CS-105 三彩女子俑
時代: 唐時代 、サイズ: 高さ 41cm×横 15cm×12cm
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盛唐を代表する美人俑は豊頬豊満な樹下美人式の俑であり、この形式の美人俑は8世紀の前半代に集中し、一般に楊貴妃の艶姿を写したといわれる。大きな髷は左右に分けて結い、短めのチョッキと裾の長いスカートを身に着け、肩にはショールを被り顔を覆う状態でもって鳥を止まらせ(手上に鳥を乗せている作品はまま知られる)、手には蓮実を持ち花履を履く。スカートは全体に6輪花紋を貼花し、緑釉と褐釉とがミックス状に美しく掛けられる。髷・眉・眼には墨彩が、髷の一部・唇には朱彩が施されている。総体に掛かる釉は極めて艶やかで美しい。平顔の美人で首部が全体から見て大きめで見るからに処女のあどけなさを示している。当時の貴人の周りには男性には食を携え、女性には化粧道具や種々の飾り物を持ち、楽人や武人を含め多くの侍女が仕えた様子が描かれている。

ゆったりした長袍は8世紀に流行したもので、その流行はそのまま日本の奈良朝に伝えられて愛好されており、その様子は正倉院の樹下美人図などに残されている。大振り。ふくよかな面立ち・端正な姿は数ある三彩美人俑の中でも一際細やかな作風を示し、瑞々しい表情と気品に溢れ、佳品である。盛唐の玄宗時代の作品と考えられ、華美な則天武后時代から玄宗時代の後宮生活を想像させるし、皇帝の起居した長安にはこうした手弱女がしなやかに歩んで人目を楽しませていたことであろう。西安業者長年月秘蔵品が納得できる。同墓にはいかばかりの優品が納入されていたであろうか。
唐三彩は11世紀前半の古墓にかたまっていて、11世紀後半の遺跡から確かな出土は知られておらず、終末は突然やってきたと考えられる。安禄山の乱、史思明の乱によって唐の貴族社会が大きな打撃を受けたことが主要因。

参照 : CS-034
参照本 : 中国古陶磁 上








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