1.5)cm×印面2.3(1.7)cm ( )内は子印
● 価格 : \ 70,000

素朴な造りの入子印章。

参照 : DK-021DK-213GS-046
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 2.8cm×印面 1.9cm× 2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

胸翼を持つ瑞鳥(鳳凰)の鈕。官印。印面は「司馬○」。
司馬の官職は西周に始めて置かれ、司徒・司工とも併称された。春秋時代には多くの諸侯がこの官職を置いた。宋に大司馬・小司馬、楚に大司馬・左右司馬があるが、令伊に次ぐ高職であった。司馬は主に軍事を担当したが、三職は金文においては個別の職務よりも王朝における官職任命の儀式に際して重要な役割を果たしている。

参照 : DK-335
● 別角度画像 → 分割底面 ● 別角度画像 → 裏・前面拡大印面・印影

▼ DK-470 ▼ DK-471

青銅獣文鏡

青銅鳥文鏡
● 時代 : 隋〜初唐時代
● サイズ : 径 20cm×高 1.2cm、重量 1000g
● 価格 : \ 問い合わせ

内区は鈕の回りを写実的な四獣が唐草文と共に配され、外区には「光流寿目質稟玄精澄空鏨氷照○○絡古永固宝月霊」銘。
鏡の機能の良さを讃えており、漢式鏡の銘文に見られたような吉祥語や思想的な背景の濃厚な語句を配列したものとは様相が一変している。隋唐鏡は蝋型鋳造のため鋳抜け良く、鏡の美しい輝きが見られる。
● 時代 : 前漢中期〜後期(前2〜1C)
● サイズ : 径 10.2cm×高 0.8cm、重量 200g
● 価格 : \

小乳で4等分された内区に、「鳳」・「貴」・「常」・「閣」と、間には鳥を描く。類品を見ない意匠。古代人の中でも鏡を所有できたのは、身なりが重要な上流階級の人たち。女性だけでなく、男性も髪の毛を伸ばして頭の上に結い、髭も蓄えていたので手入れが欠かせなかった。現在ではありふれた銅製品も古代には貴重な宝物であり、「権威の象徴」として王侯貴族たちの身の回りに置かれ、さらに神を祀るための道具として大切にされた。
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

▼ DK-468 ▼ DK-469

青銅細文地四獣文鏡

双鸞瑞花八花鏡
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 径 26cm×高 1cm、重量 1120g
● 価格 : \ 問い合わせ


参照 : DK-307DK-052
● 時代 : 盛唐時代(8世紀後半)
● サイズ : 直径 28cm×高 3cm、重量 3100g
● 価格 : \ 問い合わせ

鸞は鳳凰の一種の瑞鳥の名で、向かい合って蓮華座の上にとまり、内区の左右・上下に装飾される。外区には花喰い鳥・双鳥・蓮花が配される華やかな雰囲気に満ちている。この文様全体に吉祥の合意が込められていたであろうことが推察できる。本鏡のようにめでたい図柄が組み合わされた吉祥文様の出現は盛唐以後。分厚く重く作られ、錫が30%〜40%入る美しい白銅製。稜角は鋭利、文様の鋳上がりも一際優れ、蝋型鋳物ならではの表現方法。日本でも正倉院に類鏡があり、奈良興福寺金銅鎮壇中にも含まれている。
八稜の青銅鏡は、銀器・三彩等ともに盛唐の花ともいうべき文物である。唐三彩の変化に富んだ装飾は貼花あるいは印花によることが多いが、鏡背の装飾も単位文様を型によって作り、それらを型本体に貼り付けて構成した。その際、蝋型技法が応用されたと考えられる。単位文様の種類は数多くあり、それらを自由に組み合わせて貼り付けることをすれば意匠は多様な変化を見せることになる。唐代八花鏡の優品であるし、28cmの大型品は極稀少。

参照 : DK-361
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▼ DK-466 ▼ DK-467

青銅象尊

龍首青銅銀赤銅象嵌帯鈎
● 時代 : 商時代晩期
● サイズ : 高さ 26cm×横 35cm×奥行 14cm、重量 5kg
● 価格 : \ 問い合わせ

蓋と共に器全体を象の形に作っている。高々と持ち上げた鼻は内部が中空になっており、器腹内へと通じている。鼻には鱗文を施し、前後に突稜を付けている。鼻の先端には獣首が飾られ、その上には虎が伏せている。額には角のように巻いた一対の蛇文がある。体には様々な形状のき文、前足には虎文、後足には饕餮文を飾っている。尻から尾にかけて突稜が付いている。肉厚であり、重量がある。 手に持つとかすかでも3000年余前の過去の人々の繋がりを感じて胸が高鳴るし、殷周青銅器を見ると芸術千古という言葉を思い出す。立派な芸術はいつまでも残り、長くその価値を高く評価されるが、銅器の場合には名実共に芸術千古と言う言葉を実証してくれる。現在の中国でも、中国民族文化の最も優れた遺産として最大級の評価が与えられている。殷周青銅器特有の錆が緑を主とした西瓜色、鋳上がりの抜け、艶を含んだ肌色など申し分のない青銅器の魅力を持つ一級品。三千年の歳月はむしろ出来た時よりその美しさを増しているといえようか。
蓋の失われた類品が湖南省博物館に、蓋を伴なう品はフリアー美術館(高さ17.5cmの小型)に蔵されるが、鼻の形状・文様は幾分相違する。本品は湖南省博物館蔵品と同形。尊は本来酒を入れる容器の総括的な名称で個別の器種の名ではなく、鳥や四脚獣の姿を象った容器を尊と呼ぶ。洛陽郊外古井戸を利用した窖蔵より出土。
このような作品に出会うと、この機を逸して二度と見ることは出来まいと無理をしてでも買うこととなるが、対面すればその幸福は天地を我が物にした気分である。

参照 : DK-462GK-538
参照 : 中国製銅器全集 商C
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 29cm×幅 3cm
● 価格 : \ 400,000

黒地青銅上に、銀と赤銅の細線で雲渦文・点文・斜線文などを緻密精緻に象嵌する。かって類品を見ない、大型帯鈎。

参照 : DK-332
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▼ DK-464 ▼ DK-465

青銅鴟きょうゆう

青銅鍍金交脚菩薩坐像
● 時代 : 商後期(前11世紀)
● サイズ : 高さ 26cm×横 22cm×奥行 17cm
● 価格 : \

蓋と身でちょうど鴟きょう(ミミズク)が背中合わせになった様子を表現したゆう。蓋は大きな角が付いた饕餮面になっているが、両端に嘴が突出ていて、鴟きょうの頭になっている。身は頭部にき文、胴部に大きな鴟きょうの翼がある。この翼は龍がとぐろを巻いた形で構成され、その隙間に小鳥と小蛇が配されている。四本の獣足にもとぐろを巻いたき文が施される。吊手は双頭の鱗付龍を表現している。全体の地は雷文で埋めている。全体に光沢を帯びた褐緑色の錆が美しく、文様の彫りが深く、鋳上がりの良さを際立たせている。取っ手が付くことにより、青銅器鋳造技術の難度は増した。
鴟きょう形の銅器は、殷墟婦好墓の大型鴟きょう尊を初めとして商代後期に見られる。しかし西周時代以降は例がなくなる。古代中国の饗宴儀礼は尊崇の対象たる祖先たちに捧げられ、そこでは酒はこの作品のような容器に入れられ、儀式に参加する祖先の霊魂及びこの世の人々が、象徴的に或いは現実に飲む前に加熱用の三足の容器に移されたと見られる。こうした儀礼用の青銅器は古代においては非常に大切にされた財産であった。単に動物に対する畏敬の念を表現しているだけでなく、動物の持つ力を誇張することで神権と王権の威厳や神秘性を表現している。
出光美術館蔵の類品は重要美術品。

参照 : CK-046
参照本 :
泉屋博古 中国古銅器編
館蔵名品選A 出光美術館
● 時代 : 北魏時代(AD5世紀末)
● サイズ : 高さ 33cm×横 20cm×奥行 14.3cm
● 価格 : \

ガンダーラに多くの例がある交脚像。北魏が中国の北半を統一する頃から中国固有の造形が仏像になされる。台座に交脚菩薩が乗る。宝冠を被り、唇を仰月形にし、微笑を浮かべる相好はいかにも北魏の一典型を示すもので、両眼の特に上瞼の素朴な曲線にも特色がある。その相好は我国の飛鳥仏に通ずるものがあり、衣紋などの刻は鋭く、表現は平明だが造形の確かさにはすこぶる見るべきものがある。両手の構成する空間は巧みで、加えて直線的に交差する交脚と大き目の足先がいかにも北魏の作品といえる。この種の交脚像は雲崗竜門の石彫にその例が多く、金銅仏の遺例もあり、中国では好まれた像容であることがわかるが、我国ではこの形制に倣う例は殆ど無い。面やや不安定な姿が、我国の好みに合わなかったせいもあろう。
中国ではもとは席(しきもの)に直接座る生活習慣であったが、六朝から唐にかけて椅子に座る風習が広まる。仏教・仏像と共に現実の社会にも西方からの習慣が入り、以来、卓・椅の生活が一般となった。
厚い鍍金が完全に残り、保存は頗る完好。交脚像ではメトロポリタン美術館蔵の雲崗石窟にあった石浮彫り像が最も著名な作品。西安著名収蔵家旧蔵品。長年の懇請により入手。
「金策の苦労は一時。愛蔵の幸福は一生」の逸品。

参照本 :
中国美術 第3巻 彫塑
・ 中国石窟 雲崗石窟@ - 画像1画像2
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▼ DK-462 ▼ DK-463

青銅象尊

青銅方鼎
● 時代 : 西周前期(前11世紀)
● サイズ : 高さ 28.5cm×横 35cm×奥行 17.5cm、重量 3.5kg
● 価格 : \ 問い合わせ

逞しい象の姿を表わした酒を蓄える容器の尊。尊の用途は酒注や酒を蓄えて神前に供える用途。頭部から背にかけてが蓋となる。象を良く知るものでなければなしえない見事な表現であり、両耳はぴんと立ち、大きな目・広がった鼻、背上鈕に鳥が形成され、象文・き文・饕餮文が雷文地の器面を装飾している。尻尾の基にも獣面が飾られる。
饕餮文を器の最も目立つ位置に怪獣の顔面を大きく表現することは、商時代から西周時代前半にかけて流行した(近年中国では獣面文と呼んでいる)。青銅器の最も目立つ部分を飾るので、この時期一番格の高い重要文様であったと考えられ、天の最高神を表した文様とか最高神の使者を表した文様といわれる。現在、象尊は幾種類か知られるが、恐らく初資料の形態。
周王朝の周公や太保召公などのような周初の重臣の領地はみな周原一帯にあり、彼らの一族や子孫も多くこの地に住んでいたが、西周末年、西周が大戎によって滅ぼされると多くの王臣は逃げ出し、周王室の洛陽への東遷に付き従って一族の宋廟の青銅重器を持ちだせず、居住地付近の穴蔵に埋めた。しかし彼らは洛陽到着後、故郷に戻って穴蔵を掘り返す機会を得ず、青銅器は長く地下に埋もれたままとなったが、漢朝以来とりわけここ数十年来、ここで発見調査された穴蔵だけで数十箇所、出土総数は数千点以上といわれる。しかしいまだ日々穴蔵から盗掘され、こうした稀品も出現する嬉しい状況。一部黄色味がかった青銅の地金が見て取れる。優れた造形と怪異な装飾が組み合わさった古代中国青銅器中の屈指の名品。
当時、南方のみならず黄河流域にも象が生息していた。文献の中に「殷人は象を服す」(呂氏春秋)という記載があるが、「象を服す」とはゾウを飼いならして養殖していたこと。

参照 : GK-538
参照本 :
象尊興犠尊
中国製銅器全集 商C
● 時代 : 西周早期(前11世紀)
● サイズ : 高さ 24.5cm×横 21cm×奥行 15cm
● 価格 : \ 問い合わせ

口唇部は外折れし、立耳が付いている。器腹は下部がやや窄まり、細長い柱足を持つ。器腹には饕餮文を大きく、足部には獣首を装飾、器腹の四隅には突稜が付く。器内底には3行書幾文字銘がある。九鼎は西周時代でもっとも神聖な礼器で、周王の権力の象徴。
九鼎は都の宗廟内の最も尊貴な場所に供えられ、周王が重大な国家儀式を行う時にのみ使用された。鼎が安定すれば国は栄え、鼎を失うと国は滅ぶということ。西周末年、王室は衰退し、楽邑に遷都した時に真っ先に九鼎を新都に移して安置し、国家の安定を確保した。現時点では周王の九鼎はまだ発見されていない。
天子は九鼎、卿は7鼎、大夫は5鼎、士は3鼎と定められ、それによって「上下を別ち、貴財を明らかにす」る標識とした。鼎の殆どには銘文が刻されている。青銅器の製造工房はいずれも王都のそばにあった。鼎はそこで作られ属国の首長や各地に派遣した軍司令官などに忠臣の誉れとして授けられた。
宋代の文人士大夫は骨董、特に殷や周時代の青銅器の収集と鑑賞に夢中になり、鐘・鼎などを飾って楽しんだことは徴宗皇帝を描いた書画にも見られるし、発掘品は数が限られたため倣青銅器が北宋後期から造られ始める。
一つの約束は九つの鼎のように重い、つまり約束を守ることは大事なことなのだの意で「一言九鼎」が使われる。

参照 : DK-428
● 別角度画像 → 裏側前後拡大分割底面 ● 別角度画像 → 裏・側面上面拡大底面

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