墓壙に収める明器土偶の中に、墓の鎮守にあたる辟邪獣があることは良く知られている。それはすでに戦国墓から始まっており、唐代では「き頭」の形をとる。ところが唐の土偶にはそういう獣形の辟邪とは別に、仏教寺院の天部神将から形を借りたこのような神王像がしきりに作られている。
肩鎧をはじめ、硬い革甲に身を固め、牛座に立ちはだかる。それらの装いが三彩の流釉で飾られて、彫塑と色彩の美をふんだんに発するもの。複雑な形なので、各部を別々に型で造り、接着して調整している。
陶俑・三彩俑の副葬は、中原の王陵を主に盛んに行われ、それは華中・華南へと広がりをみせた。しかし陶俑の中で三彩が占める量はそれほど多い数ではない。普通は灰陶俑の二割程度であり、俑は原則的に灰陶加彩俑が中心であり、そこに各種の三彩俑が含まれたといえる。破損・直し有。 |