身部正面は魚々子地上、双朱雀唐草文。左面は白虎唐草文、右面は青龍唐草文、背面は双玄武唐草文を。蒲鉾形蓋上面は魚々子地上、四龍唐草文、左右面は双虎唐草文を打ち出している。角面の枠取り、主要打ち出し模様は鍍金が施される華麗な銅製宝函。
正面に鍵を嵌めた金具、背面に2個の蝶番で蓋を開閉する仕組みは、法門寺地宮出土の函にも共通して見られる構造であり、唐代晩期のこの種の容器の定式。
四神は中国古来の四方の神であり、四方の星座を動物に見立て、それに古代中国の物質論、宇宙観である五行思想の色を配した観念とされる。戦国〜前漢時代に成立し、後漢にかけて流行。鏡・画像石・瓦当・墓誌・古墳壁画などのモチーフに用いられ、六朝〜隋唐時代以後、および朝鮮半島・日本に及んだ最も洗練された絢爛豪華な作品は、朝廷直属の工場・工房が製造した。
玄宗皇帝の開元年間までは全く平和で、西はトルファン・クチヤあたりまで太平を謳歌して美術工芸を楽しんだ。 |