外区と内区に分けられた外区には冠を被り牙を持つ神面を、間には2人づつの舞踏女子を、内区にも8人の女子舞踏文を浮彫琢している。外区と内区の間の帯状部には小枠で区切り、線状透切込みを入れている。
中心円孔は斜線文とする装飾。これ程の大型良質ホータン玉でのかって見ない造型は、豪族の舞踏部屋壁面に飾られていた品という。白玉が風化により局部褐色化している。削りは極めて深く直線的であり、鋭い造型模様を際だたせている。かって類品を見ないこれ程の品が出現するのも近時中国全土での開発・鉄道・建設工事の賜。河南省長沙郊外より出土という。
舞踏は宗教的な行為であり、新石器時代彩陶時にも文様表現されている(参照 CK-035 )
こうした作品の出現はもとより当時の貴族達の豪奢な生活を反映するものであるが、同時にまた中国人民が玉石工芸の領域で新たな段階に進んだことを示しており、何度見ても飽きることない味わい尽くせぬ芸術的効果を備えている。貴族の墓、特に後漢の諸侯王墓から出土する穀粒文を施す一般的玉壁とは明らかに用途が違った品であったのであろう。中国の友人業者が自慢に見せびらかし、非売というのを強奪。「強奪は古美術収集の重要な形態の一つである!!」とは小山富士夫氏も書いておられる。 |