耀州窯。
五代十国のうち南唐では文化に造詣の深い君主のもと、優れた文房具が生産され、耀州窯の地域を支配した呉越国の銭氏も、自国の名産として青磁生産を保護育成し、10世紀に入ると金銀器等を手本として優れた青磁が焼造される。そうした技術が各地に伝わり、華北の耀州窯でも優美な青磁が作られるようになる。この深く刻みを入れた瓜稜状器壁の輪花形も金属器に倣った形式。素地と釉薬がやや黒みの呈色を見せるが、釉調には独特の清雅さが感じられて美しい。上から見ると一輪の花が満開したようであり、感動させるのに十分の美しさがある。
高台脇に箆目が数ヶ所刻されるのも高台の畳付から内側にかけて赤く焦げるのも耀州窯の見所の一つ。かって小山富士夫氏は終戦前奉天美術館にあったホロンバイル盟ホルチン右翼旗白辛屯古墓から出土した類品2点を官窯(東窯)作品と鑑定して知られる(これは五輪花)。
参照本 :中国中原に華ひらいた名窯 - 耀州窯 、 中国陶磁 美を鑑るこころ |