WS-045 菩薩半跏像石彫
時代: 東魏〜北斉時代(AD534〜577)  、 サイズ: 高さ 39cm
価格: \
肩に掛かる垂髪は蕨手状をなさず、上半身には両肩に垂飾付きの円形飾りと胸飾りを表すのみで、下半身に裳を着け中がすぼんだ円柱形の台座に右足を半跏して坐している。垂下する右足は台座に表された蓮華に支えられている。右足親指先のみ欠損。WS-033 と同様山東省青州市郊外寺址から出土。

やや顎の張った顔つきや観念的な肉体表現、衣文の平面的な処理などに伝統的な様式を残しながらもやわらかく微笑むような表情・裳の下の脚の動きなども伝える肉体への感心などに東魏〜北斉時代の新たな造形感覚が窺える。
朝鮮半島や日本で作られた半跏思惟像の源流を考える上でも重要な作品。北魏王朝はAD535年に東西に分かれるまで約150年続き、この頃には仏教は中国に根をおろしていた。野蛮な遊牧民族であった北魏も漢族文化を吸収、大いに仏教交流が図られ雲岡石窟を始めとする大小の仏像が彫りだされ、隋・唐の頃まで断続した。
石質は堅く灰青色であって、彩色の下地に白泥が塗られ、光背・衣文は朱色・蓮台台座は青色・腰部は緑色、顔・腕手・胸・足は青色、足は金彩と製作時は華麗な彩色が施されていたと知れる。生々しい色が1500年余経て摩滅、半ば消えかかっている色合いは幻のように美しい。工人たちは伝統の形式に従って鑿を振るったに過ぎないであろうが、それにもかかわらず昇華された無垢の美が表現されている。太子半跏思惟像ともいい、釈迦成仏前の悉達多太子が瞑想思惟する姿を表す。
飛鳥時代にはその信仰と共に日本に伝わり、弥勒半跏像はその後多数造像された。

参照 : WS-033







← 木工・石製品 のページへ戻る