鈞窯。
淡い白濁性の天青釉がたっぷりと掛かる玉壷春と呼ばれるラッキョウ方の瓶。澄んだ水色の釉一色は、なまじっか紫紅班が無いのもすっきりとして気持ちよく、花写りの良い佳品。
鈞窯は後世、宋代の五大名窯の一つとみなされているが、宋代の文献に見られず鈞窯の初期の歴史はまだ明らかにされていない。焼成を始めた時期は宋であり金ではないこと、北宋の後期が鈞窯の最盛期であったことはわかっている。河南省禹県にある窯址は100ヶ所に達し、中原の重要な製陶地域であり続けた。鈞窯は北方青磁の系統に属し、乳濁釉中に少量の銅を含む点で耀州窯とは異なり、汝窯とも異なる。
鈞窯は北宋時代に焼成にも深く意を用いたのか、よく還元して美しい天青色をしたものが多いが、金・元のものは形が崩れ、作りが厚く、釉調も粗く、腰以下は露胎となる。焼成も還元が充分でないので黄色味を帯びたり、鼠色になったり、青黒くなったりする。いいものを作っても高くこれを買う人たちが南に移り、地方の民窯としてその命脈を保っていたからであろう。 |