中国南部、或いはラオス製。粽、或いは南蛮高麗筒花生・切り溜・鬼の腕などと呼ばれる花生の作品群は恐らく元時代頃から明初頃まで中国南部の窯で焼成された作品。この手の作品の中の四耳壺は我国でも博多の海中や長崎県の鷹島の沖合いなどから発見されており、蒙古来襲時の遺物であるといわれる。同様に中国のジャンクが行き交う所に必ずこの手の壺が発見される。インドネシアのジャワ島沖の沈船からは、四耳壺・粽型・紡錘型の壺が発見される。
四耳壺や粽型の長頸壺は、茶の湯道具の中で侘びた花生として大名や豪商・豪農の持ち物として知られているものが数多い。本品はきわめて細い指ほどの太さの作品で類品を見ず、そもそも何の用途であろうか。将来され我国で木台が誂えられ、紐を首に付け花生としても珍重したものと知れる。内箱は古裂を張った木箱、外箱は一閑貼箱と二重の誂えでもって大切に保管されてきた日本伝来品。端正なその姿の中にどこか侘びた感じがすることを持って南蛮の壺は花生に最も相応しく、南蛮物がいかに珍重されたかうかがわれる。 |