DK-380 青銅鳥貯貝器
時代:前漢時代(前206〜8年) 、サイズ:高さ 31cm×幅22.5 cm×奥行 16cm
価格: \

貯貝器は安産を象徴する子安貝を貯めておく容器。蓋の上は多くの作品には牛を配するが、本作品は蓋の中央には魚を銜える鳥が、周囲には5羽の羽根を広げる鳥が、縁には4ヶの獣面が装飾される。器身は腰が締まり孔雀が2羽、底足には3頭の鹿が付いている。器面は菱文・渦文の3段の間の2段に船に乗る人物と2頭づつの鹿・虎が繊細な線刻装飾されている。ボートレースであろう船に乗る人物は5人の漕人を含め7人裸で入墨をしている。

魚と水鳥を共に表した文様は新石器時代にも見られるが、漢代には陶器や銅器だけでなく墓の建築などに用いる画像石にも屡見られ、何らかの独自の吉祥の意味を持っていたと思われる。鳥の羽毛・鹿の模様など、極めて細微な刻となっている。テン人の貯貝器の装飾は多種多様で、鋳造は非常に精巧、題材は日常生活に取材したものが多く、当地の社会状況を研究する上で非常に重要。もともとテン文化では牛が突出した扱いを受けていたが、その後虎や鹿といった他の動物象や騎馬人物像などが立体装飾として頻繁に作られるようになると牛に対する絶対的な扱いは見られなくなった。

鷺と魚を一緒に描けば「一多十餘(余)」と呼ばれ、古代では「多」は「鷺」と同じ音だったといわれる。「魚」は「余」と同音。食べるものが余るぐらいたくさんあるようにという期待が込められ、象形印章に良く使われる図案でもある。三星堆文化銅器と共に、テン国銅器は近時の発掘により市場に登場したものであり、収蔵家にとっては嬉しい時代となった(三星堆発見は1986年、テン国銅器発見は1956年であり、それまでは中原の青銅器が主として知られていた)。本作品は卓越した技術を示した極めて優れた芸術佳品といえよう。貯貝器に納められた子安貝(宝貝)は三星堆遺跡からも数千個に及ぶ量が出土しており、富の象徴であった。宝貝は中国の沿海で採れる所がなく、ビルマの辺りから運ばれたと考えられている。
雲南の古代民族であるテン族の立てたテン国の青銅器である。成都の三星堆・テン国銅器著名収蔵家旧蔵品。

参照 : DK-254









← 銅製品のページへ戻る