龍泉窯。
鎬文を削り出し、陰刻線で蓮弁の形が施される。淡い青緑色の釉色が二重貫入の美しさを一層引き立てる官窯龍泉といわれるもの。大振りでゆったりと形成、極めて薄造りで軽く、圏足も高くないベタ底で露胎する畳付部分は黒褐色を呈している。内外面に生じた二重貫入の黒線と白線の絶妙な風合いは眼を射るし、内面の美しさは至高の宝石の如き蒼穹の色であり、見飽きない。碧玉のような幽邃な趣をもって釉面に無限の変化を与えており、官窯と何ら遜色はない。名品といえよう。
口縁は青磁釉とせず、釉を掛け生地の茶褐色とし青釉と褐釉とでまとめたものとしている。南宋官窯は宋室が南に移って官窯を設ける時、素地・釉薬は龍泉から運ばせ、工人も龍泉から特に優れた者達を呼び寄せたといわれ、龍泉窯と官窯の製品が酷似するのは当然であろう。元々青磁は文様を器の表面に表すことを好まず、自ずと無文が基本態となったが、控え目には施され蓮弁文様はその代表的な文様。近時浙江省龍泉県金村の窟蔵出土品。対で出土。
小山富士夫の名著「宋磁」は宋時代の古陶磁を総称した言葉であるが、宋時代は青磁と白磁と黒釉磁が究極的に完成した時代で、優れた作品が生産された。12世紀以来優れた眼を持った先人達により、優品が我国に請来。20世紀に入ってからは特に美しい宋磁が流入。宋磁は中国陶磁鑑賞の中心的な存在となったわけである。
青磁は自然採光の室内で見た時ほど釉の質や色調が美しいのは翡翠と同様であって、玉や翡翠を目指して青磁が作られた事が理解できる。雨上がりの空の青さ、それも雲が破れるように晴れ始めた空の青さという「雨過天晴」をまさに創造した工人の技は見事という他ない。日本では岡部嶺男を代表とする陶芸作家の目指した青磁がまさにこれであろう。 |