遼の陶器 Page1
CR-025

黄褐釉十二支紋鶏冠壺
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 32cm×横 12cm
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上が平たく下が丸い、上部に鶏冠状の耳と管状の口があり、縫い針の跡三本の稜線が皮袋を摸倣して作られたものとわかる。正面中央部には十二支文が装飾される。鶏冠壺初見意匠。
遼代陶磁が学会に始めて紹介されたのは昭和10年のこと。それまでは文字通り九百余年の歳月を地下に埋もれて知る人は無かった。遊牧民族の息吹を濃厚に写し出す作例。鶏冠壺は元の名を「馬盂」といい、契丹人が水・酒・ミルクを入れておくための道具。遼三彩は唐三彩と同様、全て副葬品。
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CR-023
CR-024

白磁皮嚢壺

白釉鳳首杯口瓶
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 29.5cm×幅 15.5cm×奥行 13.5cm
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林東窯。
把手の一端に腰を据えている二匹の猿を、胴部には刻線変形葡萄文を施す。10世紀前半に起こった契丹族の遼は、中華の文化と社会に同化する側面を持ちながらも独自の文化を創出し、陶磁においても塞外支配層の好みを強く反映した独特の器を生産した。皮嚢壺はその最も契丹的な特色を示す陶磁の一つで、遊牧民の飲用容器である皮袋を忠実に写しとったもの。革帯の縫合を簡略化した注口部から尾部へと巡る突帯・肩部の鋲打ち丸文・胴部の唐草文などの装飾が皮革工芸の特徴を示している。この種の提壺に例外なく葡萄文が飾られるということは、原型の皮袋が遠く葡萄の産地ウィグルに発するのかも判らない。ラクダの背に乗つたペツトの猿の姿は文物にしばし ば見られる。

参照 : CR-011
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 37.5cm×胴径 12cm
● 価格 : \ 問い合わせ

林東窯。
花形の杯形口で、頸と口の間に玉を銜えた鳳凰を作り、生き生きとしている。瓶は肩が広く、裾は窄まり圏足。全体の形は花輪を頂き、翼をおさめて立っている一羽の鳳凰のようである。
この種の器形は最初西域で流行し、高昌壁画中にも見られ、唐代にも類似の製品があった。頸部は幾筋もの段、肩部には二条の刻線が施される。
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CR-021
CR-022

三彩印花長盤

三彩印花牡丹蝶文皿
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 長さ 33.5cm×奥行 19cm×高さ 3cm
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乾瓦窯。
海棠形。外縁部は緑釉、見込は白地に牡丹文が推し出されている。一種の切枝風になる文様であり、牡丹花の両側に飾られるものは蝶文というより蜻蛉を便化したもの。古くは唐三彩には蝶文が活用されるがその殆どは紋白蝶に限られるのに、遼陶にあっては満豪草原に目立つ拳羽蝶が用いられる。契丹人が常に身近な野生の草花をとって文様としたもの。この三彩長盤はこの種のものとして形も整い釉上がりも美しく、初見の大型優品。元来この形態は盛唐の銀製八稜長盤に出で、或いはガラス製の瑠璃十二曲長盃として正倉院蔵御物もあるが、この遼代陶製長盤にあってはその原型を辛うじて追想されるに留まる。遼代古墳壁画にこの種の長盤を両手に掲げた婦人像が描かれている。我国では通称「ペン皿」と称している。近年の中国陶磁発掘により、かって高価な品々が容易に入手できることとなったが、中でも遼陶は大きな影響を受けた分野。遼三彩はその素朴さとエキゾティシズムに魅力がある。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 4cm×径 18.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

乾瓦窯。
遼は契丹族が北地から侵入して出来た王朝であるが、忠実に唐文化を摂取しようとしたようで、工芸遺品にその跡がうかがえる。陶磁における三彩印花器・鋳かえした海獣葡萄文鏡、それに銀器等は中原や江南に建てられた五代の諸国を凌いで唐風を踏襲している。三彩という釉法もさることながら、稜花形の器形や印花で表される華文は、唐末10世紀の銀器の影響を強く受けて成り立っている。恐らく同様の銀器が製作され、その模器としての遼三彩器であろうが、正確に唐風を写した部分遼が有した地方性、それに五代諸国が共有した宋風への傾向などが混在している。牡丹文や中央の捻じ花の芯にあたる部分の花文や牡丹の葉の脈を克明に表した描写は唐末の形式を残している。10世紀初頭唐王朝が崩壊し、中国は五代十国という南北朝分裂時代に入った。それと同時に万里の長城以北に遊牧民の契丹人による帝国・遼が形成された。
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CR-019
CR-020

緑釉黒掻落花唐子文百合口瓶

緑釉皮嚢壺
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 39.5cm×胴径 15.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

緑釉で文様を表わし、地は黒釉を施す。百合口の遼磁の典型的なスタイル。上下の蓮弁文をはさんで、胴面前後には蓮に乗り蓮葉を持つ唐子を前後に装飾する。削り落としの勢いのある大胆で力強い刻は、黒・緑釉という強い対比を一層魅力的としている。技法は中原の磁州窯との関連もうかがわれる作品。草原の地に花開いた契丹民族の創り上げた遼の陶磁は広々とした草原を思わす茫洋たる美しさと逞しさが魅力。類品を見ない。

参照 : CJ-039
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 29.5cm×横 14cm×奥行 14cm
● 価格 : \ 問い合わせ

皮袋の止め金具・縫い目をそのまま貼花により表現し、淡緑釉の掛かる鶏冠壺。遼代陶磁が学会に初めて紹介されたのは昭和十年のことであり、それまでは文字通り九百年余年の歳月を地下に埋もれて知る人は無かった。鶏冠壺という言葉も奉天博物館が開館されたその際、黒田博士等によって名付けられたもの。その形が鶏冠を彷彿させるものがあるからであるが、正しく言えば提壺である。水草を追い遊牧を事とし鞍馬を家として狩猟に専念した契丹人は、この皮袋の形態を持った提壺を生前には使い、死しては明器としてこれを墓中に納めた。

参照 : CR-014CR-003
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CR-017
CR-018

緑釉刻花文鳳凰首瓶

三彩龍文水注
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 21cm
● 価格 : \ 150,000

乾瓦窯
遼磁の典型的なスタイルの瓶。口は百合口に造り、その下に鳳凰首を飾り、胴は長胴形に作る。ざっくりとした赤い素地に白化粧を施した上に緑釉を掛けている。胴の肩部には下り蓮弁文を線彫りで巡らす。宋磁の鳳凰瓶のような安定感のあるドッシリとした作りではなく、やや不安定な気分があり、それは草原の地に花開いた契丹民族の創り上げた陶磁文化を象徴的に表わした作品と言える。小型品は初見。

参照 : CR-008
● 時代 : 遼時代(11〜12世紀)
● サイズ : 高さ 22cm×横 21cm×奥行 10cm
● 価格 : \ 問い合わせ

乾瓦窯
太鼓形に膨らんだ胴の両面に青海波の中を飛翔する双龍が装飾され、頂上には捩花弁形の口、左右には把手と水注口を取付け幾分高い高台を持つ水注。
遼の三彩は遼代後期の11世紀後半から12世紀初頭に生産され、本器は金属器にその祖形があると考えられる。遼の陶器は近年の発掘により、かって見られない新奇な器種が多く出土したが、本品も類品を見ない。唐三彩とは又違った味わいの美しさが野逸にとむ、愛すべき親しみ易さがある。中国文化に憧れ、厚葬の風習に染まった結果の一朝の花といえよう。
1115年、遼が金に滅ぼされると三彩もこの時期を境に消息が途絶える。三彩の工房が政治史と歩みを共にするのは唐三彩と同様であり、政治や文化の上層部と三彩が密着していたことの証明でもある。低火度鉛釉の性質上、胎は焼き締まらない為実用には適さず、当然墳墓に副葬されたもの。
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CR-015
CR-016

白磁貼花水注

褐釉花文皮嚢壺
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 9cm
● 価格 : \ 250,000

林東窯。
下膨れの桃型の胴部には五弁の花と蜜蜂を貼り付け三層の菊花に紐が付く被蓋を伴なう。全体に透明釉が流れ涙痕の釉だまりが美しく見られるのは定窯同様。何と愛らしい心安まる作品であろうか。厳しい風土の蒙古高原に生きる騎馬民族の花・虫・鳥など生命あるものへの憧れが小さな作品に込められ凝縮された品といえよう。同時代定窯との関連が窺われる興味ある作品でもある。(定窯には貼花は知られていない)近時内蒙古自治区の出土品が増え北魏から遼時代にわたっての新資料が入手できる事。本品のような1000余年前の繊細な品が蓋も供なり無傷で入手できるのも発掘ならではであって喜ばしい。定窯の影響を強く受けた林東窯は遼代後期の官窯と考えられている。珠玉の掌中美品といえ、メリハリの利いた力強い造形は、文房具としての使用で机上の清浄感を一段と高めてくれよう。一世を風靡した定窯も徽宋が「定窯の白磁はボウあり、用いるに堪えず」として伏せ焼きで生ず口縁の釉が乗らないことを嫌い急速に衰え、同時に北から攻め入った「金」に職人も連行され定窯の伝統も途絶え遼に引き継がれたといえよう。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 27cm
● 価格 : \ 問い合わせ

乾瓦窯
左右に広く張った胴の膨らみはいかにもふくよかであり、側面から眺めると全く違った細長い二等辺三角形となる。いわば氷嚢の形であり、家畜類の臓器をそのまま革袋としたかと思われる素朴な形であるが、軟陶の明器に形を替えても尚水を盛った触感が掌に感じられる。胴一面に箆彫の牡丹がフリーハンドで力強く施され北方遊牧民の力強さ。奔放さが表現され、魅力ある品としている。唐三彩の伝統は遼三彩の技法に伝わり、金代に華北の磁州窯に継承され、いわゆる「宋三彩」となる。近年の新発掘によりかつて知られている遼磁以上の優品が出土。鶏冠窯もその一つであり価格も下落し入手し易くなった事は嬉しい。遼代陶磁が学界に始めて紹介されたのは昭和10年のことであって、それまでは文字通り900余年の歳月を地下に埋もれて知る人は無かった。鶏冠窯という言葉も奉天博物館が開館されたその際、黒田博士によって名付けられた遼の陶磁は日本人に深く結びついている。
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CR-013
CR-014

白地黒釉掻落皮嚢壺

緑釉褐彩皮嚢壷
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 17cm
● 価格 : \ 問い合わせ

黒化粧を掻き落した部分に見える素地は粗く、凸起した皮革の縫い合せ線内には、花枝に止まり鳴く鳥を生き生きと深く掻き落している。把手は捻り縄形状で全体を引き締めた造形としており新出資料。
内モンゴル自治区赤峰の乾瓦窯の製品と見られ、磁州窯において白地黒掻落の製品が作られた12世紀初の作品と考えられる。広漠寂寥とした蒙古高原に生きる騎馬民族にとって、花・鳥など生命有るものへの憧れが如何ばかり強いかを教えてくれると共に、画面一杯に見事に描ききった技量は素晴らしい。大器に接した後、小味な作品に触れるとほっと救われる。愛玩に足る手頃の寸法からも珠玉の品といえ、このような品の入手できる事を素直に喜びたい。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 34cm
● 価格 : \ 問い合わせ

総体に緑釉皮袋の止め金具部分だけ褐釉を掛ける。アクセントとなり色の対比が殊の外美しい。まさに鶏冠壷といわれるようになった取っ手部も大きく見事なプロポーションを形造っている。中国唐の滅亡の頃から内蒙古地方に勢威をふるった契丹族遼の領下で焼かれたものであり、唐三彩の系譜を引くもの。豪華絢爛たる唐三彩と違って、朔北の草原に生まれた遼の焼物は粗放さに裏打ちされた力強い野性味に満ちているといえよう。皮嚢壷の形式については分類されており、この一見して皮袋の原形がわかる形態は中期のもので、初期の扇身単孔式(参照:CR-009)と共に数も少ないもの。鶏冠壷と命名したときはこの形式を標準としている。遼の建国は907年。一度国家を形成すると中国文化の摂取に乗り出し、焼物も中国人の手で作られるようになる。契丹族が中国文化に憧れ作りあげた文化の成果が遼三彩の焼物といえよう。

参照 : CR-003
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CR-011
CR-012

緑釉双猿皮嚢壺

三彩印花牡丹文円硯
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 32cm
● 価格 : \

乾瓦窯。
遼は契丹人の国だけに、支配者の好みを反映して独特の形の器が作られている。この皮嚢壺(鶏冠壺)はその一つであって、最も遼らしさのあふれた壺である。北方民族の力強さと奔放さが感じられる見事な壺。
この形式の壺は昭和の始め日本人研究者によって鶏冠壺と名付けられたが、妥当ではなく中国で名付けているように皮嚢壺、あるいは皮袋壺というべき。把手の一端に腰を据えている二匹の猿。胴部に施された刻線変形パルメット文等見事な着想であって、奥行きのある趣を凝らした素晴らしい作品である。遼特有の明るい緑釉で被われ美しい。ボストン美術館蔵の同作品が昔から知られるが稀少な品。遼の陶磁器が世人の注目をひくようになったのはさして古いことではなく、昭和の年代も10年に近づいてからのこと。広々とした草原を思わす茫洋たる美しさと逞しさが遼の陶器の魅力である。
● 時代

: 遼時代(11世紀後半)

● サイズ : 高さ 7cm×径 18,5cm
● 価格 : \

乾瓦窯。
遼三彩には盤の他に極くわずかではあるが、枕や鳥形水注などの異形品がある。円硯もその一つであって稀品。
かつてはベルリン美術館蔵の類品が知られる程度であった。盤その他と同じく、型で器形を作り出している。そうしてこれに厚く白釉をかけて白地を作りその上を押型の文様で飾ってある。
文様は菊文が基調であって硯の中心の海の部分のみ青海波文である。円硯の外回りも六区劃に分けられ菊文が配されこれを囲む格狭間風の窓は同じく遼三彩の八陵盤の器形と同じであって八陵盤とその文様の由来がこれによってわかる。墨をすりおろす部分が汚れている品も出土品であり実際使用されたと知られる。又円孤状の蓋が伴なう品も出土している。
昭和5年(1930)蒙古学者としてしられた鳥居竜蔵によって遼の宮殿址が発見され遼の歴史も解明され始めた。
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CR-009
CR-010

緑釉皮蓑壷

白磁龍首堤梁型鶏冠壷
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 18cm
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内蒙古から中国東北部、華北地域を治めた王朝遼は、契丹族の王朝であった。遼時代の焼き物の特色の一つは独特の釉色で、緑釉と黄釉は代表的な釉薬であった。緑釉を高台まで全体に掛け、厳寒の草原に舞い春を告げたであろう蝶が前後に貼花されているのが珍しく、小品で愛らしい。

本品は鶏冠壷初期の形状であって、中期・後期には背が高く、堤梁が皮紐縄や皮環状となる。遼の文様の中枢を占めていたのは蒙古の原野に自生する名も無い草花や芍薬の花を主としており、この民族が素朴な表現を好んだことが知れる。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 22cm
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林東窯。
遼は宋王室を南へ追った契丹の貴族の建てた政権(916〜1125)。契丹族は古くから中国に移駐していた民族で代々遼河上流のシラムン河一帯で遊牧生活を営んでいた。契丹の首領耶律阿保機が契丹の国を建て、金に滅ぼされるまで210年間続いた。

元々は携帯用としていた皮袋を模したものであって、この作品は初期の形態であり、本物に近い写しであろう。実用ではなく、墳墓に副葬されたもの。珍しいのは頂部に龍を立体的に、胴部に皮紐を写した突状文を貼付けている事。極めて稀少な品である。技術的には定窯の影響をかなり強く受けており遼定窯といわれるクリーム状の潤いある不透明釉が総体にかかり下膨れした形状が愛すべき品としている。
かつて「官」字銘のものが白磁皮嚢壷にあることから「官」字の刻文をもつ白磁器は全て遼磁と考えられたこともあったが、その後定窯址からも「官」字銘をもつ底部の破片が見つかったため「官」字銘の白磁は遼磁に限らないっことがわかった経緯も遼白磁にはある。
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CR-007
CR-008

緑釉盤口穿帯瓶

緑釉刻花牡丹文鳳首瓶
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 35cm
● 価格 : \

乾瓦窯。
盤口の口、細い頸・肩と頸に二重弦文が数本施され、肩は豊かで長い鼓腹。圏足は外側に張り出している。肩の両側と下腹部にそれぞれ対称に横向きの通し孔が有り、上下の通し孔の間に紐通し状の装飾が付き、圏足の両側に器身の通し孔と対応させて長方形の透かし孔がある。腹部両面には草葉の中に兎が素画で線刻されている。

造型は変わっており、色彩は華やかで精美・珍品であるが1983年開催の「北方騎馬民族文物展」には褐釉の同手品が出品された。
近年内蒙古自治区出土品。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 42cm
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乾瓦窯。
この鳳首瓶は東京国立博物館、五島美術館に類品があり、著名な品。緑釉は翡翠色に近い冴えた緑色で牡丹文は表裏2つあり、達者な線描きで陶工の慣れきった技がうかがえる。
鳳首瓶は遼の特徴ある陶磁で中国の鳳首瓶の影響を受けたものであるが又異なった趣がある。鳳首の造型は嘴・眼・尾等大きく力強く上部の朝顔形部は一段と大きく広がり、胴部の膨らんだ造型と共に、圧倒的な存 在感有る形としている。この鳥は喫丹人の好む海東青(鷹)を思わせる姿であり、胴部の線彫大輪の牡丹文は中国の影響。
香港著名収蔵家旧蔵品。
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CR-005
CR-006

白地緑彩劃花牡丹文鳳首瓶

八角三彩盤
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 36cm×径14cm
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花口鳥首のこの瓶は契丹族独特の形。緑釉一色が東京国立博物館・五島博物館に収蔵で知られる。
眼と嘴が鋭いこの鳥は契丹人の好む海東青という鷹を、さらにはペルシャ陶器の鳥首の瓶を思わせる。そうして上端に六弁の花形の口が付いている。胴部には大輪の花がめぐらされている。モンゴル高原に群れ咲く芍薬の花を写したのか。
砂眼の鉄分を含んだ胎土上に白釉を掛け削り、緑釉を飛ばすという技法は磁州窯を真似ている。生気ある造形・色使いには飽きない遼陶器の魅力を持ち、日本人に好まれる理由がわかる一品。
上海著名収蔵家放出品。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 2,5cm×横24,5cm
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遼は遊牧民である契丹族が中国東北地方に興した国で、11世紀半ばに国を興し、12世紀前半に宋に滅ぼされるまで独自の文化を築き上げた。南隣の中国と接していた為、中国文化を理解する性質をそなえていた。盤は稜花形の長盤と小方盤がほとんどであり、八角形は極めて少ないが、硯・暖盤にも八角形は見られる 。銀製盤にヒントを得た造型を表している。型押しによって内面に大きく龍、四周には雲紋をめぐらす。牡丹文が多い中、新出資料。唐三彩と同様、遼三彩も2 0世紀になって確認された為、伝世品がなく唐三彩との関係も今後の研究課題と いわれる。
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CR-003
CR-004

白釉緑彩鶏冠壷

緑釉皮嚢壷
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 41cm
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日本に招来された有名なこの手の鶏冠壷は、平凡社刊 陶磁大系40「遼の陶磁」所蔵。熱海MOA美術館にも所蔵される。
本品は随分大きく、緑釉は縫い目ではなく皮袋の止め金具部分だけとなっている。緑釉の鶏冠壷に比べ極めて希少。 遼の陶磁は遼の地で焼成した特異なもので中国の影響を受けたといえ、その間には素朴な塞外民族独特の嗜好が強調され興味をそそる。
この白釉上に装飾紐に緑釉を加えた鶏冠壷は最も美しいといわれている遼の陶器の一つ。遼の陶器は日本人が窯を発掘した事も有り、日本人の愛す中国陶磁の一つで優品が多く昔より渡来しているが、近年発掘品は一段と美しい状態で出土することが嬉しい。
上海著名収蔵家放出品。
● 時代 : 遼時代
● サイズ : 高さ 23cm× 径 13.cm
● 価格 : \ 問い合わせ

遼も中期から後期となると鉛釉系の明るい褐釉、緑釉を使った陶器が盛んに作られる。鶏冠壷といわれる遊牧民の皮袋を模した形。張りのある膨らみにたっぷりとした緑釉。そして箆彫の力強い花紋が両面の肩にわたって施される鮮やかな逸品。
中国で最初の征服王朝である北方遊牧民の遼独特の力強さ・奔放さが感じられる作品。遼三彩も唐三彩と同様伝世品は無く、20世紀になって確認出現した中国の陶磁であり、日本人が中心となって発掘研究されたゆえ、日本に優品も多く将来愛好者も多い。
香港収蔵家放出品。
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CR-001
CR-002

褐釉花文水注

三彩花文鉢
● 時代 :遼時代
● サイズ : 高さ 32,5cm× 径 14.cm
● 価格 : \ 150,000

百合口を冠した上部。胴部は両面に大きく花文が刻される。この型の水注は数少ない。
● 時代 :遼時代
● サイズ :高さ 7,5cm× 径 18,5.cm
● 価格 : \ 250,000

唐三彩の影響を受けた遼三彩。遼を興した契丹族は遊牧民らしい陶器を造った。日本では昔から遼の陶器を好んだ。三彩草文化が型押しされ鮮やかな白地に映える。この模様は初見。生地にかけられた白釉は剥がれ易いが本品は美しく残る。
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