越州窯。
この水注の形式は五代に始まるもので、その祖型はおそらく金属器にあったと推測される。水注胴部中央前後に大きく宝相花を、空間は蔓・葉を、下方部は蓮弁を、水注の宝珠つまみ被せ蓋の胴部は剣先文を鋭い片切彫りで表現している。承盤といわれる受碗の残るのが極めて珍しく水注の胴部とほぼ同模様で3ヶ所に宝相花を削り透かし模様としている。蓋・二本の紐を合わせた形の把手の形状等から五代〜北宋初期の作品と考えられる。耀州窯・東窯といわれるこの時代の水注も知られるが、意匠はより繊細であり複雑で気品が漂う。釉は滑らかにとけ、透明感のある美しいオリーブグリーンに発色、片切彫りの釉だまりがあちこち美しい。北宋時代になると牡丹文が多く、宝相華文ということも時代が溯る品と考えられる。
承盤については上流貴族が用いた、主として青白磁水注に伴なう遺品が書画・壁画・墓等から知られるが、普通は透穴は無く、湯をためて酒を冷まさない温碗の役目用と考えられている。温碗と水注の組合せは北宋期に始まった。本品の温碗は、透かしであることにより温器としての用はなさず、あくまでも装飾用承盒であることも珍しい。何にしても蓋・承盤を伴なう完器の遺品は極めて貴重なもの。越州窯は唐から五代にかけて天下第一の名窯とされ盛んに青磁を焼いた。然し北宋になっても焼造を続けた。特に俗に多嘴壷と呼んでいる壷が多く水注は珍しい。承盤の内底には5ヶ所の削り目跡が荒々しく残り、水注と一体にして焼成した様子がわかる。
この時期越州窯は呉越銭氏の王朝における官窯として貢納品を焼成していたことから製作は精細を加え、秘色青磁がこの時期の技術水準を示す代表例。本歌を銀製や青銅製の同形の器に求められるものであるが、金属器とは異なった優しさとのびやかさを備えている。「林中不売薪」であって文化は需要と供給が揃って成立するものであり需要が高級なら供給も高級化、需要が低俗なら供給も平凡になるもの。まさに現代を象徴している。実用品であることからも奇跡的に完品で残りここにあるということは近時「温州」郊外窟蔵からの出土によるため。
昭和18年小山富士夫による名著「宋磁」が出版され宋磁の優品が集められたが、もし現在彼が第2の「宋磁」を編纂するとすれば越州窯の優品は少なく本品も掲載されるであろうし古陶磁のもつ美しさ、心をひきつける魅力は実は魔物であると気付かせるような品といえよう。
2006/9/21 ニューヨークサザビーズ に 類品出品(参照画像)。
エスティメイト $120,000〜150,000(1500万円〜1800万円)
参照 : CW-021 、 CW-012
参照本 : サザビーズ香港 1993年5月28日 |