薄木板の曲げ輪でつくられた円筒形の表面を漆塗りし、胴面は3段に分け、上下には瑞獣を金彩で。地は朱・銀彩で瑞雲を描く。裾と胴面2本の帯状部は銀彩で、口縁部には金属性覆輪を嵌め銀彩を施す。内・底面は朱塗とする。底中央には「金」銘が墨書き。軽量。類品を見ない。金銀の動物の図案を飾りとすることは前漢時代の新しい技術の代表で、平脱技法は唐代にも踏襲された。
漢の貴族階級は漆器を好み、漆工芸は重要な生産業になった。官営の漆器工場の製品は種類が大変多く、品質が優れていた。主に王室に漆器を供給していたが少量は市場に流れ、珍しくて貴重な為その価格は青銅器の10倍以上であった。一方、私営の漆器生産も非常に活発で、市場の需要に合わせた大量の製品を製造していた。
前漢末期、漆器の生産量は増加し価格は下がって、中・下流階級の生活用具になった。後漢以後、漆器は日用から工業用に転化し、新しく現れた磁器が次第に漆器にとって代わり平民の生活の中に入って行った。
青銅の縁取り技術の出現は漆器工芸の大きな進歩を体現していた。補強効果のほか、漆器を堂々としたものを見せることにもなった。
貴族の女性が使用した櫛などを入れる化粧箱を思われる下地の上に漆を塗るのを担当する者は「上工」といった。その後「画工」が各種の文様を描いた。続いて「彫工」が銘文を書き、最後に「清工」によって漆器の全面修理がおこなわれた。どの工程でも経験豊富で専門技術を持つ職人が担当したので、製品は質も量も上等であった。
参照 : CK-140
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