CM-091 油滴天目碗
時代: 南宋時代  、 サイズ: 高さ 7cm×口径 16.4cm
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建窯。
口縁を朝顔のように大きく広げた重々しく雄大な形姿。全面に広がる銀の斑文は、焼成時に釉中で破裂した無数の気泡の跡に酸化第二鉄の粒子が結晶となって生じたと考えられている。
茶碗内外にたっぷりと黒釉が掛けられ、その内外に密集して浮かぶ油滴の斑文は他に例を見ないほど大粒で、光の照射により輝く様は見事である。素地は建窯特有の黒土。この時期の油滴は意図的に表わす事はまだできず、偶然の賜物。その後、北部の磁州窯系で意図的に表わせることとなり摸倣される。
「油滴」という呼称は日本におけるもので、中国では明時代初期文献に「滴珠」と称されている。油滴天目は室町時より曜変天目の次位に上げられ評価が高い。類品は重要文化財静嘉堂美術館所蔵品が有名。
北宋時代の「茶録」には、「茶の色が白い故、黒い茶碗が良い。温めるに久しく熱く冷め難い。他処で出来る茶碗は薄く、或いは褐色で建窯には及ばない。青磁や白磁の茶碗に至っては茶を飲む人は用いない」と書かれている。
建窯は終始茶碗のみを焼き続けた極めて特異な窯であり、従って明初に至って茶法再び変じて新たに淹茶法が流行して、これに適する景徳鎮の白磁や青花の碗が取り上げられてくると建盞は当然用いられなくなり、やがて建窯は廃絶に帰するに至る。
我国において天目茶碗が大きな意味を持つ中、世界における中国陶磁史研究では天目茶碗は僅かに触れられる程度の存在であり、それも日本における伝世品を基本として語られる場合が多い。

参照 : CM-060
参照本 : 茶道具の世界@ 唐物茶碗







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