越州窯。
西晋時代頃に作られはじめた鶏頭壷は、東晋時代に入るとやや大型化し鶏の頭は直立して嘴の先には小さな孔があけられ注口となり、尾は盤口まで大きく延び把手となって水注形に変化する。
南北朝時代に入ると更に大型化し、江南だけでなく華北でも見られるようになる。天鶏壷は西晋時代に制作が始まり、隋時代には華北でも焼造され400年程長い間つくり続けられた。古越磁が初めて各地で焼かれるようになったのは晋時代。釉色の滋味さ、全体の姿がいかにも親しみやすく古越磁は日本人好みに合い、明器の動物俑を始めとして多く将来されている。鶏頭が2ヶであるのが珍しく(従って取っ手も2本連結)、更に盤口縁・取っ手部に鉄斑を飛ばしている。注口は開口され水が流れる。程良い愛玩寸法であることも嬉しい。生活に彩りを添える愛玩品であったであろうこのような文物から書道が貴族のたしなみとして定着していたことが推察される。
参照 : CM-024 |