本来は如来立像如来三尊像が負う船形光背の一部。左右三体づつ六体の天人が最上部中央で一対の天人が宝塔を捧げ持ち、それ以外に四体の天人が飛翔する形態が普通。顔と首は金、腰衣は青、天衣は赤、頭は黒の彩色があったと知れる。もともと塑像や石造も加彩が普通のこととして考えられていた。幾年月を経て彩色の大部分は剥げ落ちて沈静の美しさを醸し、日本ではそれを古雅として特に悦ぶ。
三東半島の西北部に位置する青州市とその近辺では400体にも上る仏像が出土した龍興寺を始めとし、南北朝時代(439〜589年)を中心とする仏教彫刻の遺品が大量に出土している。
二人並んで薄衣をなびかせながら、中空を行く天人が厚肉彫で刻され、見る人の心を和ませる彫刻工の力量はたいしたもの。敦煌莫高窟と法隆寺金堂天井、小壁画は絵画で大同雲崗の石窟は彫刻と絵画で飛天が表現されている。 |