ケイ州窯。
唐の白磁というとケイ州窯であり釉自体の白さ、そして貫入が無い為にそこから異物の滲入により白磁の肌が汚染されることが無く、ケイ州窯の白磁の評価は更に高まることになった。万年壺を始めとする大型の白磁を求めた貴族階級が没落した後、白磁は一般社会の実用器を大量生産する方向に転換し、窯もカオリン質の良土に富む華北内邱の地へ窯を移したのがケイ州窯と考えられ、中唐代に近郊の白磁窯が統合発展してケイ州窯を作ったといえよう。そして晩唐にいたって同じ華北の曲陽に、定窯という白磁の銘窯を起こさせる事となる。硬質の優れた磁器であるケイ州窯は、その故に莫大な需要が寄せられ中国各地の遺跡、中近東や東南アジア・朝鮮・日本でも多くの出土を見ることがそのことをよく物語っている。寸法から水注のミニチュア・明器であろう。ちいさくとも精巧で気品があり、一般に愛好されているのが唐白磁・三彩のミニチュアである。 |