長沙窯。
長沙窯は古文書に記されておらず、唐代に始まり、五代に終息。約300年余の短命の窯であった事が最近の調査で判明した。この地の陶匠達は器用で壷等の口・胴・耳の部分を取り換えては多くの実用器をつくり、特に早くから貼花を採り入れ、色釉を施して器身を飾った。又、下絵付けも創造し、色絵磁の始まりも長沙窯であった。花弁、葡萄、胡人を貼って、褐釉をかけ、全身に黄釉を施し貼花と下絵付けの工芸をみせる。4つの貼花が全て異模様も珍しい。長沙窯の焼物は、越州窯・刑窯と並んで、遠くはニシヤプールでも発見されており唐代東西交易の一役をになった胡人の文様も、輸出に力を注いだ唐三彩とは違った異国趣味のあらわれと思われる。水注は多いが、四耳壷は珍品。本品もインドネ
シアからの請来品。 |