中国では4世紀から5世紀前半にかけて大きな肉髻をいただき通肩の大衣をまとって禅定印を結び、獅子座に結跏趺坐する左右相称の金銅仏が流行した。これらの金銅仏は通常五胡十六国仏と呼ばれている。従来は別鋳で取り付けられた付属物が失われて、その全体の形を知ることが出来なかったが、河北省石家在から出土した天蓋と四脚座を見えた遺例や本像などから初めて本来の形式を推察することが可能になった。
本品は四脚座に「天和3年」銘が刻され、五胡十六国時代から100年余後の作品で、仏像も台座と一鋳で造られている。八葉蓮花文を浮彫りにした天蓋を具え、天蓋のほぞは背裏にあるほぞ受に挿してある。
四脚座の四箇所それぞれの面・背部は 「徳成正覚」 「所愿如是」 、正面右部は「敬造釈迦」 「金像壺く」、正面左部は「第子甲二」 「十一月佛」が刻される。全体を山吹色に輝く厚い鍍金、天蓋を伴いかつ銘文の有る本作品は極めて稀品。貴重資料。近時武威郊外墓より出土。
※ 参照本 |