ZK-152 戦士図帛画(絹本)
時代: 春秋戦国時代  、 サイズ: 横 76cm×縦 37cm
価格: ¥

2層の軍艦戦闘図を表現しており、左側甲軍の上層部には陣太鼓・戈を持つ武人を、下層部には乙軍の潜水兵が甲軍の船の航行を妨害し、潜水兵が乙軍の潜水兵を攻撃している。左側乙軍の上層部は水兵が腰に短剣を下げ各種武器を手に持っており、下層部は甲軍の潜水兵を朱彩で描く。同文様は河南汲県出土の戦国初期 銅鐘に水陸攻戦図として描かれている。
絹は漢代の貴族の女性の夏用の生地で、極めて細い絹糸を用いて織られている。漢代の紡織業の抜群に優れた技術を十分に表している。対外貿易においてシルクは中国が輸出する主要な商品であり、西域を通って広く世界に輸出されていた。

弩兵は広義においては歩兵の一種であり、殺傷力の最も強い兵種で、戦車や一般の歩兵と混合部隊を編成した。布陣の際、弩兵は軍隊の前列と両側面に配置され、前衛と両翼になった。交戦時、弩兵は真っ先に多数の矢を一斉に放ち、遠距離に及ぶやぶすまを形成して、敵軍の攻撃力を抑えた。隊列が整っていて狙いが定めやすく、横方向への移動が困難な戦車の陣形に対するのに、とりわけ有効であった。敵の勢いをそぐことができるためまず弩兵が攻撃し、それに続いて他の兵種が前に出て突撃を敢行した。これは陣形を作って戦う際に常用された手段。

このほか弓兵は歩兵の列にも属しており、弓矢は一級兵士に必携の武器であった。また射は六芸のうちの一項目であり、当時の貴族の特に士の階層の人々が広く訓練した技芸の一つでもあった。(六芸とは礼(礼法)・楽(音楽)・射(弓矢)・御(車馬の統御)・書・数(数学)という6種類の技芸)。
線を主要な造形手段とする中国伝統絵画はこの時代すでに作り上げられ、相当高度な水準に到達していた。当時、壁画が最も多く製作されたのは楚国であった。
漢代では射芸を教える機関がたくさん設立された。前漢代には毎年秋に辺境の軍人に弓の腕前を試験することが定められ、賞罰が下された。これを『秋射』と呼ぶ。







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