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WS-056 WS-057

石製三足硯

石像観音菩薩頭部
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 14.5cm×横20cm
● 価格 : \

半円型蓋部中央に乳頭を囲んで柿葉文、四囲に4羽の鳳凰を陽刻し、間は葢文で埋める。身部は3ヶの熊足、間には鬼面を囲んで2頭づつの怪獣を、底面は乳頭を中心に3葉文が7菱形に陽刻される。
硯面は耳盃型の池が刻され、硯面の中央は幾分凹面となり、耳盃内と共に墨が幾分残り使用された痕跡が認められる。硯の初期形態資料として貴重なもの。全体土銹が付いている。

参照 : WS-013
● 時代 : 北魏時代
● サイズ : 高さ 24cm(台共高 39cm)
● 価格 : \ 問い合わせ

雲岡の仏頭に多く見られる頭頂に肉髻を表すだけの仏像の頭部。平らかな額と長い鼻梁とが真っ直ぐに連なっているのは雲岡の顔貌表現の特徴の一つで、岩塊から彫り出すために奥行を持たせることが難しく、正面観を主とした造形が生み出した形式。
目は優しく切れ長で軽く力を入れたように閉じた口元がほのかな笑みを醸す。六朝仏にいう「古式の笑み」である。恐らく石窟の中の余り大きくない仏像の頭部であったのであろう。石表面は風化が進んでいるが、硬い石質の為石筋等がかえって味わい深い古意が感じられる。
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WS-054 WS-055

紫檀飾小棚

飛天像浮石彫
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 35.5cm×横19.3cm×奥行9.5cm
● 価格 : \

3段の文房飾棚。最上段には2ヶの引出しが付く。3方の脇柵は屈輪繋ぎを装飾する。引出しは龍文繋ぎを薄陽刻する。桂・桟は全て凹面に削り、極めて軽量・上手の造り。この時代の作品が損傷無く残るのも珍しい。
● 時代 : 北斉時代
● サイズ : 高さ 25cm×肉厚8.5cm×横9cm
● 価格 : \

鼓を抱え下降する飛天。鏨の刻は鋭利で淀みなくなされ「古式の笑み」顔の表情は魅了する美しさを持つ。山東省・青洲出土。

参照 : WS-044
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WS-052 WS-053

楽人石彫

飛天像石彫
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 39cm
● 価格 : \

緑色の長裾を穿き、黄色の襟・帯の付いた紅色の上着を被り、高髻には紅色の花文簪を挿し、緑色の鼓を抱える楽人女子俑。盛唐を代表する美人俑は豊頬豊満な樹下美人式の俑であるが、一方女侍などの職能を表す女子俑には豊満な体型で無く、痩身に表現されるのが普通。
唐代、舞踏芸術において最も活発だったのは宮廷と権勢のある貴族が専ら寵愛した多くの舞踏芸人であった。彼女達は民間の姑女と異なり、長期にわたる正規の訓練を受けた優秀な人材であり、上演・演奏する多くが宮廷の楽府によって洗練された優れたもので、彼女達の舞踏演奏を通じて民間舞踏の数々の技巧が大いに向上され、宴会や市中で好んで興された。
高髻に墨彩が施されている。彩色が美しく残存するのが嬉しい。気品があり生動感ある表情豊かな俑であり、現身をそこに見るような柔らかさがある。心を込めて作られたのであろう。陶楽人俑同様、楽団員数体セットでの副葬と考えられるが石製は類を見ない。
近時宝鶏(西安より西へ200km余)郊外墓出土。
● 時代 : 北斉時代
● サイズ : 高さ 23cm(台共高28cm)×横14cm×厚 5.5cm
● 価格 : \

琵琶を持つ2体の天人が刻される。琴・腰衣には本来彩色があったと知れる。
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WS-050 WS-051

飛天像浮石彫

百宝嵌箱
● 時代 : 北斉時代(6世紀)
● サイズ : 高さ 12cm×横14cm×厚み9cm
● 価格 : \ 問い合わせ

台座仏の光背部でなく、本来は石窟壁面を飾った。古式の笑いの表情は得も言われぬ魅力を持ち、鼓を抱え雲中を飛翔する姿態も愛らしく、手元に置いて賞玩に足る大きさも嬉しい。インドに源を発した仏教文化の東漸で、石窟は西域の道沿いに造られ、シルクロードは又石窟寺院の道でもあった。敦煌・雲崗・竜門の石窟が開かれ、仏の教えが広まるにつれて全国に石窟寺院が造営され、それは網の目のように広がっていった。この何ともいえない表情を見ていると、仏の教えに帰依したくなる不思議な魅力をたたえている。深く流れるように刻された美しさ。名も無き石工の技量にか感嘆する。衣紋には朱彩色が施されていた痕跡が微かに見られる。敦煌壁画の中で一番早い飛天は、やはり北斉の時代の作品。山東省・青洲出土。

参照 : WS-026WS-042
● 時代 : 清朝中期(19世紀)
● サイズ : 高さ 7cm×横15cm×奥行 10cm
● 価格 : \

貝・石等輝石を木に象嵌する百宝嵌という清朝初期に始まった技法で作られた小箱であり、印材箱であろう。高仕と次女が坐す情景を、貝・象牙・等嵌め、茶・緑漆で彩りを添えている。
百宝嵌技法は現代も続けて制作されているが、古い時代の品は高価なもの。

参照 : WS-010
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WS-048 WS-049

唐木引出箱

飛天像石彫
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 14cm×横 14cm×奥行 9cm
● 価格 : \

落とし蓋を引き上げると3段の引き出しが造作される文房具用箱。蓋正面には蓮花・如意などの吉祥文が薄刻され、頂上には下げ金具が付けられる。近代の品であるが全てオリジナルで残るのは意外と少ないもの。印材・書鎮・墨等を入れる手元箱。
● 時代 : 北斉時代(6世紀)
● サイズ : 高さ 30cm×横22cm×厚み9cm
● 価格 : \

本来は如来立像如来三尊像が負う船形光背の一部。左右三体づつ六体の天人が最上部中央で一対の天人が宝塔を捧げ持ち、それ以外に四体の天人が飛翔する形態が普通。顔と首は金、腰衣は青、天衣は赤、頭は黒の彩色があったと知れる。もともと塑像や石造も加彩が普通のこととして考えられていた。幾年月を経て彩色の大部分は剥げ落ちて沈静の美しさを醸し、日本ではそれを古雅として特に悦ぶ。
三東半島の西北部に位置する青州市とその近辺では400体にも上る仏像が出土した龍興寺を始めとし、南北朝時代(439〜589年)を中心とする仏教彫刻の遺品が大量に出土している。
二人並んで薄衣をなびかせながら、中空を行く天人が厚肉彫で刻され、見る人の心を和ませる彫刻工の力量はたいしたもの。敦煌莫高窟と法隆寺金堂天井、小壁画は絵画で大同雲崗の石窟は彫刻と絵画で飛天が表現されている。
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WS-046 WS-047

菓子型

天秤棒
● 時代 : 明〜清時代初期
● サイズ : 高さ 23cm×横 8cm×厚み 3cm
● 価格 : \

近隣諸国には木・陶製の菓子型が見られる。珍しい官人の素朴な彫り、時代を経て使い込まれた木味が魅力。
机上小物いれとしての転用も面白い。
● 時代 : 19世紀
● サイズ : 長さ 124cm
● 価格 : \

長年月使い込まれた木味が魅力的。
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WS-044 WS-045

飛天像浮石彫

菩薩半跏像石彫
● 時代 : 北斉時代(AD550〜577)
● サイズ : 高さ 25cm×肉厚 9.5cm
● 価格 : \

インドから伝わった飛天は上半身裸であり、帯をひらひらとさせ、空を舞いながら飛ぶ姿をしている。裸胸をあらわすことは、当時の仏教画・石彫が衣冠を整えるという封建社会の習慣をすでに突き破っていたことを証明している。敦煌・雲嵐・竜門などで衣を脱ぎ、胸をあらわにした菩薩や飛天が現れるようになった。飛天はロマン主義と思考方法の結合の産物であり、古代人の最も善良な最も美しい理想や憧れの更なる飛翔であり昇華であった。
飛天は楽器が一斉に鳴り、天の花が乱れ落ちるという仏の説法の厳粛な場面に現れる。風光明媚な天宮の十宝山に住み、酒肉を口にせず、専ら百花の香露をとり、花の雨を降らせて百花の香を漂わすという。鼓を抱え、まっすぐに下降する飛天はすらりとして細長く、帯紐もすっきりし、足の造型など生動の動きを見せる清秀な体躯である。顔の表情は見るものの心を浄化する古式の笑いで初々しく、上品で美しい。厚みがあり肉感的な豊かさがある。石質は白斑縞が入る硬い灰青色石。1500年余経てもなお極めて表面の風化状況が良好なのは外窟の露仏でなく、内窟の壁面であったため。
インドではブッダの在世当時から夏坐あるいは安居といって雨季に洞窟で修行する習慣があり、やがて後援者の力で仏塔や僧院が作られ石窟寺院へと発展していった。インドで紀元前2世紀にはじまった石窟の造営は紀元1世紀頃にはガンダーラ地方におよび、ガンダーラから一方は東方へと伝播。キジル・クムトラなどの石窟が造られ、敦煌莫高窟・炳霊寺・雲崗へと遺跡を残すこととなる。大きい仏像と相違し、小さい仏にはいっそうの親しみやすい身近な魅力がある。大同近郊石窟よりの引き剥がしであって、北魏王朝が洛陽に遷都するまでの都であった大同は雲岡石窟で名高い(雲岡石窟の発見は、1902年伊藤忠太により発見)。
● 時代 : 東魏〜北斉時代(AD534〜577)
● サイズ : 高さ 39cm
● 価格 : \ 問い合わせ

肩に掛かる垂髪は蕨手状をなさず、上半身には両肩に垂飾付きの円形飾りと胸飾りを表すのみで、下半身に裳を着け、中がすぼんだ円柱形の台座に右足を半跏して坐している。垂下する右足は台座に表された蓮華に支えられている。右足親指先のみ欠損。
WS-033 と同様山東省青州市郊外寺址から出土。

やや顎の張った顔つきや観念的な肉体表現、衣文の平面的な処理などに伝統的な様式を残しながらもやわらかく微笑むような表情・裳の下の脚の動きなども伝える肉体への感心などに東魏〜北斉時代の新たな造形感覚が窺える。
朝鮮半島や日本で作られた半跏思惟像の源流を考える上でも重要な作品。北魏王朝はAD535年に東西に分かれるまで約150年続き、この頃には仏教は中国に根をおろしていた。野蛮な遊牧民族であった北魏も漢族文化を吸収、大いに仏教交流が図られ雲岡石窟を始めとする大小の仏像が彫りだされ、隋・唐の頃まで断続した。
石質は堅く灰青色であって、彩色の下地に白泥が塗られ、光背・衣文は朱色・蓮台台座は青色・腰部は緑色、顔・腕手・胸・足は青色、足は金彩と製作時は華麗な彩色が施されていたと知れる。生々しい色が1500年余経て摩滅、半ば消えかかっている色合いは幻のように美しい。工人たちは伝統の形式に従って鑿を振るったに過ぎないであろうが、それにもかかわらず昇華された無垢の美が表現されている。太子半跏思惟像ともいい、釈迦成仏前の悉達多太子が瞑想思惟する姿を表す。
飛鳥時代にはその信仰と共に日本に伝わり、弥勒半跏像はその後多数造像された。

参照 : WS-033
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WS-042 WS-043

楽天像石彫

黄楊木香入
● 時代 : 北魏時代
● サイズ : 高さ 16,5cm×横 19cm×肉厚 6cm
● 価格 : \

蓮の蕾を抱え、飛翔する天女の浮彫。古代人の理想像である飛天の造型は美しくしなやかな姿態でもって、敦煌莫高窟壁画にも描かれ、行く雲・流れる星の中で淡い雲・天の花を従え千変万化している。天上の音楽に恍惚としている顔の表情に始まり、飛翔状況を表わす足先に至るまで、細微な神経の行き届いた彫刻が小品ながら見事に表現されている。高く評価される北魏芸術の極致といえよう。丸彫であって壁面よりの削り取り。
石彫の持つ独特な味わいは深い魅力を持つものであり、清新無垢の祈りの思いも伝える。目は優しく切れ長で、軽く力を入れたように締めた口元が仄かな笑みを醸す。六朝仏に言う「古式の笑み」である。彫刻として優れた表現であり部分であるだけに、かえって優れた作風が鑑賞される。材は白い筋石文が入る石灰岩の微密で硬い材質。北魏前期に開鏨された雲崗石窟には約5万もの仏像・飛天・供養人が彫刻されている。その後龍門石窟が切り開かれ、統治階級は仏教を広く宣伝した。
現存壁画の総面積4万5000u以上有る敦煌壁画においても、代表作は揺らめく長い帯を身につけて空に舞い上がる飛天と逆さに琵琶を弾きながら躍る仙女であろう。
● 時代 : 清朝時代(18世紀)
● サイズ : 高さ 9,5cm
● 価格 : \

菱形鼓状に抉り出された筒に底板を嵌め、蓋を被せる構造の香入瓶。中央部には透かしとした飾壁の前に片面は高仕2人と童子が3人。反面は高仕2人と仕女・童子2人の5人づつが細微な立体的生動感を持つ彫刻で施し、空間も雷文・龍文で薄陽刻で密に埋めている。蓋上紐は書簡を持ち座す高仕で飾る。花・香木を入れることにより網目飾戸透間から爽やかな香りが漂う仕掛けの香筒で清朝工芸の粋といえる作品。

参照 : GK-055
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WS-040 WS-041

彩漆七弦琴

端渓硯
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 長さ 98cm×最大幅 8,5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

木製の細長い弦楽器であり、一半は断面が方形で中空であり、一半は断面が逆カマボコ形。上面の両端に穴が7つずつ穿たれていて、7本の弦が張られていたことが分かる(普通は5弦)。
全体に黒漆を塗り、底面・側面及び上面の首側の部分に格子文・雲文・絡条文・人物狩猟文などからなる繁縟な紋様を描いている。一半の先端は獣面であり、眼・雲文には黄色漆が施されているが両側面には船に乗る人物が多数描かれ、鳥が舞う中、魚を獲ったり楽器を打ち鳴らしたりする様が細緻に描かれている。
柄の部分をギターの様に左手で握って音階を調節し、右手に持った竹のバチで弦を叩くようにして演奏した。「筑」ともいわれる。弦楽器であるから弓で弾いたりつま弾くのではなくバチで打ち鳴らす楽器であり、野外でも携帯できる小楽器。唯一湖南省長沙王后墓から実物が出土し、宋代以降に失われた幻の楽器の形がようやくわかった貴重な品(その後数点出土)。始皇帝暗殺を決行しようとした刺客荊軻が燕の易水のほとりで見送られる時にこの楽器に合わせて別離の悲しみの詩を歌ったことは良く知られている。
琴は春秋戦国時代に湖北省や湖南省で流行した楽器で、獣面を表わす点が共通している。
楽器に青銅器を思わせる獣面が表わされていると言うことは、当時の音楽が青銅器を用いた祭祀と不可分の関係上にあったことを描かれた模様からもうかがえる。江蘇省連雲港の待其よう墓からこの楽器を撃ち歌舞する図が出土している。日本でも近年形状がわずかに相違する「筑状弦楽器」と称される品が古墳墓から出土している。
尭舜時代すでに奢侈品とされた漆器は少なく、又残存するこることは殆どなく2000余年経ても顔料の剥落が無く、往時の色釉が美しく残る古代の漆器は極めて貴重。逆カマボコ形の一半は木地が歪曲している。木は枯れて軽量。漢代の漆器製造では「成都」が有名であって宮廷の需要をも満たしていたと知られる。
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 横 12cm×縦 17cm×厚み 3cm
● 価格 : \

硯板といわれる形式。
石材の景色を鑑でる事を主とするため彫刻などの細工をしていない。唯一片側面に皮質部を残し、雲文を刻するのが唯一の装飾。表面は眼・蕉葉白・魚脳・火捺等の美しい文様・石斑があり、一つの風情を醸し出している。洗硯すると一層見事な景色を見せる。
日本の煎茶趣味によって、清朝末期から厖大な文房清玩物が将来されたが、硯もその一つであり、日本には良硯が数多くうもれている。したがって硯に対する見識も最も進んでいるといえよう。
古唐木箱添。
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WS-038 WS-039

如来坐像

白大理石観音菩薩像
● 時代 : 北斉時代(6世紀)
● サイズ : 高さ 13cm
● 価格 : \

白大理石製の結跏趺坐する如来丸彫像。低い肉髻・薄い衣・柔和な雰囲気を漂わせる北斉時代の特徴が見てとれる。
蓮台・衣紋の刻は精緻であり優れた造形感覚をうかがわせる。顔部をはじめ損傷はほとんど無く、保存状態の良さが愛玩に足る小品ゆえ嬉しい。金銅仏とは違った味わいがある。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 51cm
● 価格 : \

本来は右手に楊柳、左手に水瓶を持ち蓮台の上に立っていたであろう。全身を豊かな装飾品で飾り立てる。
顔の輪郭はふっくらと豊満な形で、目は細く、口元を窪ませて微笑を浮かべる。髪は双髻に結い上げ、背側部にわたって細微に刻されている。表情は慈愛に満ち安らか。胸飾や瓔珞・裳などの彫りは立体的で美しく腰を大きく捻り、堂々とした肉どりが仏像にそぐわないほどの官能性をのぞかせ、また生身の肉体を思わせる写実性、洗練された手法が見事。瓔珞がX時状に腹の前の環中で交差する北斉時代からの装飾も美しい仕上がりとしている。
右手で私たちの苦しみを取り去り、左手の水瓶にたたえた恵みの水を与えてくれる観音である。
漢白玉と言われる美しい丸彫であり、白大理石の保存状態、顔部の損傷のないことが嬉しい。
北京紫禁城太和殿のい石階欄干には全面に彫刻された漢白玉が使われている。
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WS-036 WS-037

白玉菩薩立像

飛天石彫
● 時代 : 北斉時代
● サイズ : 高さ 20,5cm
● 価格 : \

如来三尊像の脇侍。白大理石の一材から彫り出す河北の白玉像。瓔珞は下腹部で交差し、裳を留めている腰帯が長く垂れ衣の襞は直線的で彫りの切れ味は鋭い。ホゾが伸び差し込み式であり、小像ゆえの損傷の無いのが嬉しい。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 18,5cm
● 価格 : \

琵琶を抱え降摩坐で蓮台に座し、飛翔する飛天を白大理石に立体感ある彫技で表現している。ふっくらと柔和な顔、翻す裳裾・天衣など表現の写実性・各部の巧みな彫りは盛唐期の工人の技術の高さを示している。古代人の理想像である飛天は、敦煌墓高窟壁画にも描かれ、行く雲・流れる星の中で淡い雲・天の花を従え千変万化し、見る者を魅了する。
天上の音楽に恍惚としている顔の表情・手指まで細微な神経の行き届いた彫刻である。数体有った組物の一つであろうが、往時からの埋蔵であったことが四囲からの断面磨耗からうかがわれる。
学問や技法の神とされ、仏教では弁舌の才や福財を授けるとして崇拝される弁財天、七福神の一人でもある。平等院鳳凰堂の壁面には木彫「雲中供養菩薩」が52体それぞれに楽器を持って飛び回っているのが知られる。
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WS-034 WS-035

石造仏坐像

白玉菩薩立像
● 時代 : 東魏時代
● サイズ : 高さ 19,5cm
● 価格 : \

20cmにも達しない小石像だが、面相部の広い額・引き締まった頬・頸・大きな耳など緊張感のある構成。眉・目は線刻で表されすっきりと伸び、鼻・口元なども丁寧に表現され、大きな後背と共に全体に端正で温和な気品ある石仏である。
盛んに石仏が造立された北魏時代、建国から統一までの頃には仏教は非常に盛んになり、太平真君7年(446)には太武帝によって廃仏令が出され仏教は大弾圧を蒙った。興安岩塩(452)には復仏令が出され、更に和平年間(460〜466)には雲岡石窟の開鑿が開始。北魏の仏教美術は一気に開花する・本像の作風にも雲岡石窟初期の造像の強い影響が認められ、当時の北魏の迫力ある造像意欲が投影されているようであって、小像ではあるが量感にあふれた魅力ある小像と言える。
右手は欠けているが、全体の美を損なわない。小金銅仏の遺例は数多いが、小石仏の遺品は少なく石彫の持つ独特な重厚感は好ましく、清新無垢の祈りの思いも伝わる。
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 高さ 19cm
● 価格 : \

1954年 河北省曲陽県修徳寺址から2200余体の膨大な数の白玉像が出土した。北斉時代の品が最も多く当時の仏教の信仰の厚さが感じ取れる。
本品は唐時代の作品であり、顔のふっくらとした卵型の輪郭、目は細く・口元を窪ませて微笑みを浮かべる。全身を豊かな装飾品で飾り立て、腰を少しひねり蓮台に立つ。おそらく中尊の左側に配置されていたものと思われる。ほぞが伸び差込み式となっている。表現の写実性、各部の巧みな細微な彫りは盛唐期の技術の高さを示している。わが国の白鳳彫刻につながる造型様式と言える。左手先、右側裳の欠損は有るが全体の美は損ねない。小像ながらも整った造型の佳品である。漢白玉と言われる白大理石の清清しさが好ましい魅力を放っており、賞玩に足る。
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WS-032 WS-033

木彫飾板

菩薩半跏像石彫
● 時代 : 19世紀
● サイズ : 径 32cm×厚 3cm
● 価格 : \

飾台上に、三足香炉と花瓶を載せた図柄を円板円弧状縁の中に立体彫した文房飾り。堅木に彫刻しており篆刻同様、書画とは又違った雰囲気があり楽しい。

参照:ZK-032
● 時代 : 東魏時代
● サイズ : 高さ 41cm
● 価格 : \

榻(腰掛けの一種)に坐り、右足先を左膝に乗せたいわゆる半跏像。伏し目かげんで瞑目するかのような静かな表情をたたえている。彩色は剥落しているが、裳・光背・冠の朱色・榻の空色・黄色・光背蓮弁・装飾物の緑色・肌の金彩などが残存している。右頬に右手指が添えられた思惟形である。近年、類例が少なからず知られるようになった山東地域における半跏の遺例であり、工人の卓越した技量をうかがわせる。小品である為、幸いな事に全くの無傷で発掘されたことも重要・貴重な資料といえる。我国では京都・広隆寺の「弥勒菩薩」と考えられている木彫の半跏像が飛鳥時代の作品として知られ、朝鮮半島を経て日本に様式伝播していることが明確である。
代表的なものだけで、近年(1994〜1996年)山東半島西北部に位置する青州市の龍興寺址からは400体余、明道寺舎利塔地下からは1400点余の仏像・断片が見つかっており、南北朝後半期の山東地域の仏教興隆のさまが偲ばれる。当時は鮮明な色彩でおおわれていた事も知れる。
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WS-030 WS-031

飛天像浮石彫

彩漆硯
● 時代 : 北斉時代
● サイズ : 高さ 27cm×横 28,5cm
● 価格 : \

山東省、青州産。
顔・腕・胸・足は金彩、腰衣衣装は青色、光背の地は朱色が施されている。神仙に似せた流麗な飛翔の表現をし天衣を長く翻した2人の飛天が、風雪により味わい深い色合いとなっている。本来は如来を中尊とし両脇侍菩薩を配する高さ150〜200m余の如来三尊像。光背の左側一部であって、愛玩に足る程良い大きさが嬉しい。1人は笙、1人は鼓を持つ。石の肉厚は3cm余、笙の部分に僅かな昔の欠けはあるが、何ら美を損ねない。
盛んに石仏が造立された北魏時代建国から統一までの頃には仏教は非常に盛んとなり太平真君7年(446)には太武帝によって廃仏令が出され、仏教は大弾圧を蒙った。興安元年(452)には復仏令が出され、更に和平年間(460〜466)には雲岡石窟の開鑿が開始。北魏の仏教美術は一気に開花することとなる。1996年発見された青州石仏といわれる一群は龍興寺石仏として世紀の発見と言われた。近在から出土する青州石仏は緻密な固い石質と、比較無い工人の冴えた技によって生み出されたものであって、中国石彫仏の歴史を一変させた。飛天は仏の徳を讃え天上の音楽を演奏しながら仏の周囲を飛ぶ天人、即ち楽器を持って表現された楽天のことをいう。我国では平等院の木彫飛天が知られる。
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 6cm×横 19cm×奥行 13cm
● 価格 : \

木の中心を刳り貫いて硯石を嵌め込んでいる硯。虎が蹲り、丸まった状態で形成された蓋物となる。漢時代銅虎鎮に虎は多く造型化されているが、硯は珍しい。

総体に漆黒の漆を塗り、褐・黄・朱漆で紋様を描いている。石は総体に薄紫色。中国で紙が普及するのは後漢時代以降であるが、それ以前は木や竹から切り出した札(簡という)に文字を書き、これを紐で綴って文書としていた。
● 別角度画像 → 裏面側面拡大 ● 別角度画像 → 蓋開内部表裏

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