龍泉窯。
口頸部が喇叭状に開き、肩が丸く、胴は裾にかけて窄まっていく形式の瓶は、宋時代の瓶花の盛行に応じて創作された。龍泉窯でも南宋〜元時代にかけて大作から小さいものまで多く作られ、貼花の技法で器面が装飾されることが多い。本品は胴に向背して旋回する蔓草を廻らし、牡丹花も四つを交互に向背して置いている。日本には寺院の仏殿や法堂を飾る装飾具として珍重され、俗に「浮牡丹」と呼ばれた。
元代の龍泉窯(浙江省)は、対外貿易の需要に応じる為海上交通の要路に素早く進出し、二百以上の窯址の半数が甌江と松渓の二つの川沿いに分布していた。製品は重要な通商港だった。温州(浙江省)と泉州(福建省)にすぐさま転送され、遠く海外へと輸出された。韓国新安沖の海底で発見された元代の沈没船からは一万個以上の磁器が引揚げられたが、このうち龍泉窯の磁器は3千個以上にのぼっている。近時インドネシア某島某寺墓出土品。
13世紀から14世紀にかけて50〜60センチを越える龍泉窯青磁の大型花瓶類が寺院の荘厳具として我国に大量に輸入された。それは禅宗の興隆に伴ない、大伽藍が建立され、法堂常備の具足としてそれらが望まれた為。しかもその唐物尊重の気風は禅宗寺院ばかりではなく、他州の寺院にも及び、時代の趣向となって言った。
参照 : CC-303
参照本 : 青磁の美 - 秘色の探求 |