右手にスティックを持ち、球を打つポロの姿態を表現する。ポロはペルシャから中国に伝わった後、皇帝に大層好まれ、太宗から玄宗・宣宋・僖宋に至るまで、皆このスポーツが上手だったし、長安城の高官や裕福な家の子弟や宮中の宮女子に至るまで、この球技を好んでブームとなり、貴族や役人の家でも自分でポロの球場を作っていた。
馬・人物ともに動きのある姿態を上手く纏めた陶匠の表現力は見事といえよう。唐代の人々が奔放で開豁だったことを物語っている作品。ポロは宋代に至ってからは「重文軽武」の風潮が盛んになり、衰退した。過去の盗掘では盗み出すのは金銀財宝で、唐三彩など商品価値は無かったため捨て置かれ、幸い三彩器が残っていることが多いという。ポロが発逹したのは、中国人による鐙の発明によるところが大きい。 |