2本合わせた紐を寄せた把手の上部が龍首となって盤口を噛む。その反対側には鶏首頭が飾られ、古越磁の天鶏壷を思わせる。細長く把手も大きく見応えする造型と変遷するのは南朝から隋時代。注口は単なる装飾で、注口の役には立たない。左右の小さい丸耳は丸鋲でしっかりと留めた趣。同形品は幼くしてなくなった隋の皇女・李静訓墓出土の白磁天鶏壷(中国歴史博物館蔵)が知られる。天鶏壷は幾分の造型を変化させながらも400年ほど長期間作りつづけられた。南京博物院には青磁で同型品が知られる。
ギリシャ以来のアンフォラをはじめとする西アジアの宋磁瓶が投影しており、そのイメージをこのような形姿に仕立てた直した隋の陶工の創案があったといえよう。隋から唐時代には名だたる貴族は殆ど長安と洛陽の二都に集合していたといわれるが、本品も洛陽郊外墓出土を納得させる優品といえる。
参照 : CS-057 、 CC-033
参照本 : 平凡社版 「中国の陶磁5 白磁」 No.2 |