定窯。
よく溶けた透明釉は釉溜りが僅かに黄味を帯びる美しい焼き上がりの水注。もとは被せ蓋を伴なっていたと思われる。胴面の蓮唐草文、裾部の蓮弁文は浅い浮彫り風に表わされる。北宋前半の浮彫り風蓮弁文が、北宋後半に浅い箆彫り風の刻花文に変わったが、この時期に特有の流れるような箆彫りで表される。
この式の注器は北宋の中葉にかけて陶磁として洗練された形姿に整い、定窯や景徳鎮窯を中心に繊細精緻の作がなされた。中でも景徳鎮窯では定窯を意識したと見える作にはじまり、やがて大規模な生産を行い、陶磁の生産地として地位を確立すると共に多様な器種を生み出すようになったが、注器についても大小や器形に数々の変化を持たせ、遺品も多い。北宋前半の一時に流行した注器は、銀器を写している。
定窯の白磁は西暦1000年頃を境に色が青みを帯びた白から牙白と呼ばれる黄色味かかった白に変わる。これは燃料が薪から石炭に変わったことを意味している。幸いなことにこの牙白の色合いは中国人が親しんできた玉の色に通じるもので、人々に好感をもって受け入れられた。
参照 : CW-041 |