広東広州墓出土。
平底で3室に分けられた船室が有りl、後方は2層となっている。操舵に1人、後室に1人が船員で中室に居る2人が客人かと思われる。船首には碇も有る。当時14〜15米・500t程度の船であると資料より類推されている。
相当な豪族の持船であったのであろう、副葬品としての建物・豚舎はまま見られるが船は稀見。灰陶船は中国歴史博物館・広東省博物館蔵品が知られる。銀化も均一に美しく変化している。
中国南方古代造船重要史料であるとともに、「南船北馬」をその通り表わす品。
南船の地「楚」では船を指す言葉は豊富だったが、北馬の地の遊牧民族によって次第に『船』の語に統一された。
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