杯の内面にはたっぷりと朱が塗られている。 当時湖南方面でしきりに作られていた木地彩漆の器に倣ったもの。外面を黒漆地とし、内面に朱を塗ったものの写し。 数枚の耳杯を収納する漆盆もあって「 ホウ」と呼ばれるが、この中に収納され且つ余程墓の保存状態も良かったところよりの出土品。 耳杯は戦国時代には幅広でやや深めに作られ耳が上向きに付き、時代が下がるにつれ長楕円となり、後漢末から六朝初期に至ると、上面に反りがつけられる。