ZK-151 伏義女か図(絹本着色)
時代: 漢時代  、 サイズ: 高さ 72cm×横 54cm
価格: ¥

絹地に描いた絵画は帛画といわれる。麻布か絹本に描かれた伏義図はアスターナ・カラホージャ古墳群の墓室内の天井に木釘のようなもので留めるか、棺の上に掛けられていた品が知られる。

男女の上半身に対し、蛇の姿をとる下半身は互いに絡み合っている。上下には日月の象徴が、また周囲には北斗七星等の星座が描かれている。伏義は左手に曲尺を、女かは右手にコンパスを持つ。古代神話によれば伏義が文字を作り、漁労・牧畜などの生産を数えたといい、女かは婚姻や度量衡の制を定めたとされる。男女一対の神。
肩を抱き合う伏義女かの上半身部分が、下半身部分に比べて幅広の画面に描かれるため、結果としてT字ないしは逆台形状の形を呈する作品の方が多い。伏義・女かは中国古来の神話の人物であり、太陽神・月神であるとともに伝説中の創造神でもある。 古代の人々は天は円く、地は四角であると考えた。それゆえ、物差しやコンパスがなければ天地を円や四角に整えることはできないと考え、創造神にそうした道具をもたせて表現した。
中国の人々は夏の蝉の鳴き声を愛してきただけでなく、その薄い透き通った羽や絞の美しさを愛してきた。薄い絹織物の一種を蝉と呼んだのも、蝉の薄い羽になぞらえた。漢代の絹本着色は崑崙山への昇仙を描いた馬王堆の帛画が知られる(現存する漢代絵画の最高水準の作品)。

伏義・女かは漢代以降の画像石や墓葬壁画にもよく登場しているように、民間信仰として漢代以降一定の立場を有していた。図像学的に見た場合、前漢初期には女かは単独に扱われており、前漢中期以降、伏義・女かが組み合わさってモチーフとなり、さらにそれらが絡み合うのは前漢末から後漢にかけてである。伏義・女かの人類再生神話や世界を創造した盤古神話が一般化するのが漢代以降であり、こうした世界観を生み出す必要性が漢代にあったことが知られる。それ以前の世界観がこのように広大なものであったのかは何人も知ることができない。

参照本 :
日本の美術F 大谷光瑞と西域美術 
THE SILK ROAD Treasures of Tang China. 
いま見ても新しい古代中国の造形







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