薄緑色の美玉で作られている。左右耳朶に挟むための穴の穿ち方が相違する。玉の最古の例とされているのが玉ケツであり、初期の玉器は主に装身具や小型の工具として用いられた。玉器作りの専門工人も出現していたと推測される。8000年前の興隆窪文化の玉ケツを考古学者は「中華最古の玉器」と呼ぶ。大陸と日本列島との文化交流を示す典型的なものがケツで、日本の縄文時代では早期末から出現し前期から中期にかけていくつかのバリエーションがみられる。玉装飾品が人格化されていくなかで 「ケツ」 が 「決」 と同音であることから(決断)を表すものとされた。
劉邦と項羽の鴻門の会の時、項羽の軍帥范増が「佩する所の玉ケツを挙げ以て之に示すこと三たびす」の事例として有名。
参照 : GK-569 |