秦・楚の時代、耳杯が盛んに用いられた。内面に朱色と黄褐色の漆で、3尾の魚と四葉文を周りには渦文、円点文などを描いている。写実的な動物文を大きく表わすのは、古代の漆器では珍しい。後になると魚は余と音が通ずることから豊かさを象徴するめでたい紋様とされ、絵画や工芸の題材として用いられるようになる。
極めて薄い木の刳ものであって、2000余年経ち木目が全体浮き出ており、また極めて軽量。
中国の絵画は筆の芸術であり、錐よりも鋭く毛筆を使い絵も書も象形に発するものとされ、書と絵の源は一つとされていることが理解できる。漆に描かれた絵は筆が特に鋭く、自由でのびのびとしており、西洋の絵画のようなぼさぼさとしたものは何もない。
かって漆器は、北鮮平壌郊外の楽浪遺蹟から多く出土し、その品が我国に渡っている数少ない中国漆器であったが、近年の発掘により、出土することとなった。これに水を注げば、屈折により魚が浮かび上がって見えたのだろう。
参照:CK-029 、 CK-028 、 CK-027 |