CJ-040 白釉刻花牡丹文鉢
時代: 宋時代 11世紀初  、 サイズ: 高さ 11cm×径26.5cm
価格: \
磁州窯。
内面一杯に牡丹花を箆で削り浮き出し、白釉を掛けている。稜線は釉が薄くなることにより灰黒色の生地が浮き出て立体的に見られる独特の作風。気楽な仕事ぶりながら、実に優れたデザインとなっている。
全体的に肉厚の器であり、高台も高く抉られている。北宋の陶工にとって文様を描くということは、まずもって彫りつけると言うことだった事が理解できる作品。磁州窯と呼ばれるやきものが世界にその存在を認められたのは、20世紀初頭の河北省鉅鹿の大発掘を端緒としている。出土品が北京の古美術商の店先を賑わし、知識人や外国人が争って購入した経緯がある(恐らく盗掘は1910年代と考えられる)。これはその数年前に洛陽付近の唐墓が鉄道工事で破壊された際、多量の唐三彩が出土したことと軌を一にした出来事であった。古い箱書きなどには磁州窯のことを鉅鹿と記しており、また白無地の磁州窯を鉅鹿と呼ぶことは今も一部の人々の間に残っている。牡丹花・刻花として遼時代「白磁刻花牡丹文長頸壷」が知られ、遼窯との関連もうかがわれる。
宋時代、洛陽にあっては名園という名園には皆牡丹を植えてその花の品種の珍奇さを競い、花の咲く頃になると遊楽の客が雲の如く集まり慢幕を張り巡らした宴席で盛んに歌舞する有様は欧陽修の「牡丹記」が述べている。






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