P29 P28 P27 |P26 P25 P24 P23 P22 P21
P20 P19 P18 P17 P16 P15 P14 P13 P12 P11 P10 P09 P08 P07 P06 P05 P04 P03 P02 P01
GK-751 GK-752

青金石龍形器

緑松石龍形器
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 9.5cm、横 7.5cm×2.4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
一般形状C字龍と幾分相違するこの形態のものは知られる限り他に1点のみ。

参照 : GK-550
参照本 : 中国美術全集H 玉器
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 8cm、横 7cm×2.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化(BC4000〜BC3000)。

参照 : GK-576
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-749 GK-750

玉龍形器

玉蝉
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7cm、横 4.5cm×1.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 6.3cm、横 3cm×0.9cm
● 価格 : \ 100,000

参照 : GK-725
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-747 GK-748

玉龍形器

玉舗首
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 7.5cm、横 6.5cm×3cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
中国人の人たちは古来、玉を聖なる石と崇めてきた。欧米人がダイヤモンドに惹かれるように、こよなく愛でた。玉にはダイヤモンドに迫る硬さがあるにもかかわらず、触れてみればそこには人肌の温もりがある。人々はその永遠に変らぬ硬さと温もりを、かけがえの無いものとして神聖視した。これによく似た龍形の玉器が、この約2000年後に造営された殷虚婦好墓からも出土している。さらにC字型の姿勢は甲骨文字の龍とも共通することから、その玉器を立体で表現された最古の龍、或いはその祖形の一つとみなす説が多くの支持を集めている。
● 時代 : 戦国時代
● サイズ : 高さ 25cm、横 17cm×4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

GK-656と一対。
棺、墓室扉、宮殿の大門などに付けられた装飾用のドアノッカー。西周の統治者が重大な儀礼を行う際、礼器は青銅器を主とし、玉を補助的なものとしたが、春秋戦国時代の儀礼活動では玉器が礼器の主役となり、君子についての倫理道徳観念と玉の特質を結びつけ「君子の徳は玉に比す」というような観念を機運に乗じて生み出した。硬質な玉器を彫り刻むのは大変難しいものであった。春秋戦国時代には玉の原料の選択が大変重要で、中小クラスの貴族が使用する玉器の材料は近隣の土地で採取できる原料であったが、各国の王侯が使用する玉器に使われるのは高度の高いホータン産であった。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 拡大本体裏側側面

GK-745 GK-746

玉蝉

玉鉞
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 30cm、横 10cm×6cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
写実的に蝉を丸彫りしている。青玉が全体褐色化。生命復生の象徴の蝉は紅山文化では複合玉器としても作られ、漢時代の「口含」としての用へと受け継がれていく。2.7Kgの重量。

参照 : GK-681GK-421GK-285
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 長さ 13.5cm、下端幅 7.2cm
● 価格 : \ 問い合わせ

良渚文化(BC2300年頃)。
玉材は濃緑色だが、先端部は侵蝕されて褐色となっている。軍事統帥権を象徴する鉞(元来は生産工具)であるが、儀礼や祭祀用の舞具と考えられる。この種の器物はかって斧・戚などと呼ばれ、名称は時代によって異なっている。この玉の色艶の再現が2000年にわたる青磁焼造のエネルギー源であったと考えられる。良渚の社会に三つの権力が存在していた、その三つの権力を語る玉とは玉j・玉壁・玉鉞で、玉文化の誕生を象徴する。良渚文化が世に認知されたのは1986年、反山遺蹟の発掘によってであって、初めて玉が発見されてから半世紀のことであった。

参照 : GK-084
参照 : 中国玉器全集@ 原始社会
● 別角度画像 → 上部・腹部拡大サイズ ● 別角度画像 → 裏側拡大底部

GK-743 GK-744

玉j

玉帯
● 時代 : 新石器時代 良渚文化
● サイズ : 高さ 19cm、横 8cm×8cm
● 価格 : \ 問い合わせ

2節からなり「大眼小眼紋」が角稜に2ヶづつ刻される。中国古代の宇宙観である「天円地方(天は円く、地は四角い)」の「地」をあらわし、中央の円孔を通じて「天」と「地」の神霊が往来する祭器と見られている。当時の有力者階層の権威や権力を象徴する玉器。
玉j・玉鉞・三又形玉冠飾は男性墓だけに副葬されることによって、天の祭祀は女性でなく男性のシャーマンが司ったことがわかる。青玉が湿潤変化により全体濃淡褐色化。
長江流域から出土の玉器は古くから知られていたが、それらは最古のもので商代、大半は漢代のものとみなされていた。しかし1972年に発掘調査によってそれらが5300年前の良渚文化時代のものであることが明らかとなり、また神人獣面文の図像は次の殷・周・秦・漢の玉の礼器につながり、饕餮文の源流であることもわかった。

参照 : GK-309GK-153
● 時代 : 唐時代
● サイズ : 円形 高さ 1cm×横 6cm
: 長形 高さ 2cm×横 11.5cm×6.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

丸形が9個、円頭長方形が大小5個、バックル1個の9個揃の玉帯。それぞれの肉厚白玉上にち虎が浮彫され、銅鍍金金具枠で一体とし、鍍金細釘で止め、玉上には半球緑石が嵌め込んである。
4個の円頭長方形金具は双ち虎の間に半球緑石が嵌め込まれ、下方は瑞雲を透かしとする金具で装飾されている。
本来は皮製ベルトに取り付けられていたもので、相当な重量となる。貴人が腰にするのに相応しい。豪華な仕立てとなっており、儀礼用であろう。下がって唐時代の花文帯飾が知られるが、同形式である。当時の資料として貴重な遺品。唐代では玉帯は皇帝、親王、および三品以上の役人だけがつけることができた。

参照 : GK-060DK-211
参照 : 唐の女帝 則天武后とその時代展
● 別角度画像 → 裏・側面拡大円孔 ● 別角度画像 → 拡大1拡大2裏側全体

GK-741 GK-742

玉立人像

玉具剣
● 時代 : 商時代(BC17 〜BC11世紀)
● サイズ : 高さ 14cm×横 3.2cm×奥行 2.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

古蜀・三星堆文化。

参照 : GK-564
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 58cm×横 8.2cm×厚み 5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

玉飾りの銅刃剣。半円球の剣首と握部は一体の玉で、剣首にはち龍が薄肉彫、握部には瑞雲の線刻が施される。剣格にはち龍が陽刻、裏面は鬼面が線刻される。玉具剣には剣の神としてち龍が装飾されることが多い。

参照 : DK-312
● 別角度画像 → 裏・側面拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側握部刃先

GK-739 GK-740

玉きょう

玉蟹鎮
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 8.5cm×横 8.7cm×厚み 1cm
● 価格 : \

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
良質白玉材を用い、翼を広げて飛翔するきょうの姿に作られている。足先には簡単な数本の陰線で爪を描き、両翼には羽毛文が刻まれている。鷹にも似て、目を浮き彫りした輪で表現。背面の頭部よりのところには小さな円孔が並び、両穴は斜めに通じており、底に紐を通して佩飾りとして用いたとも考えられる。祖先がきょうを熱心に崇拝していたのであろう。大空を自由に飛ぶ鳥たちは、いつ見ても神々しかった。人間はその空を飛ぶというかなわぬ夢を玉鳥に託したに違いない。

参照 : GK-584
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 3.5cm×横 8.5cm×厚み 6cm
● 価格 : \

白と薄紅色が交ざった玉を選んで作品を彫り出す巧彫技法作品。玉の伝統・再現性嗜好の象徴であり、玉の配色・彫技の神技で本物そっくりの蟹としている。文人の文房飾りとして、愛すべき撫玩たる品。
文房具が四宝に数えられ、美術品の域に食い込んで行ったのは宋代に始まる官僚文化の一つの終点を意味していた。官僚が生きがいを感じ、充実を味わうことの出来る世界がこのような一角に集中し、身辺の用具に異常な執着を示した産物だったといえよう。
「甲」は科挙及第を連想し、蟹は成績優秀試験合格のシンボル。
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側側面腹部拡大

GK-737 GK-738

玉印章

水晶貝形鎮
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 1.8cm×印面 1.5cm
● 価格 : \ 80,000

亀鈕白玉製。
印面は「啓淵」。私印。
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 3.2cm×横 9cm×奥行 5.5cm
● 価格 : \

貝形塊上水藻と対の魚を表裏に刻する。水晶の中に色々な元素が含まれることにより、様々な色の変化が現れるのも魅力の一つ。
● 別角度画像 → 裏側前後拡大印面 ● 別角度画像 → 裏側底面拡大

GK-735 GK-736

翡翠環

玉水盂匙
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 径 3cm
● 価格 : \

参照 : GK-593
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 横 6.5cm×幅 2cm×高さ 1.7cm
● 価格 : \

鴨首の白玉水盂用匙。

参照 : DK-295
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側鴨首匙部

GK-733 GK-734

玉j管

玉踊俑
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 5.4cm×横 1.4cm×厚み 1.4cm
● 価格 : \ 問い合わせ

良渚文化。
三節の角稜に「大眼小眼文」の人面が刻されている。褐色玉が湿潤風化により局部白濁。

参照 : GK-200
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 2cm
● 価格 : \ 100,000

頸部で破損。湿潤により局部褐色化。
漢代に流行した玉舞人は西王母に侍する王女とされ、身分の高い女性の装飾用であった。
GK-322 と一対。
● 別角度画像 → 裏側側面拡大 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-731 GK-732

玉太陽神

玉駱駝
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 15cm×横 8cm×厚み 4.5cm
● 価格 : \

紅山文化。
膝を抱えて屈み、膝部には人面が刻されている。青玉が局部褐色化。古代の人々は美しい石には不思議な生命が宿っていると信じるようになり、この石を「玉」という麗しい名前で呼ぶようになった。玉は綺麗なばかりでなく、身につけ手元に置くことでまるで神と交流することが出来、神の存在をまざまざと体成できるように思えたのであろう。
● 時代 : 明時代
● サイズ : 高さ 3cm×横 6cm×奥行 2.8cm
● 価格 : \

二瘤駱駝の鎮。背上から貫通する穴が穿たれる。

参照 : GK-130
● 別角度画像 → 裏・側面拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側拡大底部

GK-729 GK-730

玉辟邪

玉象
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 12.5cm×横 17.5cm×厚み 6cm
● 価格 : \

大きく口を開け咆哮する辟邪。白玉が局部白濁化。

参照 : GK-645
● 時代 : 商時代(BC16〜1057)
● サイズ : 高さ 5.5cm×横 9cm×奥行 3.5cm
● 価格 : \ 問い合わせ

当時、南方のみならず黄河流域にも象が生育していた。文献の中に「殷人は像を服す」という記載が有るが、「象を服す」とは象を飼い慣らして養殖していたことを言う。GK-692 と一対。

参照 : DK-466
● 別角度画像 → 裏側前後腹部拡大 ● 別角度画像 → 裏側前後拡大底面

GK-727 GK-728

玉鹿

玉舗首
● 時代 : 西周時代中期
● サイズ : 高さ 6.7cm×横 4cm×厚み 0.4cm
● 価格 : \

青色の玉材で作られ、幾分肉厚の扁平形。先が数本に分かれた長い角、「臣」字形の目を持ち、耳をそばだてて振り返っている姿が表わされている首の部分に円孔があけられており、紐を通して佩飾りにしたのであろう。文様は簡潔だが、姿態は真に迫って生き生きとしている。片面は特に湿潤による褐色化。
甲骨文によれば殷王による狩猟が極めて頻繁に行われ、捕獲される動物は鹿類が最も多かった。

参照 : GK-036GK-409
● 時代 : 前漢時代
● サイズ : 高さ 32cm×横 22cm×厚み 3cm
● 価格 : \ 問い合わせ

獣面には左右対称の龍が立ち、口からの下げ環には一対のち龍が絡む大型舗首。一塊玉から気の遠くなる作業により製作されたもの。門扉や器物の引き手であり、門内や器物を保護する意味が込められる。一塊の玉材から可動環を透かし彫りした器物は戦国早期の曾候乙墓や前漢早期の広州南越王墓からも見つかっているが、玉器全体から見れば非常に少ない。局部白濁色化。銅製品とはまた相違する古玉の圧倒的存在感が持つ魅力を発揮している。
銅製舗首は漢代の寺廟で多用された。後には宮廷や高官貴人の邸宅の内にも広く使われるようになる。中山靖王劉勝(?〜前113)景帝第九子の棺に類品が付けられている。

参照 : GK-361DK-210
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 全体拡大本体側面

GK-725 GK-726

玉蝉

玉j
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 6.1cm×横 2.5cm×厚み 0.5cm
● 価格 : \ 90,000

鼻腔に貫通する孔が穿たれ、断面は棗形。背面の腹節・発声腔の刻は無い。局部白濁色化。
時間をかけて研ぎ上げられた形や線はあくまで均整で、些かの乱れも無い。

参照 : GK-659GK-660GK-493
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 4.7cm×径 6.7cm
● 価格 : \

良渚文化。
4つの縦の稜を中軸線として、二段に人面「巫と怪獣」が刻される。良渚文化独特の黄橙色玉が局部鳩骨白色に変化して美しい。細工は精美で鋭く、肉薄。当時の玉彫技術、および美術工芸の水準がわかる。天は円く地は四角いという「天円地方」の創造物。

参照 : GK-585GK-575
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側側面底面拡大

GK-723 GK-724

玉蝉

玉蝉
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 8cm×横 3.3cm×厚み 0.3cm
● 価格 : \ 140,000

漢八刀の鋭い刻が表裏ともになされる白玉製。
二つの眼を突起状に曲げて表わしたり、両方の羽と尾の先端を鋭く尖って表わすところに特徴がある。局部褐色化。古玉を蒐集する人は、この種の色の変化を珍重する。

参照 : GK-694
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 長さ 7cm×横 2.5cm×厚み 0.8cm
● 価格 : \ 80,000

鼻腔に貫通する孔が穿たれる。裏面は平滑、局部白濁化。翅・眼・腹は見事に抽象化された線によって、表現されている。それらの線は商(殷)時代以来、ガンを作った工人達が世代を重ねて練り上げたものであり、それだけにゆるぎなく適確。

参照 : GK-694GK-623GK-460
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-721 GK-722

玉佩

翡翠佩
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 4.6cm×横 3.5cm×厚み 0.7cm
● 価格 : \

獅子と背面は文字刻。和田白玉。
玉佩は風雅の象徴であり、優れた質と造形を兼備した玉器を身につけることが古代から今に続く趣味の高さを中国人間では示す。
● 時代 : 明末〜清初時代
● サイズ : 高さ 11.2cm×横 7.7cm×厚み 1.2cm
● 価格 : \

運気を口から放出する獅子。上部には双龍を刻す大型佩。バイオレットブルー発色。近時金環装着。
神秘的な薄紫輝玉のみが持つ優雅な色彩。純粋な翡翠は白色、鉄を含むと緑色、チタンを含むと淡紫色となる。

参照 : GK-458
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-719 GK-720

玉獅子鎮

玉佩
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 2.2cm×横 5.5cm×奥行 5cm
● 価格 : \

2頭の獅子が相向かう形状で造られた紙鎮・佩。「明窓浄机」の文房具としての玉製品は特に愛玩されたし、文人の香りがする文房具は撫玩に足るもの。良質白玉製で湿潤。
● 時代 :清朝時代(19世紀)
● サイズ : 長さ 5cm×厚 0.6cm
● 価格 : \

寿字・銭・蝙蝠を組み合わせ透彫りする。金環装着。玉を美しく貴重なものだと感じる気持ちは、現在でも多くの中国人の日々の会話の中からも窺える。玉を身につけることにより、玉の不思議な力で、平穏無事を守ってもらおうとする気持ちが込められる。
● 別角度画像 → 表裏拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-717 GK-718

玉鎮

玉扁方
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 8cm×径 5.5cm
● 価格 : \

緑色の碧玉材を用いて、水を吐く像の背に猿が乗る造形を紐とする。新疆産の良質の玉材であり、乾隆時代特に好まれた。碧玉は新疆省天山北麗のマナスで産出する。

参照 : GK-468
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 長さ 15.8cm×横 3.5cm
● 価格 : \

扁平の笄は清代の女性の間で流行した「両杷頭」という髪型には無くてはならぬもので、これを横に挿して髪を固定した。
如意形状。白玉製の高級品。

参照 : GK-633
● 別角度画像 → 側面裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面

GK-715 GK-716

玉太陽神

玉翁仲佩
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 12.5cm×横 6.5cm×奥行 3cm
● 価格 : \

紅山文化。
手を膝上に乗せ屈む、幾分扁平の太陽神。良質青玉が湿潤風化により局部褐色化。

参照 : GK-586
● 時代 : 漢時代
● サイズ : 高さ 5cm×横 1.2cm×奥行 1cm
● 価格 : \ 90,000

始皇帝時代実在人名の翁仲を形作ったもの。
頭上から両袖に貫通する穴が穿たれており、鈕を通して佩とした。身につけると厄払いの効能があるとされ、漢代に普遍的に使われた。白玉製。経年湿潤により全体薄褐色、局部白濁化。

参照 : GK-244GK-548GK-314
● 別角度画像 → 裏・側面拡大底面 ● 別角度画像 → 裏側拡大底面

GK-713 GK-714

玉佩

玉太陽神
● 時代 : 清朝時代(19世紀)
● サイズ : 高さ 4.5cm×横 3.2×奥行 0.7cm
● 価格 : \

布袋と蝙蝠を陽刻し、裏面は瑞雲に仏字を刻する。和田白玉製。
多くの場合、鉱脈を形成する玉は、岩の中で精製される。やがて長い年月にわたって風雪にさらされることにより、周りを包んでいる岩が次第に分解し脆くなり、体内に隠し持つ美しい玉を包みきれなくなった時、大きな玉の塊が岩の外にこぼれ出る。そして、しばしば雪解け水と共に平原の川にまで流され、比重が重いため段々川底へ沈んでいく。時が経過し、川の水が浅くなると、人々が川に下り玉の原石の塊を採取することとなる。
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 10.5cm×横 5.5cm×奥行 5cm
● 価格 : \

紅山文化。
手を膝上に乗せ、蹲踞の姿勢をとる丸彫りの太陽神。青玉が局部褐色化。

参照 : GK-682
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏・側面拡大底面

GK-711 GK-712

玉龍形器

玉龍形器
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 21cm×横 16.5cm×奥行 7.5cm
● 価格 : \

紅山文化。
紅山文化を代表する猪龍。あるいはケツともいわれる。美しい薄黄色玉で作られている。この種の獣ケツは紅山文化遺跡からしばしば出土しており、どれも基本的に同じ形をしている。頭と尾の間の裂け目が切断されている。ケツとは環状で完全な切れ目のあるものをいう。
こうした獣ケツは現在のとところ紅山文化遺跡からしか発見されておらず、鮮明な特徴をもっている。描かれている獣が何かについては龍・豚など意見が分かれている。本器の正式な用途は今後解明されていくであろう。

参照 : GK-672
● 時代 : 新石器時代
● サイズ : 高さ 19cm×横 15cm×奥行 6cm
● 価格 : \ 問い合わせ

紅山文化(BC4000〜BC3000)。
下部両面にはもう一つの紅山文化玉器の代表品の長い髪を持つ玉龍が陽刻されているのが珍しい。黄玉が湿潤変化により局部深緑化し、色の対比が極めて美しい作品に仕上がっている佳品の初見品。
「開眼」すなわち原石から良質の玉の部分を切り出す原材料の厳しい選定は、色合いと造型が見事に調和した製品を作るための前提条件。
参照 : GK-484
● 別角度画像 → 裏側拡大側面 ● 別角度画像 → 裏側拡大側面陽刻

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