定窯。
身込み中央に蓮花、口縁下の雷文繋ぎの下には蓮花唐草文を印花する。明代の宣徳年間に稿まれた宮廷所蔵陶磁器の目録「宣徳鼎彝譜」に名が列挙されたことから汝窯・官窯・哥窯・鈞窯・定窯は宋の五代名窯と呼ばれるようになった。
定窯のある曲陽県には良質の石炭を産出する炭坑があった。石炭の値段は薪よりもはるかに安かったので、森林資源の枯渇による定窯存続の危機が救われた。また北宋の中頃、都の開封は百万人の人口を擁する大都市に発展。人々は生活用具を始めとする多くの磁器を求め、定窯にも数多くの注文が入った。狭い窯の空間を最大限に生かし、磁器を大量に生産する方法として伏せ焼きも考え出されたし、薪の弱い火力に比べ石炭の強い火力が必要とされた。 |