良渚文化(BC3500〜BC2500)。
幾分中央部を凹ませた扁平鼓状の表面は3区に分け、中央部には上段の小さい円い目の神が、下の白目の大きな神の額の上に立ち両手で下の神の目に触れ、下の神も手を広げ何かを掴む。二柱の神を、左右には6・11・6条の細線を挟んで神面を上下に2ヶづつ前後側面も同様3ヶの神面と左右には6条の細線を2段線刻する。左右側面には見事な貫通する穴が穿たれており、実際には必要も無い手間をかけ穿孔そのものに古代人にとっての意味があったのであろう。硬質青玉製で風化は少ないが、5000年余にわたる泌化がなんとも古意有る変化を成し、古玉の魅力を堪能させる。実用枕であろうが何と贅沢なこと。今使ってみれば古代人と同夢が見られるのであろうか。紅山文化・良渚文化とも玉枕の類品は見ず初見。坑州郊外農民が長年収蔵の由。
参照 : GK-390 |